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夜明け前(「森での一夜」より)

森での一夜」より

空が白み始めた。倒木に座りながら辺りを見渡す。真っ黒だった暗闇が少し薄らいでいる。目の前の焚火は小さいが、じんわりと身体に熱が伝わってくる。夜中に目が覚め、その後はずっと眠れずに焚火の前で時間をつぶしていた。頭がぼんやりとして鉛のように重い。唇はかさついて、少し痛い。昨晩、歯を磨けていないから、口の中が妙に粘つく。気持ちが悪い。バックパックからペットボトルを取り出し、口に水を含む。ペッと勢いよく吐き出す。バスの集合時間は6時だったが、帰り支度をもう始めようかしら?腕時計に目をやる。ぼんやりとした蛍光色の針が4時半を示している。少し早い気もするが、ゆっくり片付ければ問題ないだろう。

まずはシェルターの分解に取り掛かる。骨組みに使っていた枝を木の蔓で結んでいたので、サバイバルナイフで切り落とす。ばらけた枝を拾い集め、森に戻す。隙間風は酷かったけど、このシェルターのおかげで一晩過ごせたのだ。ベットに使っていたもみの木も森に戻さなければ。大きめの木は少し重い。ほとんど寝ていない状態でこれを運ぶのはキツイ。息があがりながらも、何度か往復してベット解体することができた。フウッーと大きく息を吐く。身体がだんだんと温まってきた。そう言えば、バックパックにもう一本ペットボトルがあったはずだ。取り出したボトルのキャップをグイッと開け、消えかかっている焚火にかける。ジュウ、ジュウという音ともに白い煙が一斉に立ち上る。煙はあたりにゆっくりと広がり、そして消えていく。後には、黒くなった燃えかす。残り火がないか、ぐりぐりと踏んづける。止めを刺す。火は完全に消えたようだ。何だか急に頬がチリチリと痛む。

一晩過ごした痕跡がなくなると、少し名残惜しい気がしてきた。薪を拾い、シェルターを立てて。昨日の夕方から、まだそんなに時間はたっていないはずなのに。時計をもう一度見れば、5時半を過ぎていた。辺りが白む。もうヘッドライトはいらない。バックパックにライトを無理やり突っ込む。忘れ物がないか、シェルターのあった辺りを隈なくチェックする。ここに戻ってくるのは大変そうだ。大丈夫。バックパックを担ぎ、それから、GPSのスイッチを入れる。バスの集合場所をセットすると、目的地への方角と距離が画面の右上に表示された。この数値通りに歩いて行けばいい。コンパスで方角を知ることもできるが、GPSの方が簡単で便利だ。便利さに慣れすぎると、万が一の時に困ることになるが。暗闇でのパニックが鮮明に思い出される。いや、いや。まずは森を出よう。

画面を確認しながら、樹々の間を通り抜け、ひたすらに歩く。身体が重い。僕のエリアの隣を通り過ぎているが、ここで一晩過ごしていたジョンの姿が見当たらない。とっくに集合場所に向かったのだろうか?目に映る樹々。このエリアは、Red spruce(Picea rubens、北米東部の中型のトウヒ)が多いみたいだ。僕が過ごしたエリアとはだいぶ樹の分布が異なる。カナダ東側のアカディアに位置するこの森は、温帯林(落葉広葉樹と針葉樹が混じる森林)に属し、多様な樹々で構成されている。この多様さは、とても美しい。歩みをとめて、何度か深呼吸を繰り返す。シンとした空気を思いっきり吸い込む。靄がかかっていた頭の中に尖った空気が入ってくる。もう一度、画面に目を戻し、また歩き出す。

しばらく歩いていると、数メートル先に森と林道の境界線が見えた。少し速足になりながら、林道に飛び出す。今まで森の中を歩いてきたから、樹もなく、低木もない林道は歩きやすい。この道をまっすぐに進めば、集合場所はすぐそこだ。15分ぐらいだろうか?
林道を歩きながら、カナダの森と日本の森は違うんだなということに思いを巡らす。カナダの森は平地にあり、日本の森は山にある。日本で少人数で行う小規模な林業を行っている森の林道を見学したことがある。伐採した木を搬出するための軽トラが走れるぐらいのコンパクトな道幅に驚いた。カナダの林道は、大型の林業機械や搬出用の大型トラックが通るため道幅が広い。カナダに来てから、広大な森や膨大な樹のことを考えると大型の林業機械を使わなければ管理が難しいのだろうな。どちらが良いとかではない。その場所に適したやり方があるのだから。そんなことを思い巡らしていたら、集合場所に繋がる道に辿り着いていた。あともう少し歩いたら、バスだ。夜明けが近い。

to be continued.

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