Spring 2024 授業振り返り① - Professional Responsibility
今回から、数回にわたって、2024年春学期の授業を振り返っていきたいと思います。最初は、Professional Responsibility ("PR") について書きます。法曹倫理のクラスです。なお、この授業に密接に関連するイベントとして、Multistate Professional Responsibility Examination ("MPRE")の受験がありますが、こちらの体験談は次回書こうと思います。
日本で弁護士業をするにあたって、当然法曹倫理について学ぶ機会も幾度かあったわけですが(司法修習や、弁護士会の定期的な研修など)、米国で学んだProfessional Responsibilityは、カバレッジの広さや、議論の深さといった点において、日本のそれとは異なる面が多く、新鮮な気づきを多く得ることができました。本記事では、米国ロースクールで法曹倫理がどのように講じられているかについてなるべく客観的な情報を提供しつつ、私の個人的な気づきも書くようにします。
受講の経緯
PRは、Texas Barの受験資格を得るために必要になる科目です。私は、留学当初からTexas Barの受験を見据えて履修計画を構築してきましたので、受講することは既定路線でした。なお、Bar受験資格を満たすための一般的なストラテジーなどについては、以下の過去記事をご参照下さい。
授業概要
何を目指す授業なのかなどについて書いてきます。
目標
要は法曹倫理を学ぶための授業なのですが、より実践的な目標として、Texas Barへのアドミッションの要件であるMPREをパスするための準備という位置付けでもあります。実際、授業の中では、MPREでいい点を取るための工夫が随所に施されていました。その中でも特筆すべきは、MPREの試験日が3月26/27日だったのですが、それまでに授業の全過程が終わるようにショートコースとしてスケジュールが組まれていた点です(1月16日に開始して、3月22日には終了。普通のクラスは5月上旬まで授業あり。)。ただ、MPREで必要な点数を取るためには、授業外の自習も必要であり、私がどのような準備をしたかについては次回書こうと思います。
以上の趣旨については、以下のSyllabus抜粋によくまとまっています。
トピック
以下が授業で取り扱うトピックです。どれも日本語で言う「法曹倫理」という言葉から想起されるものばかりですが、Attorney-Client Privilegeなどは、コモン・ロー特有の概念であり、必ずしも日本で法曹倫理を学ぶ際に取り扱われるわけではないでしょう(ただ、クロスボーダー法務に従事するにあたっては不可避のコンセプトであり、実務を通じてアイディアに触れることはあると思います。)。
Intro to Professional Responsibility
Admission
Regulation & Reporting
Supervision, Liability & Unauthorized Practice of Law
Attorney-Client Relationship Formation
Scope, Authority & Attorney-Client Relationship Termination
Confidentiality & Exceptions
Attorney-Client Privilege
Current Client Conflicts
Former Client Conflicts
Former Client Conflicts When Lawyers Change Firms & Prospective Clients
Fees & Client Property
Business Transactions with Clients
Truth in Court
Advocacy Ethics
メンバー
本授業は、LL.M.専門のクラスでした。テキサス大学のLL.M.は小規模(20人)なので、通常のクラスは必然的にJDの学生との混合になりますが、Professional Responsibilityについては例外的にJD用コースと、LL.M.用コースを分けているようです。この点、JDはただの学生であるのに対し、LL.M.は理念的には海外の有資格者のための課程であり、実際にも生徒の相当数は母国での実務経験を有するので、PRという実務的性格の強い授業につき、コースを分けることには一定の合理性があるように思います。実際、我がクラスでの議論でも、他の法体系と比べてどうかというコメントが出されることがままありました。[1]
PRのクラスは、LL.M.20名のうち12名が受講しました。また、講師も、LL.M.の担任的な人なので、距離感が近いです。というみんな顔馴染みという陣容なので、授業も和気藹々とした感じの進行になります。3人1組でグループを組んで事例問題についてディスカッションしたり、MPRE直前には、クラス全員でKahootを使ってリアルタイムで問題を解き、競争したりしました。
教科書等
