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初日という大きなハードル

新しいことに挑戦する時に大事なことは、一体何だろう?
それこそ数え切れないぐらいの大事な事があるんだろう。意気揚々と乗り込んだカナダの林業学校での経験の中で、一番キツかったのは入学初日だった。人生を賭けてきたカナダの初日でもう逃げ帰るしかないと考えたぐらいだったから。
初日を乗り切れるかどうか、挑戦する時に大事なことの一つではないだろうか。

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オリエンテーションでは教室に今季入学する生徒が一堂に集まるのだけど、自分はといえば英語で書かれたsyllabusを読み間違えて一時間の遅刻。教室では既にインストラクター達も生徒も全員揃っていて、冷たい視線が一気に自分に集中した。
「遅れてすみません…」
と消え入りそうな声で挨拶をして、空いている席を急いで探すとそこに隠れるように身を滑り込ませる。すぐさま回ってきた書類を読もうとしたけど、頭が真っ白で全く理解できない。横に座っているカナダ人の真似をして、サインをした書類は、これから始まるファースト・エイド(応急処置)講座の申込書だった。
オリエンテーションがすぐに終わり、息もつかさずこのファーストエイド講座に参加することになったけれど、これがこの林業学校での最初の試練。この講座では、近くの森に移動し、二人1組でワークショップに取り組む形式で、一人が森の中で何らかの症状で倒れこむ役、もう一人はファーストエイドを施す役。インストラクターが倒れこむ役に設定を与えて、その役を演じるのだ。例えば、糖尿病を持病に持ち、森の中で足を痛めて倒れ込んでいるというシチュエーション。身体に力が入らない、インシュリンを打たなきゃいけない、こういった状況を「糖尿病」という単語を使わないで、ファースト・エイド役に伝えなくてはならない。ワークショップも難しいが、それ以前にインストラクターの口調が早すぎて全然ついていけない。糖尿病(diabetes)の英単語は知ってたはずなのに、いざ会話になったら全く聞き取れずに説明が理解できない。ワークショップでは、自分に降りかかった状況や症状を細かく英語で説明しないといけないのだが、
「身体が急に冷たくなってきていて、すぐにインシュリンを注射しなくては」
みたいなことが口から出てこない。代わりに出てきたのは、
「うぅ」
ファースト・エイド役の子の英語もわからない。英語で自分の状態を説明できず、ワークショップの内容もわからなくなってきて、
「こんなはずじゃなかった」
「英語も準備してきたはずなのに…」
そんな思いが頭の中で浮かんでは消え、ついには頭痛までしてきた。意識が飛んでしまったら楽になれるのかもしれないけど、そんな都合の良いことは起こるはずもなく、さらに追い討ちをかけるようにインストラクターから
「最終日に実習で学んだことをテストするけど、80%以上点数を取れなかった者はこの学校への入学を認めない」
という言葉が無情にも放たれた。

◆入学できない?自分は、駄目な人間なのか?

1日目が終わって寮に戻り、日本にいる奥さんに駄目かもしれないと泣きながら電話した。
「もう駄目だ」
「明日テストでパス出来なかったら、入学させないだって」
奥さんには今でも、この時のことを揶揄われるけど、この夜は本当に情けなくて、自分はなんて駄目な人間なんだと思いながら泣いていた。

朝が来てファースト・エイド講座はやってきた。昨日と変わらず英語を聞き取れず、ワークショップもよく理解できないまま過ぎてゆく。インストラクターの宣言通り、最終日に筆記試験があり、ワークショップの時に一緒だったペアの子と取り組むことになった。英語の理解が不十分にも関わらず、ペアになった子には
「そうそう。僕もそう言おうと思っていたんだ」
みたいなノリでひたすらにうなずき続けた。点数は、ジャスト80%。ペアになった子と二人して喜んだ。

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今でもこの初日のことを鮮明に思い出すことができる。カナダまで来たのにとんぼ返りになるんだろうか?準備したのに、やれることはやったはずなのに、歯が立たなくて、ただ流されながら、それでも諦めきれずにしがみつく。終わってから、シャワー浴びながらホッとして泣いたこと。この初日を乗り切れたからこそ、卒業が出来たし、その後にカナダの測量会社で働くことに繋がったかもしれない。

この時、僕は36歳。多分何歳になろうと新しいことや新しい環境の中で挑戦する最初のその瞬間は、すごくハードで想像以上にキツいことは変わらないだろう。その時は上手くいかなくて、何を頑張っても駄目みたいに思えるかもしれない。ボロボロになったとしても、その日を乗り越えたら、次の日からきっと上手くいく。最初のその大変な1日を乗り越えたあなたは、誰が何と言おうとやっぱりすごいのだから。

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