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政府税制調査会での発言録

勿凝学問438


何を話したのかを忘れる前に、自分のためにメモを


(第1回)活力ある長寿社会に向けたライフコースに中立な税制に関する専門家会合(2024年11月15日)

○権丈委員
 私は、年金課税について話をさせてもらいます。
 年金課税は、幾ら言っても動かないものと思うぐらいのものでありまして、2013年の社会保障制度改革国民会議には、もう10年以上前、「公的年金等控除や遺族年金等に対する非課税措置の存在により、世帯としての収入の多寡と低所得者対策の適用が逆転してしまうようなケースが生じていることが指摘されており、世代内の再分配機能を強化するとともに、給付と負担の公平を確保する観点から検討が求められる」となっているのですが、動いていませんね。議論にもあまりなっていません。
 遺族年金について話をしておきますと、法律上は所得税法と厚生年金保険法と国民年金法に関わっていく話ですが、2004年に、みんな働いて女性も厚生年金を得るようにだんだんなってきたということで、自分の厚生年金と配偶者の遺族年金との併給時には、自分の厚生年金を先に受けて、そして遺族年金との差額を自分の厚生年金に上乗せするというルールになったわけです。これは当時の年金部会の意見書に基づいてなされていて、年金論的にはそれなりにうなずける改革ではあると思います。けれども、残念ながら遺族年金は非課税とされたまま運営され続けています。その結果、何が起こっているかというと、共働きで自分の厚生年金がある人は、その年金には課税され、遺族年金には課税されないという状況が今あり、遺族年金しかない、あるいはその部分が少ない人は非課税という状態がずっと続いているわけです。これはもう土居特別委員が意見書に書かれているように、遺族年金が非課税ということで、ものすごく多方面でおかしなことが起こっている。それに加えてという話になります。ですから、遺族の年金給付水準が同じであっても、共働きのほうが不利になるという状況がずっとあるのです。
 先ほどの武田特別委員の話でもないですが、社会全体がもっとみんな活躍しようよ女性も、という形、そしてWork longerでしっかりやっていこうよ、自分の年金を持とうよという方向性を持っている社会の中で、共働きに不利だという制度は、年金の世界ではちょっと恥ずかしい制度が生き残っていて、けれども動かない。誰もあまり指摘していないのですが、動かなかったというのがあります。所得税のほうでの規定もしっかりとあり、所得税は、課税するが、遺族年金とかを含めたものは課税しませんと書いてあります。厚生年金法と国民年金法のほうには、公租公課の対象として、課税はしないが、老齢年金だけは例外にしますと書いてあるわけですが、両方調整しないといけない領域ですので、ぜひ御検討いただければと思っております。
 もう一つのほうの給与所得と併給といいますか、先ほどの話になるわけですが、土居特別委員も書かれているように、公的年金等の収入か給与収入のどちらかしか源泉徴収義務者を把握していないから分離になっているのではないだろうかという話がありまして、私もその側面はあるだろうと思っております。ただ、それを合算することがいいかどうかは、岡村特別委員の先ほどの御意見も反映させて、主税局のほうで検討してほしいわけです。2年前にまとめられた全世代型社会保障構築会議の中間報告を含め最終報告の中にも、医療DXはよく言われているのですが、社会保障のDXに積極的に取り組むということが書いてあり、「社会保障におけるデジタル技術の導入を積極的に図ることによって、社会保障給付に要する事務コストを大幅に効率化して、・・・関係省庁が連携をしながら、政府一体となって社会保障全体におけるデジタル技術の積極的な活用を図っていく」ということで、医療DXは有名なのですが、社会保障DX、所得捕捉の側面から、いろいろなところで社会保障DXを進めるのだというのが書いてあります。
 ですから、土居特別委員も書かれているように、社会保障DXという側面をどこまで何ができるのかということの検討を含めて、私は今日の午後開催の年金部会でも言うつもりですが、どこまでできるのだということを含めて、この公的年金の課税というところの議論を少し深化させていただければと思っております。

○権丈委員
 先ほどの話に付け加えです。私は遺族年金という言葉をさっき使ったわけですが、高齢遺族、65歳以上の遺族に限定した話として言ったつもりでおりますので、所得税法の中には、遺族の受ける恩給及び年金に関しては非課税所得として、要するに所得税を課さないと書いてあるのですが、この項目をなくせばいいという話ではないので、御検討よろしくお願いいたします。

