多様な住宅空調設備を評価するための暖冷房負荷計算の開発(3) ~開発中の暖冷房負荷計算の概要~
前回からの続きです。
本記事は、令和4年度国立研究開発法人建築研究所講演会で講演した内容をもとにしています。講演会では時間的な制約があったため、この内容をもとに、大幅に加筆(&修正)しています。
講演会の動画はこちらから視聴できます。
住宅の暖冷房エネルギーの消費量の予測に暖冷房負荷計算は欠かせません。この記事では、新たに暖冷房負荷計算を開発する狙い・意義・概要について説明します。
開発中の暖冷房負荷計算の概要
全体像
開発している暖冷房負荷計算はデータの流れとして上流側と下流側のプログラムで構成されます。
上流側のプログラムは、前述した通り、少ない入力パラメータから負荷計算に必要となるパラメータを生成する部分です。
少ない入力パラメータとして、図に示すとおり、「極めて少ない入力項目」と「少し少ない入力項目」の2つに分けました。
「極めて少ない入力項目」として、現在建築物省エネ法の一次エネルギー計算プログラムで入力が必須とされている項目(UA値・ηAH値・ηAC値)、「少し少ない入力項目」として外皮の計算に必須の外皮の一般的な性能(断熱材の種類や厚さ等)と開口部のカタログ性能、およびそれらの部位の面積などの項目の2つのレベルを想定しました。この上流側のプログラムは、現在、国交省からの補助制度(注8)の下で、それに採択された事業者と建築研究所との共同研究で開発を進めています。
下流側のプログラムは、上流側プログラムで作成された入力項目をもとに暖冷房負荷を計算する部分です。この部分は、建築学会や空気衛生調和工学会などに多くの知見がある部分です。今回開発するにあたって、既存の暖冷房負荷計算の知見よりも少々アレンジしています。こちらのプログラムは別のプロジェクト(注9)で作成されました。次節以降では、今回アレンジした項目の主なものについて概要を説明したいと思います。なお、一口に既存の暖冷房負荷計算といっても様々なものがあり、評価できる項目に差があるため、既存の暖冷房負荷計算プログラム全てがここに掲げる内容を実装していないという意味ではないことを承知して頂ければと思います。
今回開発しているプログラムの位置づけ
これから細かい説明に入るのですが、その前に、今回開発している暖冷房負荷計算の位置づけについて、示したいと思います。
2×2の表にしました。多様な技術を評価できるかどうかについて、左列が「できない」、右列が「できる」です。行方向は複雑さを表します。
左上のマスは、入力項目が複雑なのに多様な技術を評価できないということになりますが、このパターンは無いと思いますので空欄になっています。
一般の暖冷房負荷計算は入力項目がたくさんあり、色々と評価できる項目は多いので、右上のマスに該当します。
建築物省エネ法における方法のように、複雑ではなく入力項目が少ないため、ある程度の技術は評価できる一方で、評価できない技術もまあまあ存在するというのは、左下のマスになります。
今回目指し、開発している方法は、両者の良いところをとっています。入力が簡単でかつ、多様な技術も評価できるという方法です。図の中では右下のマスになります。もちろん多様な技術を評価する時には入力項目をオプション項目として増やすことは考えられます。普段は入力項目は非常に簡単なのですが、少し先を行った、難しい技術を採用した場合は、それに応じて入力項目も多少複雑になるというイメージです。
次項以降、開発している暖冷房負荷計算において、既往の負荷計算ソフト(EESLISM・HASP・SimHeat等)に加えた13の知見を説明します。少々マニアックな項目になります。
開発している要素①(室内の表面温度)
現行の建築物省エネ法は作用温度が一定となるように評価されています(注10)。例えば、放射暖房である床暖房は、対流暖房の代表格であるエアコン暖房よりも、室温を低くすることができ、その分、暖房負荷は少なくなるように評価されています。従って、住宅の暖冷房エネルギー消費量の評価は室温だけではなく人間の温冷感に影響を与える壁、床、窓、天井などの表面温度も重要となります。従来の多くの負荷計算は室温をベースに計算されています。特に壁等の熱の伝わりの遅れを評価する非定常伝熱計算でよく使用される応答係数法では、アウトプットとして熱流を計算する場合が多いのですが、本プログラムでは直接、室内側の表面温度を計算できるように修正しました(注11)。これにより、より作用温度や放射暖房の評価、室内に透過した日射の計算などが精緻・容易に評価可能となっています。
開発している要素②(放射空調の評価)
放射空調は暖冷房器具の高温・低温部分が露出している暖冷房設備の分類で、放射パネル暖房や床暖房がこれに分類されます。放射空調から出た熱の半分程度は部屋の空気温度を上げるために使われますが、残りは壁や天井等の室内側の壁や床などの表面、室内の家具に吸収されます。
これらの放射の熱のやりとりを次式のように精緻に計算できるようにしました。
ここで、$${\boldsymbol{T_{OT}}}$$ は作用温度(ベクトル)(単位:℃)を表し、$${\boldsymbol{L_C}}$$ は対流暖冷房負荷(ベクトル)(単位:W)、$${\boldsymbol{L_R}}$$ は放射暖冷房負荷(ベクトル)(単位:W)を表します。部屋の数を $${n}$$ とするとこれらは、$${n \times 1}$$ の縦ベクトルで表されます。その他の係数 $${\boldsymbol{C_{OT}}}$$・$${\boldsymbol{C_{L_C}}}$$・$${\boldsymbol{C_{L_R}}}$$ は躯体の性能、換気量、室内の発熱、外気の状態などによって決定される値(ベクトル)です。未知数が3つありますが、放射と対流の放熱割合を暖房設備の種類に応じて決めることで、放射暖房の放熱量の対流成分と放射成分を計算することができます。
