マインドフルネス/ヴィパッサナー瞑想について
ヴィパッサナー瞑想から帰ってきました。
前後含めた12日間。まるで、半年とは言わないが、遠くに長く行っていたような。浦島太郎のような気分。忘れないうちに、感じるままに、徒然なる文章を。興味もってる人も増えているように思うので、ご参考になれば。
——————————————————————
ダンマーディッチャ。そこは、実際は、時間にして2時間程度の場所なのですが電子機器や文字の使用のない、言葉のない環境は、世界で一番遠い場所とも言えます。
ダンマーディッチャの芝生の上を歩いている時、ブルーハーツの
「ここは天国じゃないんだ〜、かと言って地獄でもない〜♪」
のフレーズが思い出されるほど「天国?」という言葉が出てくる気分がしました。そのくらい、俗世界とは隔絶した環境でした。
しかし、もちろん修行として行ってるのでそう思うのは環境だけのことで。
今回再訪し、そして東京に帰ってきて思うのは、本当に俗世界と違うところにいたんだなと。新たな発見があり、幸運にも、確信めいた手応えを持つことができました。先祖やこの命を形作るに関わった情報にまつわる功徳のおかげかと思ってます。また、今朝電車に乗ると、膨大な人の意識がザーッと入ってきます。慌てて、自分を守るためにそれを止めないといけなくなります。人が音楽を聴きながら、スマホに集中しながら通勤するのはそうして心を、意識を守ってるのだと思います。しかし、そうすると、簡単に心を人に開けなくなるし、自分自身も自分の心に鈍くなるという仕組みもよくわかりました。
これは、どうしたものかな。距離を取るしかないのかもしれないな。。。。今日のところは答えはありません。
今回僕は、これから自分が向き合う課題への力と覚悟を得れたことが、本当に大きなギフトで、喜びと感謝が強くあります。また、それを通常社会の中で実現に向けチャレンジできることも喜びとして感じてます。つまり、力がみなぎってます。笑。
一方で、そう簡単にすぐ戻りたいとは思わんな(笑)という大変だった感覚ももちろん。美味しいもの食べたい!お寿司やお肉も美味しいね!食べたいね!って思って帰ってきました。笑。幸い、初日から4日くらいまで思っていた感覚と、10日を終えた今は全く異なる感覚です。終わったあと、奉仕者の方々から、終わったのち、「すごく晴れやかな顔をされてる」と言っていただいたので、内面だけでなく、外面にもまた何か変化があったのでしょう。
(晴れやか・・・かな?笑)
<ヴィパッサナー瞑想について>
少し、ヴィパッサナー瞑想について説明をします。
2600年前にゴータマ・シッダータがブッダとして悟りを開いた際に再発見された瞑想法と言われる瞑想法です。世界で150箇所以上、訓練をするセンターがあります。日本より海外での方がメジャーかもしれませんね。奉仕者の方で、世界中の瞑想センターを渡り歩いてる方もいました。
ゴータマの前にも、何人もブッダ(悟りを開いた人)はおられたし、その後にも大勢おられます。彼は、七段階目と八段階目の悟りのための瞑想を学んだ上で、それでも心の汚濁を完全に除去しきれないことに自ら気づき、菩提樹の下で、もう、悟りを開くまでは、動かないし目を開けない(決意の瞑想)と決意を持って瞑想に望まれました。その際に行ったのがヴィパッサナー瞑想で、感覚を感じそれを観察し、それが生まれる原因を探り、仏教哲学の基礎となる哲学をされ悟りに至り、その叡智を分け始めたのが始まりです。彼は、宗教を作ろうとしたわけではありません。宗教は、その後、教えの言葉が一人歩きし、その解釈の差が宗派を作り、生まれてきたものと言えるかもしれません。それが真理であれば、名前はなんでも良いでしょう。(講和より)
日本には、ヴィパッサナー瞑想センターが京都と千葉にあります。
最近は、人気が出てきたのか、なかなか予約が取れず、申し込み10分程度でいっぱいになるようです。参加者は、二年前は男女25名ずつだったのが、今年は32名ずつでした。(この数字も、知ってる人には、面白い数字に思えるでしょう!)最近は、有名になってたのか、行ったことがあるという人が周りにちらほら出てきました。僕は、二年前に初めて千葉のダンマーディッチャを訪れ、今回が2回目。前回に対するコラムはこちら
https://www.facebook.com/KennyKetchup
(日付で検索してもらい、2017年8月23日から4つくらい挙げてます。)
ちなみに、ここでは、聖なる沈黙といって、言葉、体でのコミュニケーションが禁じられ、電子機器、紙やペン含め、文字は預け、身体一つで滞在します。なので否が応でも、自分と向き合うことになります。
<コースの概要>
10日間のスケジュールは大体以下の通り
4:00起床
4:30-6:30 冥想
6:30-8:00 朝食と休憩
8:00~9:00 グループ瞑想
9:00~11:00 瞑想
11:00~13:00 ランチ&休憩
13:00~14:30 瞑想
14:30~15:30 グループ瞑想
15:30~17:00 瞑想
17:00~18:00 ティータイム
18:00~19:00 グループ瞑想
19:00〜21:00 講和と瞑想
21:30 就寝
茂原駅から車で20分くらいの場所にあるダンマーディッチャは、真夏なのにそれほど暑くない日も多く、風も通り、霧が出たり、突然雨が降ったりまた晴れたり、不思議な緑に囲まれた場所です。そこで、毎日夜明け前から瞑想を始めます。
【Day1】
10日間が始まる前日に施設に入り、翌朝4:30から始まります。
Day1 〜4の午前は、アーナパーナという呼吸を観察する瞑想
ただ、呼吸を静かに観察します。唇の上から鼻に集中し、集中力を養います。
それだけを、1日かけて行うのです。1日目は、なんとか終わりました。
2015年から毎朝瞑想しており、2年前からも欠かさずやっていたものの、その集中力への自信はみるみる崩れていきます。唇の上から鼻を1日観察するんですよ!嫌にならない方がおかしい!!
