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小説【スペース・プログラミング】第7章:「星よ! 星よ!」
花さえ生まれてきた理由があるのに、私にはないの?
愛を持って生まれてこなかった私は、誰かを愛することはできるの?
↑第1章
↑前回
誰かがささやくそんな夢を見続けはじめる毎日にも、日常に変化は訪れる。
そろそろ主人公を負かそうという話を、編集は切り出してきた。全く、誰が作者なのかわからない。
僕の手がけるライトノベルの連載はもう今回で5巻目に入り、4巻の売り上げ次第ではキリの良い部分で打ち切りという話もある。それがいつになるか、またどんな展開になるかわからないし、ましてや現実世界でも展開がわかるわけがない。
如月さんの家に行ってから1週間、彼女はずっと学校を休んでいる。僕は、次の日、学校が終わった後、彼女の家に行ってみようと思っている。流石に理由もなくずっと休みなのは心配だ。
その前に。
ちょっと嬉しかったのはこの1週間、桑谷先生がプログラミングをちょくちょく教えてくれたことだ。僕のWindows Proは、そこまでスペックが低くなくて簡単なプログラミングをやるには十分だし、桑谷先生の持ってきたMacBook Proももちろん同様に動作していた。
しかし、教えてくれるのは、for文とか関数とか、しっくりこない部分のものばかりだった。試しに「もっと実用的なこと、例えば人工知能の簡単な作り方教えて下さい」と言うと、痛くない程度に頭をコツンと叩かれた。
「そういうのが習いたいなら、大学レベルの数学を学ぶ必要も出てくるのよ。それとも、今日からプログラミングはしばらくやめて数学に念頭を置く?」
僕は黙った。そうか、プログラミング、少なくとも人工知能を操るようなものはそのレベルでないとダメなのか。じゃあ両方頑張らないといけない、と思って、僕は勉強も頑張ることにした。
学校では冴えなくて虐められる僕だけど、少なくとも良い成績は取りたいし、如月さんの友達として格好がつかない。
ついぞ勇気をふり絞った。
僕は横浜にある如月さんのマンションに行った。確か15階の入り口に近い部屋だ。僕は呼び鈴を押した。
しばらくしてから声がした。
「どなた〜〜?」
咲耶姉さんの声だ。僕は出来るだけ声を振り絞って
「先週こちらにまいりました、如月さんのクラスメイトの三谷です」
「ああ〜〜……」
咲耶姉さんの唸るような声が聞こえる。それから5分ほど経っても、何も反応がなかった。
やがて、扉が開いた。咲耶姉さんだけが出てきて言った。
「待たせてごめんね〜〜。今、ホシは病気なの〜〜」
僕は首を傾げた。
「病気ならどうして学校を1週間も無断欠席したんですか。僕も心配だったし、成績にも欠席理由は響くんですよ」
「う〜〜〜ん……そうだねぇ。どうする葵?」
咲耶姉さんは部屋にいる誰かにそう呼んだとき、僕は急に心臓が高鳴った。葵、その名前は聞いた覚えがある。
「どんな子なんですか?」
奥から、やはり聞き覚えのある声が
「うん、実直で大人しくて口が固そうで、何よりさっき行ったようにホシのボーイフレンドだよ〜〜」
「まさか……」
奥から女性が現れて、僕は舌を巻いた。
桑谷先生だった。
「せ、先生、どうしてここに……」
「こちらの方、咲耶さんは私の大学のサークルの先輩なんだ。それにしても偶然ね。ホシちゃんのボーイフレンドがまさか三谷くんだったなんて。いいわ。あなたなら全てを話せる。あがってあがって。あ、でも彼女の布団をはいじゃダメよ。下は裸だから」
僕は物事がよく飲み込めないまま、家の中に入って、寝室に案内された。
すると、ベッドには、如月さんが掛け布団一枚で横になって眠っていた。しかし、若干違うところがあった。