授業で使った教科書や、Professional Responsibility一般を学ぶ上で有用な文献について書きます。
Ethical Problems in the Practice of Law
Ethical Problems in the Practice of Law ("Ethical Problems") という本が教科書です。私は出版社のAspenで電子版を買いました。Aspenの電子書籍を読むには、ブラウザ上でAspen独自のリーダーを動かす必要があるのですが、このリーダーがすこぶる評判が悪いです。
本の内容ですが、登場する事例問題が、現実の事例、仮想の事例問わず、非常に凝っていて面白かったです。
Model Rules for Professional Conduct
American Bar Association ("ABA")が公表するModel Rules for Professional Conduct ("Model Rules")も必読書になります。[2]これは、各州のBar Associationが具体的な倫理規程を作る上でのモデルを提供するものです。[3][4] MPREの問題もModel Rulesから出題されます。
この書籍は、Amazonで買うこともできますが、ABAのStudent会員になって、ABAのウェブサイトから買うと少し安くなるようです。なお、私が授業で使ったのは2023年版でしたが、今の最新版は2024年版のようです。毎年改版されているのかもしれません。
Model Rulesはオンラインでも読むこともできます。紙へのこだわりがなければ、こちらで十分でしょう。
Restatement
法曹倫理に関する法源という意味では、上記のModel Rules(正確には、それをベースとする各州の倫理規程)がヒエラルキーのトップにいることになりますが、もう一つ、Restatement (Third) of the Law Governing Lawyer (2000) ("Restatement")も、一定のオーソリティを持っています。Restatementは、教科書の中でも言及されますし、MPREでもRestatementが根拠となるような問題も一定数出題されます。特に、Attorney-Client Privilegeなどは、Model Ruleには規定が存在せず、Restatementを見ないと正確な規範を確認できないということもありそうです。
ALIが出版していますが、Westlawのデータベース(←ロースクールが契約している)で無料で読むことができます。
ただ、授業準備、MPRE対策という観点からは、Restatementまで参照するのはtoo muchであり、あくまで教科書や、予備校作成の試験用アウトラインの中で触れられている限度で、ルールを理解しておけば十分だと思います。
成績評価
成績評価方法ですが、Final Exam 80%、Participation 20%という配分でほぼFinal Examで決まる感じでした。Final Examは、Model Rulesだけ持ち込み可のOpen Bookです。内容は、ほとんどMulti Choiceでしたが、記述式の問題も出ました。私の成績はB+でした。LL.M.専門のクラスなので、curveを適用することは義務ではないのだと思いますが[5]、おそらく任意適用したのではないかと思われます。
気づいたこと
全体的に興味深い示唆を多く得られた授業だったと思っています。日本で法曹倫理を学ぶ際に楽しんだ記憶はないのですが、この違いはどこから来るのでしょうか。一つは、日本で学んだときと比べると、実務を通じて倫理的な問題に直面した経験が自分の中にストックされており、倫理に関するイシューを我が事として捉えることができるようになったからだと思います。もう一つは、少なくとも座学として学ぶ限りにおいては、米国のProfessional Reponsibilityのカバレッジは、日本のそれよりはるかに広く、かつ深いということかと思います(当然、日米の実務家の間で倫理観が大きく異なるこということではないため、あくまで「座学として学ぶ限りにおいては」ということですが。)。例えば、日本の法曹倫理は、訴訟、一般民事をメインとする実務家を典型的に念頭に置いていたように思いますが、米国では、Big Lawで働くtransactional lawyersをめぐる倫理的なイシューについても丁寧に論じられている印象です。
以上が全体的な感想ですが、最後に、授業を通じて気付いたことを取り止めもなく書いていきたいと思います。いずれかのトピックについて、今後深掘りしていくことがあるかもしれません。
ローファームによるマルプラクティスをヘッジする保険会社があって(これは日本にもあると思う)、米国では、そのような保険会社がローファームの実務に口を出すというプラクティスがある(例えば、リーガルオピニオンの発行業務について、全てのオピニオンがパートナーのレビューを経る態勢が整備されているかるかなど)。Ethical Problems p. 77 日本ではまだここまでは来てない理解だが、今後どうか?