【Day2】
FBにヴィパッサナーに行くと書いてきたことを後悔します。間違いなく、書いてこなければ帰っていたように思います。そのくらい、いやになりました。普通、この8月の休みに、海に行ったり、美味しいもの食べたり楽しいことがあるのに、なんでこんな所に来て一日座って、鼻の下見てるんだ。。。。意味ない。。。。
そう思いつつも、リタイアはカッコ悪いよな。。。というのが正直な気持ち。それでも、まだ2日目。まあ、もう少し我慢しよう。
【Day3】
いよいよ、もう嫌になってきました。「あ〜、まだ3日か」
限界。。。17:00~18:00の休憩時間に夕方の空を、デッキ台の上で寝転がり見上げながら、つらい。。。と思ってました。だが、「流れる雲のように、全ての物事は移り変わる」(アニッチャー)との講和を思いだし、綺麗な夕暮れをみながら、海に夕陽を見に行きたいななどと思ってました。(この夏忙しくして、修行とかばっかしてて、夕陽見てないなぁとか、子供と遊んであげれてないなぁとか。)
【Day4】
午後から、ヴィパッサナー瞑想が始まります。アーナパーナとは異なり、体の感覚に集中します。
朝、昼、晩の1時間ずつのグループ瞑想は、アディッターンという「決意の瞑想」と言われ、足を崩したり、手を広げたり、動いてはいけません。
この3日間を振り返りとてもじゃないが、できないのではないかと思いましたが、ガイドから流れる「誓いを立てて臨みなさい」の声に対して、まさに覚悟を持って臨みました。この14:30~15:30の最初の誓いの瞑想がなんとか我慢(これはまさに我慢でした)ここができたことは、その後の大きな自信になりました。
18:00~の1時間も我慢しながらできました。この日、ここで我慢できなければ、その後の様子が違ったことでしょう。根性据えてとりかかれて良かったです。誰に怒られる訳でもありませんが、これを動いてしまうと、のちの深い気づきに繋がらなかったでしょう。
【Day5,6】
いよいよ本格的にヴィパッサナーが行われますが、まだ、体を部分部分で観察していく段階。新しい生徒と合わせ、一つずつ見ていきます。じれったくはありますが、アーナパーナよりはるかに向いてます。
またここで、体の表面の感覚に注意すると同時に、感じている感覚を客観的に観察する(「心を切り離す手術」)をきちんとここで実行できました。ったとえば、1時間動いては行けないとなると、当然足が痛くなりますが、「足に、かって痛みと呼んでいた感覚はあるが、まあ、これもいずれなくなるだろう」こうした感じ。そういえば、前回はこれがなかなかできなかったような気がします。体全体を流れる微細なエネルギーを掴むのに必死でした。これは、大きな進歩でした。エゴとそれを観察する自己(セルフ)を切り離すことができているのを確認するために、この痛みの感覚もとても大事です。
【Day7】
「流れるような感覚を見ていく。頭から足先へ、足先から頭へ」と同時に、決意の瞑想もきちんとできるため、この「観察している自己は誰?」という哲学をしました。指導にはありませんが、指導を守る範囲の中で、可能な思考をしました。
見えない世界と言われる世界
見える世界の神 と言われる世界
見える世界の神の現実対応面と言われる世界
この現実世界
つまり、主観的領域と言われる世界を客観的にみる意識。いろんな宗教で言われている構造世界をマッピングして、身体知化のトライ。詳細は省きますが、
「この主観的領域を客観的に観察している私とは、どういう存在か」
「なぜ、こちらの世界に来たのか」
「では、ここで一体何をするのか」
「それを、この肉体とその現実的環境を活用しどう実現するのか」
このあたりを深く観察・洞察すると同時に、実生活に戻って何をやっていくのかが結びつき出し始めました。一方で、「長いな〜疲れたな〜」と最後に思ったのがここだったかな。17~18時、いつものようにデッキに寝転がり、夕方の空を流れ行く雲を見ながら、「これでやっと2/3が終わった。」という感覚でした。
【Day8】
身体を左右対称にできるだけ同時に見ていく。2年前の初回は8日目にして、何かエンライトメントのような感覚がありました(金色の大仏みたいなのが見えた)が、今思うとそれは幻想でしたね。笑。今回の6日目、7日目の切り離しとその上での洞察こそがいわゆる「悟り」の感覚としては、大切なポイントでした。私自身が、私自身の理解のために、とても役に立つ経験はございましたが、ここでは記すのは控えましょう。大事なことは、映像を見ることではありません。
