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小説【スペース・プログラミング】第6章:「少年期の扉」
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僕は、如月さんのお姉さんに「よろしくお願いします。三谷祐治です。ええと……お姉さん」と挨拶すると
「咲耶でいいよ〜〜。それにしてもホシが男の子だなんてね〜〜近頃の子は早いんだね〜〜。ほら、そんな玄関に立ってないで上がって上がって〜〜」
この咲耶姉さんも少し、変わった感じの人なんだろうか。僕が靴を脱いでいる最中に、如月さんがパパッと靴を素早く脱いで、家の中に入って行ってしまった。
「こらこら〜〜、お客さんが来た時くらいちゃんとしなさいよ〜〜」
昨夜姉さんが嗜めるが、如月さんは意に介さず、中から自室らしき部屋の扉をバタンと閉めた。
「ごめんね〜〜。あの子、何度言っても聞かなくて〜〜。苦労するでしょ〜〜」
「あ、いや、実は如月さんと一緒にちゃんと話したのも今日が初めてで」
「本当!? じゃああの子のこと何も知らないで付き合ったの〜〜?」
「え、ええ、まあそういうところです」
「君も君ですごいね〜〜。まあいいや〜〜ほら、三谷くんも早く中に入ってよ〜〜。いろいろ話聞かせて〜〜」
太陽の光が差し込む明るい雰囲気のリビング兼客間に案内されて、お茶やお菓子を用意されたはいいけれど、僕が出入口から一番奥のテーブルに座って咲耶姉さんが右隣、如月さんが僕の正面に座る形になった。なんだかちょっとした家族同士の会合に見えた。
「えへへ〜〜。背はそんな高くないし冴えない見た目してるけど、私のこと理解しようとしてくれるいい人なんだよ」
如月さんに言われて僕は少し傷ついた。そんなに女の子から見ても冴えない見た目してるのか。
「そんなこと言っちゃ駄目でしょ〜〜。全く、ホシも遠慮がないんだから〜〜」
咲耶姉さんも姉さんで、否定はしないのか。僕はますます自分の容姿に自信がもてなくなってきた。
「罰として、ホシの秘密バラしちゃうよ〜〜。それでおあいこでいい? 三谷くん〜〜」
「いや、おあいこも何も……」
「ホシはね、ADHDなんだよ〜〜」
「あーバラしたな。ま、いいけど」
僕は咲耶姉さんに言われた如月さんの言葉を頭の中で反芻した。ADHDとは、聞いたことがあった。注意欠陥多動性障害。発達障害の一種で、不注意や多動性、衝動性などが指摘される特性があり、原因等はまだよくわかっていない。僕自身も実際それくらいしか知らない。
それを話すと、咲耶姉さんが「そうそう〜〜」と首を縦に振り
「学校で結構うるさかったり、なんかの衝動性を持っていたりしない〜〜? ホシがうまくやっているかどうかちょっと心配だったからさ〜〜」
確かに、言われてみれば、つい昨日まで僕以外の人間に、完全に自分のペースでクラスメイトに話しかけていた。でもそれがADHDの特性の現れだというのだというのか?
「まあ、心配って言っても、ホシは強い子だし、三谷くんみたいな新たな理解者も現れたみたいだし〜〜そんなに気を揉む必要もないみたいね〜〜。それより三谷くんだよ〜〜。どうしてそんなにホシのことを気に入ってくれたの〜〜」
僕はまごまごした。でも本当のことをいうのも恥ずかしい……けれど隠したって仕方ない……思い切って言った。
「可愛かったし、雰囲気が素敵だったし、一目惚れです」
すると、目の前に座っている如月さんがボッと顔を赤くし
「え、そうなの? そんなこと一言も聞いてないよ? やだーちょっと、照れちゃうじゃない! 雰囲気が素敵だなんて、そんなこと言われたの初めて!」
僕にとっても今日は初めてづくしだよ。そう言いたいほど今日はいろんなことがあった。女の子と付き合い始めたのも、手を握りながら帰ったのも、抱きつかれたのも、大好きと言われたのも、そしてこうして女の子の家にお邪魔したのも、ご家族と話すのも。
「それでも嬉しいよ! ありがとう! ごめんね、見た目のこと馬鹿にするようなこと言って。ほら、咲耶姉さん。素敵な人だと思わない!? 私、この人となら一緒になってもいいかなぁ?」
「私の許可得る必要はないよ〜〜。中学生だからといって付き合いたい人がいることくらい普通のことだよ〜〜」
「やったー! これで晴れて三谷くんは私のボーイフレンドで、私は三谷くんのガールフレンド!」
なんかこんなトントン拍子で話が進んでいいのかなぁ……という気がしないでもないが、それでも憧れの女子生徒と付き合えることは、とっても嬉しいことだから、下手な口出しはしないようにした。
「三谷くんは普段どんなことをしているの? プログラミングの勉強とか? そっちなら任せといてよ! 得意分野だよ!」
今度は如月さんが聞いてきた。
「うん……プログラミングは最近始めたけど、とても面白くて」
「どんな言語が好きなの? 教えて」
「うーん……実はまだよくわからなくて。Pythonが、今の家庭教師の先生が好きで教えてくれるんだ」
「「Python!!」」
如月さんと咲耶姉さんが同時に声をあげた。
「とってもいい言語だよね。いろんなライブラリがあって使いやすいし、文法も簡単だし、数学にも応用しやすいし、他にも。ねえ、咲耶姉さん」
「そうだね〜〜そういえば菜々さんもなんだかんだでPython使いに戻れたのかな〜〜。あ、三谷くん、菜々さんってのはこの子の1番のお姉さんの名前で、今シリコンバレーで働いている人ね〜〜」
「すごい……」
僕はシリコンバレーというのは噂でしか聞いたことなかったが、世界中のITの精鋭たちが集まる、サンフランシスコにある超一流企業が集まる地帯だってことは知っている。
時計を見ると、もう6時を回っていたので、切り上げることにした。
もうちょっちいてもいいのよ、という如月さんは言ったが、親が心配するから、と言って、お礼を言ってその場を後にした。
「また明日ね、三谷くん。これからいっぱいお話ししようね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
それから、咲耶姉さんも、
「うちのホシを末長くよろしくね〜〜。それからちょっと遠いかもしれないけど、いつでも遊びに来ていいよ〜〜」
「わかりました。ありがとうございます」
僕は2人に見送られながら、出入口の扉を開け、出て行った。
なんだか不思議な1日だった。
それから、明日からどのような1日になるかわからなかった。
そんな予感が的中したのかしていないのか、翌日から彼女は急に学校を休んだ。今日でもう3日目だ。
如月さんがいない3日間、明日以降も休むのだろうか。教室の机で僕が寂しそうにしていると、
「いよー! 愛しのカノジョが来なくなってへたれてんのか? このクソナンパもんが」
ここぞとばかりに天童がいつものように連れの2人と一緒に、僕に絡み始めた。僕はそんなんじゃない、とつっぱねながら、もうあのことは関係ないだろ彼女も許してくれたんだから、と言うと、連れが急に僕の頭を殴った。
「や、やめてくれよ、なんで殴るんだよ!」
「いや、殴りやすそうなドタマがあったもんだからよ」
僕はいじめられっ子に戻ってしまった。学校ではこんな調子で、家に帰ったら、勉強の他に半ば編集に書かされているライトノベル執筆、暗澹たる毎日が続くのだ。一筋の光が見えてくるとしたら、桑谷先生に教えてもらうプログラミングくらいか。
僕は涙が溢れそうになるのを抑え、なんとかその場で暴言、暴力に耐えた。
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