『ストリング図で学ぶ圏論の基礎』:紹介
この記事では,拙著『ストリング図で学ぶ圏論の基礎』を紹介します。
本書の目的
圏論は,数学理論の一つであり,ほかの数学理論を学ぶ際に広く役立つことが知られています。さらに,物理学や計算機科学をはじめとする数学以外の多くの分野でも圏論が活躍するようになってきています。圏論は,物事の間にある本質的な関係を抽出して俯瞰的な立場でながめるための強力なツールを提供してくれるため,圏論に慣れれば多くの場面で活用できます。
しかし,数学にそれほど得意ではない人が圏論の基礎をしっかりと学びたいと思ったとき,多くの場合にその難しさに圧倒されてしまうのではないかと思います。その一因として,初学者にとっては圏論で扱われる数学的構造が複雑に思えることが挙げられるように思います。そこで拙著『ストリング図で学ぶ圏論の基礎』では,直観的にわかりやすい形で圏論の数学的構造を視覚化することで,圏論の基礎をしっかりと学ぶためのハードルを下げることをめざしました。この目的のために,本書ではストリング図とよばれる図式を用いて説明します。
ストリング図とは?
ストリング図とは,圏論で用いられている図式の一つです。標準的な圏論の書籍では,アロー図やペースティング図などとよばれる図式が頻繁に用いられています。しかし,これらの図式と比べて,ストリング図では複雑な数学的構造をよりスマートに表せることがしばしばあります。
本書の最大の特徴は,初歩の段階からストリング図を積極的に用いて,各種の式を視覚的にわかりやすく提示していることでしょう。ストリング図を用いると,圏論の基礎的な概念や命題の多くを視覚的に示せます。また,各種の命題を厳密に証明する場合でも,ストリング図が役に立つことは少なくありません。日本語で書かれた圏論の教科書のうち,メインの図式としてストリング図を採用しているものは,筆者の知る限りほとんどありません。このことが,本書を執筆した動機の一つです。
表記が変わることで,ものの見え方が一変し,これまでにはない視点で考えられるようになることがあるかと思います。標準的な圏論の書籍を読んだことがある人でも,ストリング図による表記を学ぶことで,新たな発見や洞察が得られるかもしれません。
参考
次の連載記事では,本書の内容の一部を紹介しています。ストリング図の雰囲気をつかみたい方にとっては,参考になるのではないかと思います。
この連載記事と比べて,本書では各概念をよりしっかりと説明しています。
想定する読者
圏論の基礎をしっかりと学びたいと思っている多くの人を読者として想定しています。たとえば,以下のいずれかが当てはまる人です。
物理学や計算機科学の専門家や数学科ではない学生
ストリング図に興味のある数学科の学生
数学者向けに書かれた圏論の書籍を読んで挫折してしまった人
関手・自然変換・普遍性・米田の補題・カン拡張などを視覚的に理解したい人
数学がそれほど得意ではない人でもある程度は読めるように意識しました。たとえば,スマートに書かれた数学書とは異なり,重要なことは繰り返し述べるようにしました。一般的な数学書を読めるスキルはある程度必要かと思いますが,数学の専門知識は不要です。
本書の内容
本書では,関手や自然変換はもちろんのこと,普遍性・随伴・極限・カン拡張をしっかりと扱っています。数学以外の分野でしばしば現れるモノイダル圏についても,説明しています。数学を専門としない人でも読めるように,主要な概念については直観的な解釈なども伝えながら,ていねいに説明しています。
本書で扱った内容のほとんどは圏論の基礎的なものであり,ほかの標準的な圏論の教科書と大きな違いはないと思います。しかし,図式を用いてできるだけ視覚的にわかりやすく表すことを意識しました。また,証明も,図式のメリットが活かせるように工夫しました。さらに,多くの演習問題(全142問)を準備しました。補足資料として,すべての演習問題に解答を付けています。演習問題に取り組むことで,圏論の基礎やストリング図に関する理解が深まると思います。