具体的には、次のように決めていきます。
暖冷房をしない場合で自然室温を求める場合は、$${\boldsymbol{L_C}}$$及び$${\boldsymbol{L_R}}$$は0とし、$${\boldsymbol{T_{OT}}}$$を求める。
エアコン等の対流による暖冷房を行う場合は、$${\boldsymbol{L_R}}$$は0とし、$${\boldsymbol{T_{OT}}}$$は設定温度(例えば暖房時は22℃、冷房時は27℃など)とし、$${\boldsymbol{L_C}}$$を求める。
床暖房やパネル暖冷房等の放射による暖冷房を行う場合は、$${\boldsymbol{L_C}}$$は0とし、$${\boldsymbol{T_{OT}}}$$は設定温度(例えば暖房時は22℃、冷房時は27℃など)とし、$${\boldsymbol{L_R}}$$を求める。
対流による暖冷房と放射による暖冷房とを併用する場合は、その併用割合やどちらかの最大放熱量を決めないとこの式は解けない。仮に、放射暖房の最大放熱量を決めたとすると、$${\boldsymbol{L_R}}$$はその最大放熱量とし、$${\boldsymbol{T_{OT}}}$$は設定温度(例えば暖房時は22℃、冷房時は27℃など)とし、$${\boldsymbol{L_C}}$$を求める。
開発している要素③(地盤からの損失(ペリメータ部分)の評価)
建築物省エネ法では地盤のペリメータ部分の熱損失は線熱損失係数(単位:W / (m K))で表され、計算方法は概ね3つに分類されます。最も詳細な計算方法(2次元熱流を精緻に解く方法)は建築研究所からWEBプログラムとして公開されています(注12)。
この係数は定常熱損失を表す指標ですが、地盤の熱容量は特に大きいため熱の伝わり方は遅れます。これらを表した指標のひとつに吸熱・貫流応答という指標がありますが、この吸熱・貫流応答を線熱損失係数から推定する方法を作成し評価方法に組み込みました。また、ペリメータ部分を除く地盤中央部分についても地盤底部の温度を年平均温度とおくことで解いています。
なお余談ですが、地盤中央部の地盤の質点(図における「境界温度」)までの距離ですが、通常、環境工学の教科書などを見ると無限の距離で計算するように説明しています。地盤が均一であれば物理的に正しいと言えますが、一方で、場所によっては地下に水流がある場合などは年平均気温になっている層が意外と浅いのではないか?という報告もあります。そこで、本プログラムは少し危険側に立つという思想で、深度3mを想定することにしました。これによって、地盤中央部においてもきちんと断熱をしないと、暖房負荷が増えることを意味します。もちろん、年平均気温になっている深さは土地に依存し、まちまちです。しかし、現状で、設計段階からその情報を容易に入手することは困難なため、今回は一律3mとしました。場合によっては、今後、検討していかないといけない項目かもしれません。
開発している要素④(作用温度の計算)
室内側の壁・床・天井等の表面温度や放射暖房の影響を直接計算することができるため、居住者の作用温度を直接計算できかつ負荷の計算時に設定することも可能となりました。
この円グラフは、現行の建築物省エネ法で想定されている居住者への形態係数です。携帯係数とは、例えば360°の魚眼レンズのようなもので部屋の中心から撮影した場合に移る面積の割合みたいなものです。靴を履かないこと(足からの伝熱)、座位が中心であることを考慮し、床の形態係数を大きめに設定しています。このように、居住者への影響度合いを割り振り、室温だけではなく、室内の壁などの表面温度を考慮した計算がダイレクトにできます。
開発している要素⑤(PMVの計算)
前項で説明した作用温度の計算をさらに進めて、PVMの計算もできるようにしました。PMV(Predicted Mean Vote:予測温冷感申告)とは温冷感を表す指標であり、作用温度に加えて湿度や居住者の活動量や着衣量、居住者周囲の風速を評価できます。採用している計算方法自体は作用温度で動いているため、湿度や着衣量等の条件から作用温度を次図のイメージで逆算することで計算を可能としています。
開発している要素⑥(成り行きの湿度計算)
全熱交換器やエアコンによる除湿と湿度が冷房負荷に与える影響を評価するために、湿度計算のモデルを組み込みました。
通常は湿度(相対湿度または絶対湿度)が設定された値になるように負荷計算を行われ、そこで生じた負荷を特に潜熱負荷と言い、それに対して、加熱・除熱を行う負荷を特に顕熱負荷と言います。
機械によって湿度をコントロールする。これは、住宅においてはあてはまりません。住宅用のエアコンは(加えて、ビル用のエアコン(通称、ビルマル)も)、そもそも加湿できませんし(一部の機種を除く)、狙った湿度に除湿もできません。
エアコンで冷房する場合、室内機の中にある熱交換器が冷えます。その結果として熱交換器表面で結露して除湿されることはありますが、これはあくまで顕熱負荷に応じて除湿されているだけであって、決して狙った量を除湿しているわけではありません。
住宅の冷房で一般的なエアコンでは、除湿量は除熱量に応じて決まるため、室内の湿度を制御することはできないといえます。その意味で、室内の湿度を設定して負荷計算をし、潜熱負荷を計算するというのは実際には間違いです。
開発中の計算方法ではエアコンの除湿モデル(注13)を組み込んで成行きの湿度が計算できるようにしました。
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