見出し画像

建設業界における、入札プロセスDXの可能性(前編)〜入札の仕組み・課題とDXがもたらすメリット~

建物の値段とはどのようなプロセスで決まるのでしょうか?(なお、本記事の内容は住宅・店舗などの小規模建築から、大規模オフィスビルまですべて対象になります。)
工場で作られた製品とは違い、全く同じ建物は存在しません。外見が同じような住宅でも建てる場所が違うと基礎の形状や資材の搬入方法が異なるため、全く同じ見積内容となることはないのです。
全てが一品生産である建物の値段を決める方法は、厳密に分類すると多くの種類があるため、複雑で難しいと誤解されがちですが、実はエッセンスはシンプルです。事業主(建物のオーナー)が仕様書となる図面を準備し、それをもとに建設会社(ゼネコンや工務店など呼び名は様々)が見積をし、建設費が決定されます。しかし、多くの場合、事業主は建築のプロではないため、図面を自ら準備することはできません。そのため、その専門家である建築士に委託し、事業主としての要求を図面へと翻訳してもらうのです。

事業主は仕様書である図面をもとに建設会社と請負契約を結びます。請負契約とは、「業務受注者が、委託された業務を完成させることを約束し、業務発注者は完成された仕事の結果に対して報酬を支払う契約」のことです。​​建設会社としては、図面通りに決められた値段で建物を完成させることを約束することとなるため、建物の見積を出して建設費が決まるプロセスは厳密に執り行われます。

そして、図面(=仕様書)をもとに複数社の建設会社が提案書と見積書を提出、その後建設費が確定し請負契約に至るという一連のプロセスを「入札」と呼びます。
本記事では、特に民間の建築工事に焦点を当て、建設業界における入札の仕組みと事業主及び施工会社が直面する課題を整理し、近い将来、入札プロセスにおいてDXがもたらす変革の可能性を探っていきたいと思います。

多くの人にとって馴染みの薄い工事入札とは

建設投資は通常の買い物に比べてはるかに高価です。事業主として「本当にこの価格で良いのだろうか」という不安を払拭し、妥当な価格で建設費を決定するための手段が入札です。しかし、事業主側に入札に関する専門的知識がないため、どのように実施したら良いか分からないという場合がほとんどです。そのため、多くのケースで、図面を作成した建築士が事業主の代理人として入札プロセスを推進しています。

ここで建設業界における入札の仕組みについて触れていきます。前段では入札の手順について、後段では事業主・元請会社・下請会社まで含めた全体像について説明します。

①入札に参加する工事施工者の選定
計画をしている建物の用途(例えば、戸建住宅、オフィス、工場、病院など)や規模に応じて入札に参加してもらうべき施工会社を選定します。よく見受けられるケースとして、事業主や建築士の繋がりから施工会社を探し、競争の原理が働くように2〜4社ほどを選定するのが通常です。

②配布された図面に基づき提案書及び見積書を提出
事業主は建築士に依頼をしながら、図面(正式な呼び名は「設計図書」)や工事スケジュール、その他プロジェクトを説明するための資料を用意し各施工者へ配布します。その内容を受け、施工者は工事計画を立て、いくらで建物を建てられるか見積書を作成し、事業主へと提出します。

③提案書及び見積書を総合的に評価
建築の見積書は分厚く専門的な用語が並んでいるため、専門家の助けを借りながら金額の妥当性などの精査を行います。工事計画の提案書の内容(例えば、近隣の人に迷惑をかけないように作業の時間帯や導線計画は考慮されているかなど)も同時に確認し、総合的評価のもと有力な候補を絞り込んでいきます。単純に価格が低い会社に決定する方式もありますが、価格が低くても信頼できない見積や施工計画が提出されている場合、求められている質で建設できない可能性があるため、「総合的評価」で判断するケースが多いです。

④交渉及び契約手続き
1〜2社に絞り込んだ段階で、見積を精査した結果に従い最終交渉を行い、請負契約締結の手続きへと移行します。③の時点で精査した金額や工事の内容をフィードバックし、事業主及び施工者が歩み寄って契約へと至る最終プロセスとなります。

