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"寒さ"にかまけて。

正月早々、風邪をひいた。
年明け一つ目の祭の際、寒空の下、油断してしまったようだ。

日光の冬は、寒い。
とにかく寒い。

この地で育ってきたはずなのに、こういう油断を時々するし、毎年のように
「いや、寒いけどここまで寒かったか?」
と思うほどである。
山形にも仙台にも住んだことのある身だし、東北へはしばしば出かけているので、寒さには慣れているつもりだけど。
東北よりも日光の方が寒いと思うことが多々ある。

同じ感想を東北地方の出身者や、北国から観光で訪れている人から聞くこともある。

何だろうか。
漠然とだが、
「寒さの“質”が違う」
と感じるのだ。

雪をかぶるハンショウヅル(自宅中庭で)
翳りが多い部分に積もる雪(自宅中庭で)

じゃあ、質とは何か。
湿度や風のような気がする。
日照時間のような気もする。

日光連山からおろしてくる寒風。
川が運んでくる冷気。
山間の地形によって「翳り」が多いこと。

気温だけでは測れぬ「体感温度」というやつか?

奥日光はさらに「別世界」
歌が浜の「しぶき氷」

実際は調べればわかることだが、それさえこの寒さの中では面倒だ。

寒さの下では、セーブモードのように使うエネルギー等が最小限になる。
ましてや、雪国のようにフィジカルな負担が加われば、どれだけ苦労となるものか。

好きな斎藤清の版画

そんなことをあらためて感じる次第。

もっとも、こんな風に書いているのも、40代も半ばになり寒さがより骨身に染みる年代に突入したからなのかもしれない。
若けりゃ乗り切れるものってあるな、とつくづく思うから。
翻って、若い故に気付けないものもあるのだ。それもまあまあ、たくさん。

冬場の閉ざされた環境で、体調を崩すと余計に弱気になっていかん。

風邪よどこかへ飛んでいけ。
私には、やらねばならないことが山ほど待っているのだ。

ああ、春が待ち遠しい。


NPO法人日光門前まちづくりnote部 | 岡井 健(世話人)

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