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北海道大学大学院 教育学研究院 附属子ども発達臨床研究センター 川田学准教授インタビュー・6 (2016)

          発達の文化差

■集団活動をはじめるということもあるんでしょうかね?

川田:集団活動をはじめるということもあると思います。ただ文化差も最近報告されていて、それもちょっと面白くて。実際には何か紙芝居みたいなもので実験したりするんですけれども。典型的な課題というのは二人の、例えばAちゃんとBちゃんがいるものとして、それでまあ、杉本さんが子どもとしまして、紙芝居みたいなものを見せるんですね。それでAちゃんとBちゃんがボールを持っていて、こっちはビー玉を持って遊んでいたとして、で、ボールを持っていたほうがどこかに出かけていったとする。それでボール以外にはカゴ。Aちゃんはカゴを持っていて、Bちゃんはハコを持っている。Aちゃんは自分はどこかに行ってしまうので持っていたボールをカゴの中に隠してそして出かけていった。すると、BちゃんのほうがAちゃんがいない間にこのカゴに入っていたボールを自分のハコのほうに移し変える。そしてAちゃんが帰ってきて、カゴとハコが置いてあると。さあ、Aちゃんは「どっちを探すか」という話なんですね。いま入っているのはハコなんだけれども、Aちゃんはカゴに入れて行ったので、Aちゃんが見ていなければカゴを開けると思うんだけれども、3歳から4歳くらいの子どもは「ハコ」と言っちゃうんですよ。何でハコかというと、それは「自分が知っているから」なんですよね。自分が知ってるし、それが事実だから、と。だけど4歳から5歳くらいにかけては、Aちゃんは見てなかったんだからそれは知らないだろうということで、Aちゃんの立場に立ってカゴだと答える。こういう推論が4歳から5歳になれば出来ることとしてぐっと増えてくる。基本的な実験のパラダイムはそういうものなんですけれども。人の立場にたって物を見る。どうもこの実験のデータとして日本の子どもはね、実は発達が「遅い」という結果が出るんです。

■あ。そうなんですか。

川田:ヨーロッパの子どもよりも日本の子どものほうが平均して数ヶ月から半年ほど遅れるようなのですね。幼児期の半年ってかなり大きいので、かなり発達のスピードが違うと見られるくらいの違いなんですけど、それはなぜだろう?という議論がいまいろいろあって。結論は出てないんですけれども。あの、わからないですけどね。むしろ日本の子どもというのは何というんでしょう?人の気持ちと自分の気持ちを、ある種ワロン的にいうと、響き合わせて同感するというか、共感するというか。割とそれを小さいときからすごく求められていて、純粋に他者の視点を取るという側面では、自分と他者とを心理的に混同しやすい。混同しやすいことによって却って共感的な振る舞いもできたりすることがあるかもしれないとか、そういうことも言えるのかもしれません。

 小さい頃から、「あなたの意見はこうね。では別の人は?」みたいな自己と他者を峻別するような言葉がけを頻繁にされている欧米の子どもたちに比べると、日本の子どもたちはやっぱり何というか、他人の気持ち。「もし誰々ちゃんだったらどう思うの?」みたいに促される場面が多いように思いますね。そういう共感・同感みたいなものを促されるようなことが乳幼児期からあるのかもしれないとか。そのような議論もありますけども、確証的にはよく分からないですね。ただ、データとしては差があるというのは出てきます。

■うん、ここらへんはちょっと面白い話ですね(笑)。自分と他人の間を融合的に見てしまうというのは、日本の子どものほうがあるということなのかな。

川田:そうですね。うん、そうですね。わかりませんけれども、そうかもしれないです。

         日本人は家族に組み込まれていた

■全然ここから先はひとつ、ポンと飛躍しまして(笑)。川田先生の研究領域とは全く違うんですけど。いろいろ若い人たちはいま世界中どこも大変で、失業率も高く、いわれるように1960年代のような安定した成長というものが見えなくなってきている時代に入ってきていると思っているんです。で、欧米で言えば外在化すれば暴動とかになったり。それに対して日本の若者の傾向としては「ひきこもる」という方向に行くというのがやっぱりあると思うんですね。社会問題として考えたときに。なぜ日本人の子どもは個室にひきこもってしまうのか。どういう風に思われますか(笑)。

川田:ははは(笑)

■違ってますね、これ(笑)。質問のお相手として(笑)。

川田:(笑)いやあ、それはどうしてでしょうねえ。

■(苦笑)本当はこちらがね。答えられなくちゃいけないんですけど。

川田:う~ん。でもひきこもりっていってもすごく多様なんですよね、理由も背景も。

■はい、それはもちろん。はい。

川田:う~ん。いや~、なぜなんだろうなあ?ひきこもりをしていることそのものというか、お家の中、自分の部屋にこもっているというのは、それ自体はつらいことなんですか?