○権丈委員
 今日のメイントピックではないですが、資料に入っておりますので、在職老齢年金について一つ説明しておこうと思います。翁会長からも、財政検証を受けてという言葉もありましたので、財政検証でどんなことがなされていたのかを説明したいと思います。
 16ページ、在職老齢年金というとこういう図が出てくるわけで、この図を見ると、何となく高所得者、低所得者、みんな含めてフェアではないかと思うわけです。そうだなと思うわけですが、みんな驚くのが、繰下げ受給をしてもこれが適用されたままになっているということです。そのときそのときの所得ではないというようなときにもこれが適用される。どうしてそんなことが起こるのかというのは、かつて財源が欲しかったから、ここに適用しましょうという形にしたので、財源措置なので、これを開放することができないのです。
 次のページにあると思うのですが、これをなくそうとすると、高年金者のところが随分と優遇されるというふうに見えて、これを全部開放すると4,500億円かかる。4,500億円を年金財政の中からここに回していくと、モデル年金で見ると0.5ポイントの所得代替率の低下になる。したがって、高在老をなくそうとすると、高所得者を優遇して、低所得者を含めた全員の年金が下がるというのは絶対にあり得ないという理屈がでてくる、つくった瞬間におかしい制度なのです。先ほどの繰下げをしようが何しようがこれがずっと続いていくというのは、つくった瞬間になくすことができないような理屈の制度をつくってしまった、おかしな制度をつくった人に罪があると僕は思うのです。そこで年金と税制をしっかり考えて、上のほうをなくすが、税制のほうでしっかりと徴収することによって、バランスを取っていきましょうというのがずっと続いている議論なのです。
今回の財政検証で、標準報酬を上に上げていったらどうだろうかということを計算していまして、65万円から75万円の標準報酬、83万円の標準報酬、98万円未満の標準報酬に上げていったらどうなるだろうかということを計算していきますと、年金制度そのものの負担と給付の制度の仕組みを何ら変えることなく、高所得者のところからの財源が入ってきまして、何ら変えることなくマクロ経済スライドの給付の調整期間が短くなるという結果が出ております。例えば98万円まで標準報酬を上げていくと、98万円に見合った厚生年金は保障することができるが、これで同時に4,500億円が浮く形になって、そのまま在職老齢年金をなくすことができる。
 つまり、税制の議論と切り離して、年金制度の中で、公平性の問題というものも、高所得者のところでみんなバランスを取っていきながらやっていくという仕組みのものを今回検証で出されていて、私は大いに結構ではないかと思っております。恐らく年金部会のほうでそういう議論が進むだろうから、今回はこの税調のほうでそういう資料は遠慮されているのかと思うのですが、年金の中で財政検証の今回の標準報酬を上げていって、高所得者の問題は高所得者の問題として解決しようよという方針というのは、昔、財源はどこかにないかと言われて、ここ高在老にありますと言った年金政策の失敗を、私はここで取り返すことができるのではないかと思っておりますということをお伝えしておきます。

第3回会議(2024年6月4日)