掛け布団の裾から、おそらく彼女に繋がっているであろうケーブルが10本ほど繋がっていたのだ。頭上には、電波を測定する病院で見かけるような装置があった。地面にはノートパソコンが何台も散らばっていた。
すると桑谷先生がノートパソコンの一つを操作し、とても真剣な顔をしてキーボードを操作していた。
「本当にあと少しで治るの〜〜?」
後ろから咲耶姉さんが聞いてきた。
「大丈夫です。応急処置だけなら、数日前に損失関数を少なくするだけで済んでましたから。ただ今回のようなことが2度と起きないように最適な対数尤度関数を導いてからロジスティック回帰を実装し直します。それよりクラウドとマシンのリソースは準備できていますか? 途中で並列処理ができなくなったらエラー吐くだけじゃすまなくなりますよ」
「うん〜〜? 誰に向かって口を聞いてるのかな〜〜」
「わかりました。じゃあ、あとはまかしてください」
何が何だかわからなかったが、僕にわかることは一つだけだった。
「如月星は人間じゃない」
突然後ろから声がした。また女性で、長身のロングヘアーの鋭く大きな目が特徴の美人だ。
「あの、一体あなたはどなたーー」
僕の質問に答えず、その女性は答えた。
「日本人エンジニアの精鋭たちが集まって生まれたベンチャー企業の、アメリカ産のAIロボットだ。
試作品にしてはよく出来ていると言われていたが、所詮プロトタイプはプロトタイプ。出来上がったら研究室の単なるマネキンになる予定だった。だが、外見の造形と、音声認識及び周波数をはかるためのフーリエ変換などを手伝った功績と、何より私の願いで、彼女は私の手にうつった。同胞のエンジニア達は命名権まで与えてくれた。私はそいつをローンチしたのが2月だったことと自分の恩師の苗字を1文字、合わせてそいつに名付けた」
「目黒さん! いつ日本に帰ってきたんですか?」
桑谷先生が手を止め、僕とその女性の方を向いた。
「今はそれより、ホシのバグ修正とアップデートさせることが先決だろ?」
「あ、そうでした……でもエンターキーを押せばもうその段階までコード書きましたよ。それじゃ、ランさせますね……」
「うん〜〜……」
桑谷先生がキーボードの一番大きいキーを押すと、何秒か経ってから部屋中のノートパソコンが物凄い勢いで風を放出した。どのパソコンも壊れてしまうかという勢いだ。
話はほとんど読めないが、もしこの中のパソコンの一つでも壊れてしまったり、動かなくなってしまったら、如月さんはどうなってしまうんだろう? まさか最悪、2度と動かなくなったりしないだろうか? そんなことは絶対に嫌だ。何故かって。
如月さんは僕の大事なガールフレンドだから。
僕は両手を合わせて祈った。非力な僕にできることはこのくらいだが、彼女と一緒に帰れたのが一度きりで、話せたのも1日だけ。そんなことがあっていいわけない。彼女は、これからも僕と一緒に歩いたり、手を繋いだり、おしゃべりしたりするんだ。彼女の命のためなら、僕は自分の命をあげてもかまわない。
10分くらいそう祈り続けて、全てのパソコンが少しずつ鎮まりかえった。やがて、彼女の頭上の装置の頭上が光り、彼女の目が覚めた。
「やった!」
「やった〜〜」
「よくやったな」
僕は、成功したのか? と希望を持った。その瞬間、如月さんは起き上がった。上半身が裸で、腕がケーブルに繋がれていて、何より目がいってしまったのは、その胸だった。
「おい、坊主。ちょっとこっちに来な、乙女の着替えタイムだ。じゃあ、桑谷、咲耶、頼んだぞ」
僕はその長身の女性に腕を引っ張られて、如月さんの寝室から引き離された。
「おい、坊主。私の名前は目黒菜々だ。下の名前で呼ぶなよ。それで、お前の名前、そしてお前はホシのなんなんだ?」
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