■ああ~。僕はつらかったですけどねえ、はい。いや、みんなおおむねそうだと思いますけど。

川田:ああ。じゃあ外に出るほうがもっとつらいということなんですか?

■う~ん。それは参加する場所を作って、ということですか。

川田:そうですね。まあ、部屋の外に。

■ああ、はい。ですから家庭の中での生活と、社会の中での生活ですよね?そうでしょうね。社会、他者と出会って葛藤の中で生きていくほうがつらいということなんだと思います。ただ、内在的に自分の中に暴力性みたいなのがあって、暴発するんじゃないか?みたいなのをファンタジーの中で怖れているということもあるかもしれないです。実際はそんなことありえないんだけども。でも、本当に理由は多様だと思います。いろんな事例の話を聞いてもいろんな傾向の方がいるなというのは私も思います。

川田:うん。いや、このひきこもりの話は私は素人発言ではありますけど。やっぱりヨーロッパやアメリカと比べたときに、まず日本って自分が生まれた親元に住むということそのものが非常に広く許容されている社会ですよね。

■はい。

川田:おそらくそれはすごく日本の歴史と結びついていて、基本的には生まれ育った共同体の中で次男、三男、四男であれば「分家」とかになっていったりとかもありますけど、拡大家族的な中であるポジションで一生を過ごすということがすごく長い間常識とされていて。で、かつてであれば、さっきの江戸時代とかの話でしましたけれど、そもそも結婚をして子どもを授かるというのが許容された、できたというのは兄弟の一部だったようなんです。

■ほお~。

川田:で、子どもをもうけて家族形成するということが一般化するのは相当最近で、江戸の後半から明治に入ってからじゃないでしょうか。

■ああ!そうなんですか。へえ~。

川田:一般的には農村を中心にした一般家庭では子どもは5人から10人いますけど、その中で家族形成できるのは本当に上のごく一部だけで、あとは大きい本家・分家の巨大な拡大家族の中で何かしら役割を果たしはするけれども、自分自身が妻なり夫なりを迎えてそこに子孫を形成するということは必ずしも「普通」のことではなかったと思います。

■ああ、そうなんですか。それは知らなかった。じゃあみんな家族の中に組み込まれて?

川田:組み込まれて。だからある意味では「個人」というものがないんだと思うんです。今で言うような「自由」もないし。でもあの、おそらく一方でいまから考えると私生児とかも沢山いて、つまりそうはいっても人間はいろんな所に浸み出していってしまいますので、どこかしらで何かして子どもが出来る。いろんな所にそういう私生児が溢れるというか、生まれ、死んだり、どこかで生きたりということがあって。江戸時代までは子どもの「間引き」、子殺しですね。これも日本は相当行われていた。民俗学の柳田國男とか書いてますけど、ある村に行ったら全ての家に男の子と女の子のふたり兄弟しかいなかったと。

■ああ~。そっかあ~。

川田:そうなるように全て間引きされてその残った二人を大切に育てて、その二人からまた次の家を継がせるという。そういった間引きのようなことは日本の各地で行われていたことのようで、二人ぐらいに「厳選」して家族形成をさせるとか、5人10人産むけれどもその中で嫁や婿とらせるのは一部だけとか。あの~、ちょっと話が飛躍しているかもしれませんけど、日本はそうやって大きな家族の中で個人を埋没させるというカルチャーというか、メンタリティというのはけっこう染み付いているように思われるし、あまりそれをおかしなこととは思わないというか、そういうことはあるんじゃないかな。

 それを考えるとやっぱり個人主義。西洋個人主義は、これもいろいろでしょうけれど、「神」との関係の中で自身を立てるというのが基本にあるんじゃないかなあという気がします。やはり18歳になったらもう家を出るというのは普通のことで、で、一人暮らしとかしていたら、まあ、ひきこもっていても数日で死んでしまうみたいな(笑)。いや、食べ物がなければですけど。

        制度を利用するために動く西洋の若者

■あ、でも社会保障制度なんかはそれに合わせてかなり構築されているのでは?

川田:いや~。

■そうなんですか?

川田:うん。いやあの、とはいえ、自分で働きかけたり、役所行ったりもそうですし、自分で役所の列に並んで別に一回保障されたらず~っと保障ではないでしょうし。ちゃんと自分で状況を定期的に更新して訴えて、「勝ち取る」ということをやっていかなければいけないのではないでしょうか。つまりその、ただ待っていれば降ってくるというのとは違うと思うんですね。生活保護なんかも職業訓練とかと抱き合わせになっていたり、日本のような形とは相当違うと思います。

■それは欧米一般にある傾向なんですか?

