卒業研究「エビ中とは?」⑦
7人で見た夢の先
2021年5月に桜木心菜、小久保柚乃、風見和香の3人。
2022年10月に桜井えま、仲村悠菜の2人。
低学年メンバーと言われる5人が加入した私立恵比寿中学は10人体制として活動を続けている。
新たな若い力が加わったことで「昔の曲も歌いやすくなった」とメンバーも言うように、どこかかつてのエビ中が戻ってきたような感覚が、メンバーにもファミリーにもあるのではないだろうか。
一度離れたファミリーの出戻りもあると聞く。
そうして昔の曲も歌いながら昔のファンも連れて、再びあの時立ったさいたまスーパーアリーナを目指すというのもどこかノスタルジックであり良い目標ではないか。
“6人体制”の先にあった低学年メンバーとの出会い。
柏木ひなたが「この勝負、エビ中の勝ちで終わりたい」と言うほどにこだわった6人での戦い。
ともすれば茨の道かのようなその先にあった希望の一方で、心残りがあった。
ココユノノカ加入後でありながら6人で歌った2021年7月16日の『THE FIRST TAKE』
悪性リンパ腫の療養から復帰した安本彩花がなんとか間に合った6人での『なないろ』
その素晴らしい1発勝負の一方でやり残したことが1つ。
6人でのラストツアー『6voices』に、6人でのラストライブ『move』。
“6人体制”の集大成となった圧巻のライブだったが、ここに安本彩花は間に合わず。
6人揃ってのラストライブは出来ずじまいだった。
2022年に卒業を決めた柏木ひなたは、この心残りをどうにか果たそうとしていた。
それは他のメンバーだけでなく、ファミリーの願いでもあった。
自身の卒業の前になんとか。
『柏木企画』という卒業前の自身のプロデュースライブの中で、それを実現させた。
小林歌穂、中山莉子とのユニット『いそきんトリオ』でのライブを終えると、暗転したステージに『matsuriture』が。
「No.3!」の声とともに真山りか
「No.5!」の声とともに安本彩花
「No.7!」の声とともに星名美怜
同じ『私立恵比寿中学』のメンバーではあるが『いそきんトリオ』のライブにこの3人が登場するのは非現実的で、夢さながらであった
2009年8月4日。
ある中学生の少女が大人に言われて急に始めた旅路には4人の仲間がいた。
奏音、瑞季、宇野愛海、宮崎れいな
1人、また1人とこの仲間は新たな道を見つけて去っていった。
その度に大声を出して泣いていた少女は大人になるにつれ、いつしか感情をあまり表に出さなくなった。
杏野なつ、矢野姫菜妃、廣田あいか、小池梨緒、鈴木裕乃
新たな仲間が加わっても、新たな道を見つけては彼女よりも先に去っていった。
自身の存在価値を見つけられない時
そんな時が彼女にもあった。
決してはじめからパフォーマンスに秀でていたわけではない。むしろ「不安定なダンスと歌唱力」を掲げるグループでも目立つ存在ではなかった。
だが彼女には歌の才能があった。
「継続は力なり」の如く、最初から絶え間なく続けてきた努力でその才能は徐々に開花していく。
彼女は決して自身を高く評価しない。
メンバーが増えて減らされる自身の歌割りに、不安を覚えた。
2016年にリリースされた私立恵比寿中学の『まっすぐ』
その最も大事なパートを任された。
努力の結実は彼女をグループに引き留めた。
自身を高く評価はしないが、確かな自負は持っていた
「エビ中は真山だ」と
出席番号5番安本彩花はグループ結成から約二ヶ月後に転入した。
それでも自身を初期メンバーとは言わない。
卓越したピッチ性能を持つ彼女は、初期メンバーとともに長くこのグループの歴史を見てきた。
新たな仲間を前向きに迎え入れ、時には人見知りが出てしまうがフラットにグループを見守ってきた。
出席番号7番星名美怜は2010年5月に転入してきた。
初期メンバーが凄く大人に見え、部活の先輩に対してのように敬語を使った。
「360ºどこから見てもアイドル」な彼女は最年長とは1歳差。大人になるにつれ埋まってくるような微差とグループの空気、そして持ち前の明るい性格はすぐに敬語を消し去っていった。そして年長組で引っ張る、とも。
出席番号9番松野莉奈は星名美怜と同期。
杏野なつや鈴木裕乃は以前所属していたグループのメンバーでもあったため、超絶人見知りな彼女にも安心感があったのだろう。
『Liar Mask』でソロデビューしたメンバーに対し「りか」と呼んで誰よりも喜んでいたが、いつしか「真山」と呼ぶようになった。
出席番号10番柏木ひなたは2010年11月に転入。
グループ唯一の研究生という謎設定に戸惑いながらも、安室奈美恵に憧れた才能は誰の目にも明らかだった。
悪戯好きの末っ子もまた、「りか」と呼んで頼りにしていた先輩を「真山」と呼ぶようになった。
出席番号11番小林歌穂と出席番号12番中山莉子は『チーム大王イカ』というグループから、2014年にこの界隈ではある程度大きなネームバリューを持つようになっていたこのグループに二人で身を寄せ合いながら転入してきた。