【Day9】
体の内側も見ていく。内蔵ではなく、感覚としての内側を。全体を一つの塊として捉える。これと同タイミングで、うまく、エゴを切り離した「セルフ」を確認できました。今回は、自分が瞑想状態に入り、そこでどこにいるのかを確認するにあたり、再現性あるルートの構築ができたことも大きいです。8日目、9日目は、やっと集中力と関心が高まったのか、理論と実践が追いついた為、あっという間に過ぎて行きました。
【Day10】
午前の瞑想の後、聖なる沈黙が解かれ、ともに学んだ者同士おしゃべりが許されます。多くの仲間と、背景や感想を分かちあいます。
外国人らと、英語でこの意識の世界をシェアできたり、説明できたこともよかった。(英語のレベルも上がった!ということでしょう)
また、最後に、慈悲の瞑想を学びます。
「May all the livings be happy」(スターウォーズの「May the force be with you」 じゃないよ!)
全ての生きとし生けるものが幸せでありますように。
今回の会には、男性は、20歳のモンゴル人から60歳の日本人まで、様々な方々が参加されていました。女性も様々な方々が参加されていたと思います。(男女で話はしないので詳しくわからないけど。)
男性32名。途中で事情があってリタイアされた人が2名。
外国人が5~6名 2割くらいかな。
2年前もも外国人比率が20%くらい、リタイアは20%くらいあったかな。
——————————————————————
<2回目の経験を終えて>
今回の訪問には、ある決意と目的を持って臨みました。2016年当時、自分の周りの状況が、「それまでのやり方を捨てなければ前に進めない」と思える状態でした。実際、試行錯誤しもがいてました。同年の夏には、山伏修行を通じ、月山に、まるで、映画「もののけ姫」のシシガミ様が倒れていくように自分の巨大な殻のような霊体のようなものを捨て「過去の自分を全て脱ぎ捨てる」という決意をしたものの。さて。一体どうやると、自分というものを脱ぎ捨て、新しく生まれられるかという問いを抱えておりましたが、月山の霊験あらたかと申しますか、現実面では、自ら立ち上げた10年経営した会社を手放すなど、見事に色々な変化が起こり、感情面での整理がつかないまま2017年最初のヴィパッサナー瞑想に行きました。それからも毎日瞑想しつつ、新しい動きも始めているものの、もう一段深い、何かが必要だったのだと思います。今回は、2016年春から3年半が過ぎ、一連のトランジションプロセスの終わりとする何かを掴む覚悟とともに行ってきました。
夏休みを家族や恋人と、リゾートなどで過ごすのはもちろんとても楽しいことで大事な時間だと思います。最初の4日間そういうことを本当に羨ましく思ってました。だけど、なかなか、通常体験しないこうした体験も、やはりとても価値があると。戻ってきた今では思います。
私自身の考えとしては、「悟り」もいいけど、
・「自己の精神的成長」と「この世界・宇宙生命の発展への貢献」
・「この世界の素晴らしさを楽しみ味わうこと」
この二つのバランスのとれた生き方を大事にしたいなと思いました。
一方で、様々な環境で生きる何十人もの多様な方々が来られているのを見るにつけ、こうした世界も、もはや特殊なものではなくなりつつあるのを感じています。それだけ時代は急速に、「ポストマテリアリズム」の時代に進んでいるのでしょう。
幸いなることに、今回、僕は、自分として区切りとなる学び経験を自分のうちから引き出すことができ、今回の修行を終えることがでいました。これから、新たな覚悟とともに、この経験をうまく社会に還元していけるよう、9月から始まる「WaLaの哲学」などを通じ工夫してまいりたいと思います。
10日間の最後には、修行や瞑想で得た静かで力強いバイブレーションで他者のために祈る瞑想をします。
全ての生きとし生けるものが、幸せでありますように
全ての生きとし生けるものの、苦しみがなくなりますように
全ての生きとし生けるものの、願いごとが叶えられますように
以上、2019年夏、2回目のヴィパッサナー瞑想の報告でした!