このような入札は事業主と請負契約を結び元請となる施工会社(ゼネコン)と下請会社(サブコン)の間でも行われます。ゼネコンは建物を作るために複数種類の工事を別々のサブコンへと発注していきます。例えば、内装工事業者を決める際は、3社ほどのサブコンを入札で比較し、価格と提案の総合的判断のもと発注先を決めます。つまり事業主がゼネコンを入札で決め、ゼネコンがサブコンを入札で決めることとなります。

入札プロセスで事業主・施工会社が直面する課題

上記のような段階を経て建物の値段が決まっていきますが、①〜④のプロセスで事業主と施工会社は2つの課題に直面することとなります。

課題① 専門的知識を提供できるパートナー選びの難しさ(事業主のみ)

建築の見積書は専門的な用語の羅列となっており、数量 X 単価で各材料(石膏ボード、コンクリート、建具など)の値段が算出されます。数量は、材料毎の単位(壁の石膏ボードであれば平方メートル、コンクリートの量であれば立方メートル)で計上され、それに単価=単位毎の材料の値段を掛け合わせます。単価は市況に応じて生き物のように移り変わるため、単価の妥当性を見抜くためには専門家の目が必要になってきます。
見積書には専門的な情報が詰め込まれているため、事業主側にも専門知識を持った人材が必要となります。信頼のおける建築士パートナーがその役割を担うことになりますが、事業主として建物を建てる機会は頻繁にあるものではありません。一世一代の大きなお金が動くプロジェクトを任せることができる建築士をどのように選べば良いか、プロジェクトの最初から事業主の不安は募るばかりです。

課題② 施工会社を選定する上でのリスク管理及びコミュニケーション管理の難しさ(事業主と施工会社共通)

どの施工会社に工事入札へ参加してもらうかの判断も容易ではありません。信頼できる建築士を雇い、適切に価格と提案の査定を行ったとしても、他のリスクが存在するからです。例えば、「建物の建設途中で工務店が倒産してしまい、途方に暮れてしまった」という話も珍しいことではなく、表面的には調べることが難しい財務情報や過去の実績を知ることが有効なリスクヘッジとなります。しかし、当然ながらウェブページや営業資料などで見る内容からはこのようなリスク要素を特定することは難しく、事業主として万全を期することが難しいのが実情です。また複数の施工会社と別々に連絡を取り合うこととなるため、コミュニケーションも煩雑になります。
元請会社(ゼネコン)にとっても同様のリスクがあります。下請会社(サブコン)を入札で決定する上で、工事規模が大きく工事の種類(コンクリート工事、鉄骨工事、内装工事、金属工事などの区分)が多いと、100社以上のサブコンへ連絡をすることも珍しくなく、それぞれのサブコンの与信管理とメールや電話での連絡などコミュニケーションに使われるコストは大きく膨れ上がります。

DXがもたらしうるメリット

上記2点を総合すると、工事入札において課題となるのは信頼できるパートナーとのマッチング及びコミュニケーションコストであることが分かります。
飲食店を調べる際、グルメサイトを見ると無数の口コミをチェックすることができ、それがお店を決める上での一要素である信頼感へと繋がります。他方、建設業界においては、建築士や施工会社を適切に評価し、事業主とマッチングさせるためのプラットフォームが存在していないと言えます。(ゼネコンとサブコンを適切にマッチングさせるプラットフォームも同様)
また事業主と施工会社、元請会社と下請会社間の膨大な量の連絡はメール・電話などのアナログな方法で行われているケースがほとんどです。手間がかかるだけでなく、見積書の管理などでミスが発生することもあり、コミュニケーションコストが課題となります。
しかし、近年の建設DXの波は工事入札の分野にも至ろうとしています。建設投資に特化した米国のベンチャーキャピタルであるBrick & Mortar(こちらの記事で紹介)の投資先でもあったBuildingConnectedは、建設プロセスにおける入札コストを削減するプラットフォームを提供している会社です。(2018年にAutodeskに買収)
後編の記事では、同社がいかに工事入札における課題(特に課題②)の解決を行っているか探っていきます。

筆者プロフィール
大江太人

東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。