かつて「ポンコツ」だった出席番号3番もまた、この新たな「ポンコツ」二人に対して少し戸惑っていた。
好奇心旺盛で芸術家肌の大きな11番に、子鹿のように震える人見知りな12番。戸惑いながらも、思いっきり優しく可愛がった。
小林から「真山って呼んでいい?」と聞かれた真山は、距離を縮め親しくなったことを実感し喜んだ。元々ファミリーだった中山は6人の中で唯一「りかちゃん」と呼ぶ。
成長した二人は恩返しするかのように先輩メンバーを支え、新たに入ってくる後輩を愛した。
『ジャンプ』、『シンガロン・シンガソン』『響』。
6人でやる意味と6人だからこそできた曲たちを刻み6人でのラストライブは幕を閉じた。
柏木ひなた卒業前に、その時にしかできないどうしてもやっておきたいことを実現させた。夢のような一幕だった。
苦楽を共にしてきたからか、この6人には深い絆がある。
それを凝縮したような『THE FIRST TAKE』を観ていたココユノノカや、この6人でのラストライブを観ていたエマユナが「そこに入っていいのか」と戸惑うのも当然だ。
でもそれは当たり前で、6人でやってきたことへの自負や誇りは並大抵の物では無いわけだ。難しいがそこに入っていくことがこの歴史あるグループへの本当の意味での加入であり、そういった変化を繰り返すのが私立恵比寿中学というグループでもある。
2020年のファンクラブイベントで披露されたトリオザインフルエンザ2の『一生一緒いいっしょ?』
もともと大きな松野莉奈が小さな柏木ひなたをおんぶするこの人気曲を、この日は小林歌穂が柏木とともに歌った。
普通、こういった前任者のイメージが強いものを新たに誰かがやることは御法度であり炎上の火種となる。
特にファンの熱量があるアイドル界では燃えに燃えるような案件だろう。
しかしこの時は燃えるどころかSNSには感謝の言葉が溢れていた。
松野莉奈のファンたちは「ぽーちゃんありがとう」と言い、共に歌った柏木も小林への感謝を口にしていた。
私立恵比寿中学は優しいグループだ。
それを支えるファンも、最初は新しいメンバーに対して不満があっても受け入れる努力をし、いつの間にか大好きになっている。
低学年メンバーもまたその歴史と向き合い努力し、ファンを認めさせてきた。
そうして進化していくのが私立恵比寿中学。
「最新のエビ中が最高のエビ中」
とメンバーやファンが口を揃える所以だ。
日本で人気のスポーツである野球やサッカーを見ていると不思議に思うことがある。
昨年、何十年ぶりの日本一になった阪神タイガース。
当然、前回の日本一を経験した選手はいない。
しかしそれをずっと応援している熱烈なファンがいる。
サッカーでもずっと自らのアイデンティティのようにクラブを応援するサポーターがいる。
サッカーの世界は入れ替わりが早いので5年もすればほとんど元いた選手はいなくなるのに。
アイドル界では先日AKB48柏木由紀が卒業を発表した。
スポーツに興味がない人にはこちらの方がピンとくるのではないだろうか。
AKB48も全盛期のメンバーはいない。だが、変わらず『ヘビーローテーション』を歌うだろうし変わらず応援するファンもいる。
これは一体何なのだろう。
当初いた人はいないのにその集団は続き、またそれを応援する人もいる。
『テセウスの船』状態なのに。
正直今も疑問ではある。
なんとなくわからないでもないこともある。
阪神タイガースはずっと阪神地域で縦縞のユニフォームで戦い続けている。
サッカーではバルセロナや川崎フロンターレが少しずつマイナーチェンジしながらもパスサッカーや卓越した個人戦術で戦っている。
King&Princeは形を変えながらも活動を続けているし、AKB48はずっと『フライングゲット』を歌う。
受け継がれる色のようなものがあるのか、はたまたアイデンティティとも言うべき物言わせぬこだわりなのか。それが伝統というものなのか。
伝統というワードを見て、思い浮かんだことがある。
部活動なんかでも強い学校はずっと強かったりする。
高校野球や高校バレーの特集を見ると強豪校には伝統ありがち、である。
高校の部活動は3年でまるまる人材が入れ替わる。
でもその部活動には伝統があり、チームの色は受け継がれる。
「エビ中ってなんとなく部活動っぽいとこあるな」というのはよく思っていたことだ。
プロのアイドルグループに対して少々失礼ではあるが。
「悪しき伝統も一緒に受け継ぐ古くさい強豪校」ではなく「新しいことを取り入れながら先輩後輩が仲の良い強豪校」というイメージがある。
例えば出席番号1番瑞季と出席番号17番仲村悠菜は直接エビ中で一緒に活動していない。
それでも初代ダンス部長のイズムは二代目ダンス部長柏木ひなたへと受け継がれ、その柏木が育てたかほりこやココユノノカから仲村悠菜へと受け継がれる。
自分が部活動をしていた時に、部室のロッカーに名前入りの古い落書きがあった。