川田:どうでしょうね。アメリカはよく分かりませんが、ヨーロッパの大陸系はそういう仕組みがあるんじゃないでしょうか。

■大陸系も厳しい?

川田:いや。大陸系は社会保障制度はしっかりしていますけど、何もしないで待っていれば降ってくるということではなくて。

■ああ。完全にこもっているわけにはいかない、と。

川田:やっぱり自分なりにアクションしないと。

■自分なりに主体的に動かないと。何の保障も受けられない。

川田:それはあるでしょうね。だから自分から働きかけるといろんな制度が動かせるけど。待っていても。

■だから逆の意味では分かりやすいわけですね。主体的に動けば見返りはあるんだ、っていう。

川田:そうですね。

■そういう仕組みですよね。日本ってそこら辺の社会保障制度って分かりにくく設計されている。そういう意味では「じゃ、受ける権利があるんだからちょうだい」と言って、それに対して適用される。その代わり次こなかったらどうしようもないよ、っていう意味ではちょっと狩猟民族的かもしれないですね(笑)。勝ち取りに行けば0K、それ以上のスティグマを感じないのなら構わん、という風なのかな。

川田:うん、わかんないですけどね。日本ってやっぱり何なんでしょう?自然の恵みと、農耕民族的?

■ただその、「勝ち取るのがつらい」とか、そこはもしかしたら西洋的個人主義を前提とする設計とか、社会的な、あるいはメディア的な「こういう風にあるべし」みたいな、近代西洋的な社会観とかを強調すると、心理的社会的な問題になるんだけれど、でも同時にもしかしたらひきこもっている人たちというのは、古来日本人的な感性を持っていて、家に寄生するということへの古典的な(笑)、それこそ感性を持っている人たちだったりして(笑)。

川田:(笑)。

■そのギャップが問題として発生しているだけで、相互に「いやいや、元々文化伝統的にあるものです」という風な(笑)規定にしちゃうと問題発生しないかもしれないと。かなり暴論かもしれませんけど。

川田:(笑)。

■じゃあ家族制度に戻しちゃえばいい、という話になったりして。それはそれで問題かもしれないけど。

川田:(笑)。それはそれで問題かもしれません。

■ですからカルチャーの変化に晒される中で起きている現象かもしれませんよね。

川田:家族のかたちの問題と、やっぱり生業形態というものの変化。だから全員が全員、まったく個人としてサラリーをかき集めるっていうようなそういう心のセットにはなってないんじゃないでしょうか。基本的に我々は。

■だから少子化になるのは必然性がありまくる、と言いますか。子どもが増えていくような社会になるといまの時代って賃労働と言いますか、サラリーをもらって生きなくちゃいけない社会形態になっていますから、当然のごとくサラリーを与える側の企業も限られているので、じゃあこの沢山の子どもたちどうするんだ?となったら戦前であれば満州かどこかに行ったりして(笑)。要するに占領地ですよね。領地を獲得してそこに人間を、ということで。日本はそれはもう戦後やらないと決めてるし、今後もやらないと思ってますから。

川田:まあ、出来ないです。やろうとしたらすぐ潰される(笑)。ははは。

■そういう環境を相互に一般の人たちも意識しているから当然のごとく子どもは産まない選択になると思うので、その結果どうなるのかというまた新たな別の難しい問題が出てくるのかもしれませんけど。

川田:こんご五十年くらいはしんどいかもしれませんね。

■そんな気がしますね(笑)。

川田:(笑)僕らくらいまでが死んでしまうくらいまで、というか。僕らくらいが第二次ベビーブームなんですけど。

■ああ、はい。

川田:このあとはもうずっと下降して。人口バランスから考えるといまの40前後くらいまでのものが、ある程度あの世に行くまでは。けっこう相当いろんなことを考えて上手くみんなで分け合って、うまくやらないと。

■そう。そうなんですねえ。

川田:相当しんどいだろう。しんどいのは目に見えてるんだと思うんですけどね。

■本当に、いまのような話ってつくづく。僕も聞いてるんですけど、残念ながら政治の形態は高度成長路線ですよね。ちょっと無理な。

川田:無理な路線をね。やろうとしてますよね。いや、日本人が積極的に外に出ようとしたのって、まあ有史以来でいえば秀吉が少しやろうとしたのと、あと明治以降の満州とかフィリッピンとか、大東亜共栄圏的な、身の丈を超えたもので。それはだから、基本的に得意じゃないんだと思うんですね。外に何かを捕りに行くのは。

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