稲穂健市の知財コソコソ噂話 第12話 ジェンダー・ダイバーシティと知財
今年6月、世界経済フォーラム(WEF)が、世界各国の男女格差を数値化した「ジェンダー・ギャップ指数」の2024年版を公表しました。評価対象となった146カ国のうち日本は118位であり、G7のなかでは依然として最下位です。同じようなニュースを毎年聞いている気がしますが、前年の125位より少し上昇した点は評価できるでしょう。
ところで、日本で暮らす外国人と日本におけるジェンダー・ギャップの話をすると、「コンサートやミュージカルの観客は女性ばかりだし、高級なカフェで優雅に談笑しているのも女性ばかりだ。この国で搾取されているのは男性のほうではないか?」といった指摘をする方もいます。確かに一理ありますが、「ジェンダー・ギャップ指数」で特に足を引っ張っているのは「政治分野」と「経済分野」であり、社会的に活躍する女性の増加が望まれていることは確かでしょう。
もっとも、筆者の周囲を見た限りでは、ジェンダー・ギャップは改善してきているように感じます。例えば知財業界では女性の割合が増えています。昨年度の弁理士試験最終合格者は女性が36.7%を占め、3分の1を超えています(ちなみに一昨年度は31.1%)。また、日本弁理士会の会誌『パテント』(76巻10号、2023年)に掲載された「知的財産業務に携わる女性の割合と各種平均からのギャップ解消に向けて」(大森伸一、松下達也)という論文によると、特許審査官には約3分の1の割合で女性が採用されているそうです。知財保護の分野では着々と女性比率が高まっているのは間違いありません。知財実務には比較的スケジュールが組みやすいものが多く、ライフワークバランスの点でも、仕事と家庭を両立したい女性に向いているという見方ができるように思います。
「女性の発明者」という視点からはどうでしょうか? 2023年の総務省「科学技術研究調査」によると、女性研究者の割合は増加しているものの、依然として全体の18.3%にすぎません。また、先ほどご紹介した論文によると、2022年に日本で公開された特許をサンプル調査したところ、少なくとも1人の女性が発明者として参加している特許は約16%、全発明者に占める女性の割合は約7%であったとのことです。発明者の数という観点からは、まだまだのようですね。
よく言われることですが、人々の意識を変えていく必要もあるでしょう。例えば2014年に当時理化学研究所の研究者であった小保方晴子氏が「STAP細胞」と呼ばれる多能性細胞を作出したとされる騒ぎがあった際、「リケジョの星」として大きな注目を集めました。この「リケジョ」という言葉は、講談社の登録商標(商標登録第5304310号)ですが、当時、理系の女性に対して特殊な見方をしているかのようなこの表現自体を「差別的ではないか」と指摘する人もいました。『ロボジョ』というタイトルの書籍を出している筆者の口からは何も言えませんが……。
なお、女性発明者の数は少ないものの、経済価値への貢献は大きいという調査結果もあります。2016年に日本政策投資銀行がまとめた「女性の活躍は企業パフォーマンスを向上させる~特許からみたダイバーシティの経済価値への貢献度」というレポートによると、共同発明により生まれた特許を「男性のみのチーム」によるものと「男女を含むチーム」によるものに分けてみたところ、後者のほうが経済価値の平均が高かったそうです。ジェンダー・ダイバーシティのあるほうが特許の価値が高まるという見解は、さまざまな研究開発の現場を見てきた筆者の立場からもうなずけるところがあります。今年5月に特許庁が公表した「Diversity&Innovation~知財エコシステム活性化のカギとなる女性活躍事例~」も参考になります。
『発明 THE INVENTION』(発明推進協会)2024年8月号掲載