「こんな落書きすんなよしょーもない」と見る度にイライラしていた。
ある日、OBの先輩に指導してもらっていた時にアドバイスをもらった。それを実践すると目に見えて効果が出た。後日先輩にお礼と報告をすると「教えたあのテクニックは俺も○○っていう先輩から教わったんだよ」と言われた。
「知らない先輩だけどセンスある先輩だなー」と思いながら着替えていてハッとした。
その○○という名前がロッカーの落書きの名前と一緒だったのだ。
『なないろ』には6人の特別な想いがあるし、『紅の詩』には6人の良さが出ていて、『ジャンプ』や『星の数え方』は6人だからこそできた曲である。
ココユノノカは初ライブのちゅうおんで迷いに迷ったが最終的に志願して『なないろ』を歌った。
エマユナを加えた低学年メンバーの武者修行フリーライブでは先輩メンバーからの課題として『紅の詩』を。
そして『星の数え方』や『ジャンプ』をこれからも歌っていくだろう。
2月8日や7月16日には低学年メンバーも青空の写真とともに「見守っていてください」といった文章を添える。
「私立恵比寿中学」というグループ名はなんとなくつけた名前だそうだが、よくできたものだと思う。
転入や転校、卒業を繰り返しながらも受け継がれる何かがある。
この学校の先輩はそのキャリアの重みとは対照的に柔軟だ。
3番と5番は「パフォーマンスや大事にしてほしいことはある」としながらも「好きにやってもらいたい」と後輩の自由を歓迎する。
出席番号13番桜木心菜という“異彩”
出席番号14番小久保柚乃という“逸材”
出席番号15番風見和香という“秀才”
出席番号16番桜井えまという“天才”
出席番号17番仲村悠菜という“素材”
新たな武器となる若い力を活かす土台がここには確かにある。
2024年にはグループ結成15周年を迎える。
かつて末っ子だった出席番号10番の歌姫はグループとは違う道を進むがこれからも歌い続ける。
大好きなグループを見守りながら、またそれに刺激を受けて彼女の道を邁進する。
時に青空を見上げながら。
変わりゆくもの、変わらないものがある中でずっと変わらずにあるもの。
赤やピンクなどのかわいらしい色が好きで紫はあまり好きではなかった。早い時期から突出した才能を見せていたわけではなく、立場としては劣等生的であったと。
ただ彼女は続けることで成長し、存在価値を高めてきた。
かつての自分を「ポンコツだった」と評しながら、そのぶん後輩達を愛した。
彼女の愛はまるで心臓の鼓動のようだ。
その愛は血液が循環するかのように後輩からまたその後輩へと受け継がれていく。
好きではなかった紫が徐々に好きになり、彼女自身も少しずつ、だがたしかに変わってきた。
圧巻の歌唱力と表現力はこのグループが大切にするパフォーマンスの根幹を担う柱だ。
大人達が半ばノリで始めたグループだったが歴史を重ねその土台を築いてきた。
彼女が居続けることで『私立恵比寿中学』を『私立恵比寿中学』たらしめた。
その旅路にはいつしか長く道を共にする仲間ができた。
出席番号5番と7番は盟友であり親友。
出席番号10番を「彼女の決断を応援する」と見送り、出席番号11番と12番をとにかく愛した。
『私立恵比寿中学』のロゴはハートを模っている。
ずっと変わらなかったのは彼女のひたむきな努力と、グループへの愛だった。
2023年7月16日。
『私立恵比寿中学 spring tour 2023~100%ebism~』千秋楽。
再び大舞台に立つ目標とともに私立恵比寿中学はファミリーの書いたメッセージをそこにゴールテープとして持っていく約束をした。
2年前の『THE FIRST TAKE』の『なないろ』で私立恵比寿中学を知ったある人間が見た夢がある。
エビ中のメンバーの中に一際大きな女の子がいたらしい。
その女の子は『MUSiC』の衣装や『playlist』の衣装を着ていた。
それはとても似合っていた。
きっと彼女は『関内デビル』のユニフォームも『BLUE DIZZINESS』の衣装もよく似合う。
それが容易にイメージできる。
7年前に出席番号3番が語っていたことがある。
「こんなに私達は彼女のことが大好きなんだよ。っていう気持ちを持ってこれから進んでいけばきっと“私立恵比寿中学に松野がいた”、というか“いる”、ことをまだ松野のことを知らない方には伝わるかなと思うので。その気持ちを大事に持っていきたいな、と思います」
そして
「松野の想いも勝手に連れて行く」
とも。
アンコールで披露された曲は『なないろ』
この日も関係者用のパスカードには『RINA MATSUNO/No.9』の文字が記されていた。
変わらないものがまたここにもあった。
変わらない想いー
例え“勝手に”だとしても
きっとエビ中が連れて行く景色には青空が顔を出すはずだ。
あの屈託のない、満面の笑みのように
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