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小説【スペース・プログラミング】第10章:「桃源郷の惑星ジューン」
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「おい、坊主。お前そんな若さでこんなところに来ちまったのか。さすがに同情するぜ」
さっきの猪豚マンのような人が来た。同情するくらいなら、ここがどこか教えてくれたっていいじゃないか。僕は死んだ。しかし何故こんな月の衛星都市みたいなところに放り込まれたのだ?
「ここは惑星『ジューン』の最上部の街の『フィエステ』。実はよ、俺も最近来たばかりなんだけどもよ、生前は地球の養豚場の豚だったんだよ。どうやら聞いた話だと、生前比較的良い行いをした生物は、ここで人間として生まれ変われるらしいぜ。全くこんな埃っぽくて乾いた空気なのにな。俺は食べられることによって人様の命を繋いだという善行を行ったからここに来れたのかね。お前は何かしたのか?」
「あの……名前は? 僕は三谷祐治」
「俺の名前? そんなもの豚なんだからねぇよ。誰もつけちゃくれねぇし」
「じゃあ、豚さん……僕は、付き合ってた彼女の命を守りました」
「なるほどねぇ。じゃ、せいぜいこのトウゲンキョウを楽しむがいいさ。あばよ」
そう言って豚さんは、その場を去って行ってしまった。
あたりを見回すと、空こそ宇宙の中のように星だらけ且つ漆黒に染まっているものの、街並みが広がっていて、しかもその建物一つ一つがどれも明るい。文明によるものだろうか、それともこの今いる天体の光の反射によるものだろうか。もしかして橙色矮星に近いものなのかもしれない。だとしたら、生物の反映と文明の発展が共存し合っていてもおかしくない。
それにしても、本当に周りにはいろんな人がいる。どちらかというと、擬人化した人、と言ったほうが近いが、顔だけが馬、鼠、象、獅子など、もちろん普通の人間もいる。しかし共通して言えるのは、皆が肢体を持っており、直立二足歩行で歩いているというところである。辺りの建物のセンスと顔の違いさえ無視すれば、地球の外国の夜の街とも思えてくる。それに今気がついたが、自分は今呼吸をしていない。宇宙の中だし死んだのだし、する必要がないのだろう。
どうやら今の僕にとって必要なタスクができたようだ。
それは生き返ること。
僕は、可愛い彼女ができて女性の家庭教師さんや友達もできて、幸せをようやく掴めるところまで来たんだ。こんなところでのんびりしているわけにはいかない。もう一度あの世、いや「この世」に帰って、生きる喜びを噛み締めてから、もう一度審判を受けるんだ。それに如月さんをおいていくわけにはいかない。彼女は僕にとってかけがえのない存在になったんだ。
僕はその街の出入り口に位置するようなアーチの下を潜ってを出ようとした。するとさっきの豚さんがいつのまにか現れて、僕の腕を引き留めた
「ダメだぜ坊主。勝手にここを出ようとするとどこで余所者扱いされるかもわからんぜ。せめて長老に頼まなきゃな」
そこで、呼び止められて長老に話しかけなきゃいけないなんて、なんだかRPGみたいだな。そういえば僕の書いた異世界小説というジャンルの他の作品も、トラックにはねられて死んでそういう街に転生したとかいう筋書きが多かったっけ。
「ほぅ……ずいぶん若いのぅ……」
長老は、一部の街の人と同じく、人間の顔と胴体を持っていた。また、長老室の厚畳のど真ん中の座布団であぐらをかいて座っていた。
「お主くらいの齢の者が望んでおることくらいは聞かなくてもわかっておる。だがな、たった今、この惑星『ジューン』の下層部では、何か良からぬことが起きている気配がする。それでもこの『フィエステ』を出ていきたいと申すか」
「はい、僕は生き返りたいです。そのために、どうかこの街を出て、下の階へ行くことをお許しください」
「許すことは簡単にできる。しかし、2つ事実を伝えねばなるまい。一つは、一度死んで再び生き返り生前の地に戻ったものはいない。もう一つは、先ほども伝えた通りここ最近、何かが起ころうとしておるのじゃ。どういうものかまでは知らぬが、一つ言えるのはそれが良からぬことということじゃ。他惑星への侵略戦争か、このジューンでの内紛か」
その時、不意に後ろの方から「失礼します」と書状を入れた筒を持った人間の男性が現れ「長老様、これを」と差し出した。長老が受け取って、それから男性は側で静かに立っていた。
筒から何かが書かれてある紙を取り出し、長老はそれを1分間ほど読んだ。すると、大きく目を見開いた。
「なんと……」
そして、僕の目をまじまじと見始めた。僕はなんだかわからなかった
「お主! 今からわしの通行手形を用意する。それを持って今すぐ下層に行きなされ! くれぐれも道中気をつけていくのだぞ! いいな!」
「は、はい。もちろんです。しかし何故急にーー」
「とあるAIプログラミングの輪廻に異変が起きた。それに最近太陽系から墜ちてきた人間が大きく関わっているという噂がある。しかしそれは、決して良い結末を迎えぬかもしれぬが、今下層部では騒動となっている。行ってきてくれるな?」
「は、はい。プログラミングのことなら尚更」
とは言っても、ほとんどハッタリだった。
「では、わしのペットを2匹寄こそう。スクイーク! シミュラ!」
長老の両脇の屋上から2匹の怖い顔をした4つ足の犬が舞い降りた。片方は黄色い虎に胴体は象のような灰色でいかつい姿をしている。もう片方は青くて、やはり胴体が象のようで、両方とも鋭い目つきをして、今にもこちらを捕食しそうな勢いだ。
「道中、何かの間違いで暴れ者に生まれ変わった輩がいないとも限らん。だが安心せい。魔物のような類の者は出ることはないじゃろう」
2匹の魔物を目の前にしても説得力がなかったが、どうやら今の僕にできることは、通行手形を持って、2匹の魔物のようなペットを連れて、下層部にいくことだった。
僕は手形を受け取り、歩くとついてきたスクイーク(黄色)とシミュラ(青色)を従え、長老の家を後にした。
2匹の人間に友好的な魔物を連れていくだなんて、なんだか本当にRPGかラノベみたいになってきたぞ。本当はこんなことがしたいわけじゃないのに。と、僕は外を歩き、両脇に2匹の魔物を従え、街を歩いた。通行人からは驚かれたり逃げられたりした(当たり前だ)が、とりあえずこのまま街の外を出るために歩いて行った。
街の外の森の中を歩きながら、僕は考えた。それにしても、長老は、AIプログラミングの輪廻に異変が起きた、と言っていた。こんな死後の世界でまたプログラミング? 好きだが、今はそれどころではない。
桑谷先生、どうしているかな?
咲耶姉さん、ショック受けてないかな?
目黒さん、チクショウなんて言って叫んでないかな?
両親も、流石に僕が死んだともなれば、相当悲しむだろう。
そして何より
如月さん。
死ぬ直前に彼女の叫び声が聞けたことが僕にとって幸いだった。
何故なら、彼女もトラックに巻き込まれて死ぬということはなかったのだから。
僕は、柚木さんに言われた約束を早速守ったわけだが、まさかこんなにあっさり死んでしまうとは思わなかった。
舗装された森の道なりに5キロくらい進んでいくと、街が見えた。遠巻きに見るとフィエステより少し小規模な、青みがかった街だ。