Model Rulesの対象は、弁護士だけでなくて、検察官も含む。ここは日本と異なっており興味深い。例えば、Model Rulesでは、検察官の証拠開示義務が明記されている(3.8(d))。
Model Rulesには、Clientからの連絡はすぐにacknowledgeしろ、というルールがある (1.4, comment 4)。経験上、米国の弁護士のレスポンスはかなり速いが、こういう背景があるのだろうか。
一般に弁護士は守秘義務を負うが、自衛のための情報開示は許容される場合がある(Model Rules 1.6(b)(5))。この点、クライアントから口コミサイトで悪い評価を書かれたときに、ある程度情報開示しつつ、口コミサイト上で反論することは許されるかという、とても現代的な論点があるようである。(Ethical Problems p. 272)
クライアントの同意なく、弁護士単価を改定することは無効(たとえ事前に改定の可能性を通知しており、同意を得ていたとしても)、という裁判例がある。Ethical Problems p. 478
タイムチャージをめぐる倫理的な問題など、請求関連についても豊富かつ詳細な議論が存在する。
例えば、請求の際、最小単位(0.1hなど)未満の値を切り上げることの是非について、OKを出したABAの決議が過去に存在するしい。Ethical Problems p. 484
また、受信メール・送信メール1通処理するごとに、6 minutes使ったことにしてチャージした件で、裁判所からNGを出された事例が存在する。Ethical Problems p. 486 Footnote 52
さらに、実務上のある意味頻出論点ではあるが、Double billingは許されない。例えば、クライアントAのための出張中に、クライアントBの仕事をした場合、請求が重複している時間があってはいけない。Ethical Problems p. 489
加えて、マニアックだが実務上大きな重要性を持つ論点として、請求作業に要した時間を請求できるか(Billing for billing)? 過去にそれは倫理規定違反と判断した裁判例があるらしい。Ethical Problems p. 493
Clientとsexual relationshipを持ってはいけないというルールがある(Model Rules 1.8(j))。仮にインハウス弁護士を想定すると、一見なかなか厳しいルールのようにも見えるが、同ルールには注釈があって、あくまで"who supervises, directs, or regularly consults with that lawyer concerning the organization’s legal matters”との間に限るということのようである(Comment 22)。
自分のクライアントに不利な法解釈(≠不利な事実)であっても、反対当事者が気づいていなければ、裁判所にちゃんと申し出なければならないというルールがある(Model Rules 3.3(2))。これは、ローマ法由来の法格言 "da mihi factum, dabo tibi ius" (汝は事実を語れ、我は法を語らん)とは違う方向性のように見える。これは、裁判官の役割に関する、civil lawとcommon lawの間にある根本的な見方の違いが影響しているのかもしれない。ただ、いずれにせよ、米国においても、当該ルールが現実に問題になることは稀のようである。Ethical Problems p. 646
ファイナンスローの分野においては、ローファームがボロワー側の代理人としてレンダー宛に法律意見書を出すというプラクティスがある。これもEthical issueをはらんでおり、それについてのルールが存在する。Model Rules 2.3 (Evaluation for Use by Third Persons)
関係者が多数登場するようなプロジェクトもののトランザクションでは、どれだけ厳密にコンフリクト管理するか判断が難しいことがある。この点について、米国では、確立されたルールがあるのか?
法曹倫理をめぐる最もホットなトピックの一つとして、FTXのChapter 11申立てをめぐるSullivan and Cromwellの関与が倫理的だったかどうか、という件がある。Bankruptcyの授業で、以下のペーパーを読む機会があった。ロースクールの教授が、特定のローファームを論文でここまでこき下ろすということ自体が非常に興味深いが、米国の法曹が職業倫理をいかに重く捉えているかの一つの証左のように思える。
[1] 今年のLL.M.のクラスにどれだけ実務経験者が含まれているかについては、過去に記事を書きましたので、そちらをご参照下さい。
[2] なお、Model Rulesは、「米国法曹協会模範規則」とか「法律家職務模範規則」とかいう名称で、日本の弁護士職務基本規程の解説書(日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著「解説弁護士職務基本規程第3版」)の中でも時折言及されています。
[3] 例えば、Texasの倫理規程は以下のものです。
[4] Model Rulesと各州の具体的な倫理規程とのギャップ分析を行なったChartもあります。
https://www.americanbar.org/groups/professional_responsibility/policy/rule_charts/
[5] テキサス大学ロースクールのGrading Policiesについては以前記事にまとめましたので、そちらをご参照下さい。