loser

フィクションかも知れないし、現実なのかも知れない。

最初に出会ったのは7年以上前だろうか。以前の職場で仲の良い顧客がいた。業務用の携帯に時折「やべ~よ~会社潰れちまうよ~」「暇ならメシ行こうよ~」などとしょうもない電話をかけてきて、一児の父である中年男性とは思えない緩さと幼さにいつの間にかこちらもタメ口で「とりあえず落ち着こっか」「忙しいから無理」などと対応するようになっていた(あまり褒められたものではない)。一人親方的な仕事で業界的に先輩に可愛がられるタイプなのだろうか。とても経営者の才覚があるとは思えなかったが、何とかサバイブしていた。いや、人たらしも才能の一つかも知れないが。

息子は高校にあがり、軽音部に入ってバンドを始めたと言った。「ねぇギターって高いんだね。おれ布袋しかわかんねぇからさ。課長バンドやってたんだよね。何かいらないの息子にあげるからちょうだいよ」「へーどんなのやるんだろうね。とりあえず使ってないアンプあげるよ」

そんなノリの会話をし、小さなマーシャルのアンプをあげると、本人からわざわざ「ありがとうございます!」と連絡がきた。本当はオススメのCDを貸したかったが「買ったことないし聴く機械もない」と謝絶されたのでまぁ仕方ない。精いっぱい青春やってくれよな。と目を細めていた。

最後に連絡をとってから3年くらい経っただろうか。久しぶりに緩いトーンの電話がかかってきた。「出世して俺の事忘れちゃった~?」相変わらずだった。

「そういえば息子さんのバンドはどうなの?」「何かね~この間ツアーしてたね。結構人気みたいよ」「マジ!?」バンド名を訊き検索をするとサブスクの月間リスナーが何と10万人を超えていて目が点になってしまった(ちなみにエミリーライクステニスは25人くらいだ)。「いや、これマジすごいよ」「すごいみたいね。もう大学も卒業するからどうするんだろうねぇ」「まぁ父親がかなり傾(かぶ)いた人生なんだから、ちゃんと就職しろとか言えた義理ないでしょ。後悔しないよう続けた方がいいよ」しれっと酷いことを言ってしまったと思ったが高笑いが聞こえると続けて「暇ならメシ行こうよ~」と言ってきた。懐かしいなこのノリと思いながら「忙しいから無理」と言って電話を切った。

少し心が粟立っていた。いや、嫉妬ではない。間違いない。聴いてみたが「あーすごいちゃんとしてるな」「確かに売れるかもな」と思った。そういう尺度が正しいのかわからないが「自分が彼らと同世代だったら好きになったかな」と思いながら再度聴いてみた。あまり感想は変わらなかった。自分たちがかつて雑居ビルにあるガラガラのライブハウスで平日に鳴らしていた音とは、違った。ジャンル的な意味でも、クオリティ的な意味でも。

でも、羨ましいという気持ちはあるかも知れない。現実と夢の間で揺れるでもなく仕事をしながらバンドをするしかなかった自分にとって、この若者たちの置かれた状況は、もっと高次の「現実と夢の間」に置かれている。夢も恐らく掴む可能性が十分にある位置にいるのだろう。それはとても羨ましい悩みだ。疲労困憊の状態でアルコールを摂取したからだろうか。酷い頭痛に呻きながら帰りの電車でそんなことを考えていた。

翌日、曇ヶ原のフジロック出演を知りまた目が点になってしまった。あの下唇を噛むしかなかった動員5人以下の自主企画から何年だろうか。何と苗場の大観衆の前で演奏できるなんて!バンドドリームだ。もちろんそれが終着点などではないのだろうけど、自分の事の様に嬉しい。自分が仮に続けていてもそうはならなかっただろう。違う人生を歩んだ他人同士が集まって化学反応を起こさせる、得てしてバンドというのは奇跡の集積で、今の曇ヶ原はまさに奇跡だなと思う。本当におめでとう。

そして自分がやっているバンドも久しぶりに配信リリースをした。聴いてみてあきらかに「ちゃんとしてない」し「売れない」という確信は得られた。AメロBメロサビだとか、コードとルートだとかいった定石から外れ過ぎている。バンド界の蟻鱒鳶ルか沢田マンション的な歪な奇跡だと思った。だから楽しいのかも知れない。うん、とても楽しい。明日試験だったが会場に行くか悩むレベルに堕ちてしまった。来週土曜はレコ発なのでしょうがない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?