○権丈委員 EBPMと年金課税について話をします。国際経済学者のバグワチという人がいるのですが、その人の流れをくむ政治経済学者のマギー、ブロック、ヤングという3人は、どうしてこうも補助金を渡していく技術、手段がどんどん不明瞭になり複雑になっていくのだという問いを立てて考えていき、そういう政治過程のモデルを作っています。
彼らが作った仮説に基づくと、有権者がある程度これは補助金を渡しているものだというのが分かってくると、そういう知識を持っていくとなお一層不明瞭な制度の方向に進んでいく。最適不明瞭選択という仮説を出してくる。
 この最適というのは、彼らは政治経済学者ですから、彼らが立てている最適というのは得票率極大化行動の意味での最適なのですが、そういう仮説を立てていて、この仮説の行き着く先というのは彼らが言うわけですが、デッド・ウエイト・ロスがどんどん大きくなっていくブラックホールのようになっていくという、本の名前にもブラックホールと書いているのですが、そういう仮説を彼らは立てていく。
 私は今世紀の初め頃、昔は支出側面で補助金を渡していたのが、いつの間にか税の側面から補助金を渡していくように世界的に変わっていくのはなぜなのだろうかという疑問を持っていたときにこの仮説に触れていて腑に落ちていくわけですが、高度経済成長期の末期、歳入の伸びが鈍化した頃から歳出面から補助金を分配するという比較的誰の目にも見える手段から歳入面における租税支出、つまり、tax expenditure、ここでいう租税特別措置を通じて補助金という見えにくい手段に変化していったという文章を私は今世紀の初め頃、書いていたのですが、それ以降、一層不明瞭さを増していったようにも見えたりもします。
 ということで、アダム・スミスという人は、親方がもうけるために日頃どういうことをしているかということをよく分かっておりまして、いっぱいそういうことを書いているのですが、そういう観点を参考にしますと、私は今日も言われていた租税の3原則、公平・中立・簡素を満たすことこそが実は成長志向の法人税だと言うこともできるのではないかと思っております。
 ということでEBPM関係の話は大変ですが、やってもらわないと困る話ですので、とても重要なところだと思っておりますので、ぜひ前向きに進めてもらいたいと思います。
 もう一つ、年金関係ですが、2013年の社会保障制度改革国民会議には、「公的年金等控除や遺族年金等に対する非課税措置の存在により、世帯としての収入の多寡と低所得者対策の適用が逆転してしまうようなケースが生じている」とあります。といっても、この問題に関わる事柄は複雑に絡み過ぎていて、どこから取りかかっても行き詰まるのではないかと思えるのが私の実感なのですが、加えて、公租公課の話も関係してくるので、これは税の問題なのか、年金の問題なのかということもあります。
 しかし、この方面が抱えている課題は大きいですので、今回は来年が5年に一度の年金改革になっています。せめて高齢期の就労と年金をめぐる調整については、長年の懸案事項となっている年金の高在老と高所得者の年金控除等を関係づけて課題の解決に向けて先に進めてもらえればと思っております。 以上です。

第2回会議(2024年5月13日)

初めましてと言いますか、税調で、はじめて発言をさせてもらいます。
私は、社会保障という所得の再分配制度をずっと見てきたために、給付と財源調達をひとセットにしてみる習慣が身についていて、財源調達のみを切り離して論じることを苦手としています。
例えば、今回のこども子育てのための支援金制度にしても、この給付は、これだけ世の中に意義があるという話とセットに、新たな再分配制度がもたらす社会的便益と適合した財源調達の方法を考えていくことになるわけですが、給付は給付、財源は財源というように切り離して論じる事は、私には難易度が高すぎます。
今のような再分配国家、福祉国家全盛の時代に、絶対君主制の時代に生まれたカメラリズム的な、国家の収入と支出を分離した形で議論をすれば、支出側面で社会保障を悪く良い、その悪い制度の負担を国民に強いるというストーリーにならざるを得ません。だから、五公五民キャンペーンに簡単にやられてしまうんだとも言いたくもなる。

消費税にしても、世間相場では、逆進的だと問題視されているわけですけど、みんなに平等に給付を行う社会保障のために消費税を使うとすると、負担マイナス給付のネットで見れば、低所得者はマイナスの負担、高所得者はプラスの負担になる。そうしたネットの負担額をひとりひとりの所得で割った平均税率は、所得が増えるにつれてマイナスからプラスへと徐々に高くなって累進的です。
したがって、逆進的と批判されている消費税を用いた社会保障目的消費税を充実すればするほど、本日の資料27頁にある、ジニ係数は小さくなっていく。良いことじゃないかと思うんですね。
ピケティも言うように「万人にかなりの拠出を求めなければ,国民所得の半分を税金として集めるのは不可能」なわけですから、財源調達側面だけをみれば、ピケティの国フランスが付加価値税に頼ったように、万人が関わる社会保険も含めて逆進的とも言われる方法に福祉国家は頼らざるを得なくなります。

今回の資料は先ほどの27頁で『所得再分配調査』を使ってくれていることに、とても好印象を持っていまして、人々の生活水準に関係するのは、当初所得から税・社会保険料を控除して、医療・介護、保育サービスなどの現物給付も含まれた社会保障給付を加算した再分配所得でありまして、当初所得から税・社会保険料を引いた可処分所得、手取りではないのになぁと思ったりもする。

税だけを切り離して考えるのが苦手で、社会保障と税を一体的に考える癖があるので、どうもそういうふうに考えてしまうわけです。
主税局の人には私の言うことには違和感があるかとも思われますが、そのあたりは、まぁ、社会保障という再分配制度を長く眺めてきたようだから仕方がない、ダイバーシティの時代だからと諦めて、多めにみてもらえればと思います。今後ともよろしくお願いします。

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