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イーロンさんの冒険(1)

火星を目指せ!

ジム・カントレルへの電話から、1年ほど時をさかのぼる。

2000年の秋は29歳のイーロン・マスクにとってかなり最悪の時期だった。まずは新婚旅行でオーストラリアのシドニーに飛行機が到着した直後に、あるメールに気がつく。送信元はネット決済のPayPal社の取締役会からで、イーロンにCEOをやめてもらう決議の通達だった。おかげで急遽カリフォルニアのパロアルト市までとんぼ返りをするはめになったが、結局は自らが共同創業した会社から追放されることになる。次に、その年末に中断された新婚旅行の続きのためにブラジルと南アに向かうが、今度はマラリアにかかり、医者の診断ミスでもう少しで死ぬはめに。
「バケーションなんてロクなことにならないから、俺はそういうのはもうしない。」のちのインタビューで彼が真顔でそう答えたのも無理はない。

いずれにせよ、もはやITやシリコンバレーに未練がなくなったイーロン。2001年の年明けにロスアンゼルスに引っ越すことにした。彼にとって新天地となる南カリフォルニアのこの街は、映画を筆頭にエンタメのメッカとしてよく知られている。しかし実はLAX空港周辺にノースロップ・グラマン, ボーイング、ロッキード、レイシオンなど名だたる航空宇宙・軍事関連の企業がある地でもある。イーロンはここで幼いころからの夢である宇宙を目指すことを決めたのである。そもそも彼にとって、IT起業はそのための手段でしかなかった。SFの世界を現実にしたい。資金と自由を得たイーロンが、その夢の実現に向けて本領を発揮するフェーズがようやく始まるのだ。

目指すなら火星だろうと考えたイーロンだが、当時は火星に向けた有人飛行のプロジェクトは、NASAを含み存在しなかったのだ。とりあえず火星に関するNPOであるMars Societyの会合に顔を出し、業界の人脈を広げることからスタートする。NPOにも10万ドルほど寄付をして、火星に関するプロジェクトをサポートしたい旨を出会うメンバーに伝えていく。(自分がIT長者であることもチラっとアピールすることを忘れなかった)。

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しばらくしてイーロンはMars Oasis計画を立ち上げる。これは小型のグリーンハウスを火星まで運び、ロボットを用いて植物を火星で育てて、文字通り「火星のオアシス」を作るプロジェクトだった。その様子を中継することで宇宙探索に関して人々を再び興奮させ、NASAの予算を取り戻すようにするのを目的とした。つまり人類のための壮大な慈善・啓蒙活動として行おうと考えたのである。イーロンのビジョンでは、その時のアイコニックなイメージとなるのが、広大な赤い火星の大地の中にぽつんと生える緑の植物。その背景には地球が地平線から登っている。NASAの有名な月面からのEarth-Rise写真の火星版である。人類の意識を再び宇宙に向け、惑星を超えた存在へと進化させる第一歩になるはずだった。

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さっそく火星への輸送ランダーの仕様、植物をどのように扱うかなど、計画は着々と進む。しかしここで致命的な壁に当たる。ローンチ用ロケットの値段だ。当時アメリカで入手できる最も安いロケットで一本あたり$65M(当時で80億円以上)するのだ。失敗を考えて2本は必要だと考えるとそれだけでイーロンの予算が吹っ飛ぶような値段だ。これは困った。

そこで出たアイディアがロシア製を入手することである。遊休資産となっている核弾頭をはずしたICBM(大陸間弾道ミサイル)を改造すればロケットになるはずだ。さてどうすれば買えるのであろうか?お金を出せばなんでも買えるロシアだとは言え、さすがにミサイルはスーパーで売っているような代物ではない。水先案内人が必要だ。そこで浮上した名前がジム・カントレルだったのだ。とりえず電話番号を教えてもらい、いきなりかけることにした。

その2へ続く

その0

昔に核弾頭を積んでいたミサイルをロケットにするとか、文字通りぶっ飛びすぎで凡人からすると「そ、そうなんだ。。。」としか反応ができない内容である。

<小話1>
イーロンがPayPalで失脚した大きな理由は、サービスをUnixベースの仕組みではなく、Windowsベースに切り替えたかったのを他のメンバーに反対されたかららしい。意に反して会社を追い出されたイーロンだったが、彼を追い出す原因になった他の創業メンバーとも関係を続けていた。その中にはあのピーター・ティールも含まれる。LAに引っ越しをしてからも、ラスベガスでみんな集まり遊んでいたそうだが、その時にイーロンはホコリ臭い、古い本を引っ張り出して熱心に読んでいたのだ。「なんだそりゃ?」と友人達が聞くと、中古で買ったロシア宇宙飛行士(コスモノット)用の作業マニュアルだと。当時の彼らの反応はこうだったようだ。

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