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資本主義vs民主主義

〜歴史における現代の位置付け〜

資本主義と民主主義が対立してると聞いてピンとくる人はどの位いるでしょうか。しかし、現実には見事に対立しています。1989年ベルリンの壁が崩壊し、1991年のソビエト崩壊までは、資本主義と民主主義は一つにバンドルされた価値・理念として共産主義と対立していましたが、共産主義が崩壊した後、内部構造における矛盾が噴出してきました。平成の30年間は、そう言った矛盾を抱えつつ漂流した時代と言えるでしょう。

例えば、昨今新聞を賑わせているGAFAの話。これは、多国籍企業と国家が資本主義と民主主義の代理戦争をしているとも言えます。

(以下、2019年3月12日日経新聞より)

独、米 :フェイスブックによる不透明な個人データ収集手法を問題視。独は見直し命令。米国は罰金検討。
英国 :SNSでの不透明な商品プロモーションや、消費者に不利な取引条件をめぐり調査開始
EU :検索サイトなどの「ランキング」に透明性を求める新ルール案
日本 :プラットフォームビジネスをめぐるルールづくりに向けた「基本原則」好評。契約条件の明治などが必要としてき

これらに先立ち、EUはプライバシー保護を目的に18年に施工した一般データ保護規則(GDPR)はネット上の個人情報を消去してもらう「忘れられる権利」を重視し個人がデータ消去を企業に要求できる権利を保障した。

(引用終わり)

2018年のグローバルで時価総額ランキングを見てもわかるようにほぼIT企業となってます。つまり、資本市場の成長を支えたのはIT企業とも言えます。


 しかし、国家がIT企業の成長を制約しようとしています。これはどういうことでしょう。(本稿とは関係ないですが、この図は、この30年でいかに日本企業の相対的価値が変化したかを表してもいます。)

次に、ヨーロッパでのデモ、米国ウォール街での「99%」のデモなども、資本主義による富の一極集中に対する批判の声。これは、資本家と労働者が、それぞれ資本主義と民主主義を背負って対立している構造です。

トマ・ピケティが指摘したように、資本収益率はGDP成長率より高いため、資本家は一層豊かに、労働者は一層貧しくなるのが資本主義の原則であり、こうした情報にも触れる機会が増えてきたため、それを許せないという民主主義の意見が強くなっているのが現代です。

これまで、

■自由→私有財産制→資本主義

■平等→民主主義

は文明の発展の礎でした。では、これが対立した場合、私たちはどのように解決していけば良いでしょうか?

答えは、歴史にあります。フランス革命のスローガン「自由、平等、博愛」 は近代社会の礎かと思いますが、自由→資本主義、平等→民主主義が対立したなら、それぞれ行き過ぎた資本(原理)主義、民主(原理)主義による社会の分断を乗り越え、人類が共和していくための博愛精神(共和の方が耳に心地良いかもしれません)を今一度紐解く必要があるかもしれません。こうしたことを、社会意識、地球意識が求めているように思います。

私たちは、共和・博愛精神に則って、限度とバランスを伴った民主主義と資本主義のあり方をあらゆる面で考えることが必要でしょう。そのことは、今後、国政レベル、自治体レベル、企業経営、コミュニティ、学校、家庭、あらゆるレベルで社会に変化をもたらすでしょう。

このような変化に戸惑い、最初は受け止められない人たちが当然います。そういった人たちも徐々に受け入れられるように、科学的発見による世界観・宇宙観の変容も必要です。


それは、天動説から地動説への変化のごとく、ニュートン力学から量子論的世界観への変容を通じ、社会に浸透していくのだと考えます。

つまり、すでに発見されている、相対性理論、物理学における素粒子の振る舞いなどの物理学や、生物学の動的平衡の概念など、それらに必要となる科学的発見の、一般常識としての広がりも急速に進むでしょう。

このような過渡期をへて、私たちは、未来に向け美しく共鳴する社会を構築していかねばなりません。近代の始まりにおいて唱えられた「自由平等博愛」というスローガンを、私たちは近代150年で解決しきれず、次の時代に持ち込むことになりました。それでも社会は螺旋的に発展していくのです。

日本においては、平成の次の御代。資本主義と民主主義の対立への回答を各国打ち出すことが求められます。それは、

■修正資本主義

■高次民主主義(博愛精神による限度を伴う民主主義)

という、私たち一人一人の道徳次元の上昇に伴う、社会システムの変容を伴ったものが期待されているでしょう。

八百万の神々の住む国の誇り高き国民なら、ぼちぼち、消費に依存した資本主義(強欲)精神である、子供時代を卒業し、哲学、政治とも真剣に向き合っていく共和時代に入ってますよね。みなさんは、個人的問題を、少し抽象度をあげて、資本主義と民主主義の対立と考えた時、どのように考えますか?

平成の次の時代は、資本主義、民主主義を超えた、新たな共和制と考えるとなんだか、少しワクワクしませんか?


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