稲穂健市の知財コソコソ噂話 第8話 改めて考えたい「著作者人格権」
今年1月末、日本テレビ系ドラマ『セクシー田中さん』の原作者で漫画家の芦原妃名子さんが急逝したことは、多くの人に衝撃を与えました。芦原さんは生前、ドラマの脚本をめぐり制作側と見解の違いが生じていたことを自ら明かしていました。
小説にせよ漫画にせよ、原作が映像化される際に大きく内容が改変されることは少なくありません(アニメが実写化されるときなども)。原作のイメージと全く異なる俳優がキャスティングされる例も多く見られます。もっとも、映像化に際しての独自の試みにより成功した作品もあります。たとえば1998年に公開されたホラー映画『リング』では、怨念を持つ「貞子」がテレビ画面から這い出てくるという強烈なシーンが話題となりましたが、鈴木光司氏の原作小説にそのような描写はありません。主人公の設定など他にも数々の相違がありますが、ホラー映画としては大ヒット作となりました。
今回の『セクシー田中さん』をめぐる報道で改めて注目されたのが「著作者人格権」です。これは著作者だけが持つことができる「著作者の精神的利益を守る」ための権利で、主に「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」という3つの権利からなります。「公表権」は「まだ公表されていない自分の著作物を公表するかしないかを決定できる権利」、「氏名表示権」は「自分の著作物を公表するときに、著作者名を表示するかしないか、表示するとすれば実名か変名かを決定できる権利」、「同一性保持権」は「自分の著作物の内容や題号を自分の意に反して改変されない権利」です。
映像化にあたって原作から何かしらの改変がなされる場合、この「同一性保持権」により、原則、原作者の同意が必須です。実際に、テレビドラマ化された小説の原作者から「じつは裏では結構意見を交わしたり擦り合わせたりしています」といった話を伺ったこともあります。「完全にお任せ」でもない限り原作者の意向は考慮されるようですが、脚本の執筆、キャスティング、撮影場所の確保などを同時並行で進めなければならないドラマ制作現場の実情を考えますと、すべてを原作者の納得のいくものとすることは難しいでしょう。そのため、これまでも原作者側から不満の声が出ることは結構ありました。
筆者もノンフィクションを中心に複数の作品を世に出していますが、出版にあたってはかなり細かいところまで注意しながら仕上げています。ですから、その意図が無視されたような形の二次創作が出てきたら、とても悩むでしょう。やはり二次創作にあたっては、すべての関係者が原作と原作者をリスペクトする姿勢が何よりも大切です。
なお、今回の問題に関する投稿をSNSなどで見かけますが、ネットの雰囲気に流されて批判や論評をしているだけの人もいるように思います。今年2月以降でしたが、筆者は『セクシー田中さん』の単行本(7巻まで)を読み、ドラマ版も全10話を見ました。両者を見比べると、感じられることはいろいろとあります。表層的な情報だけに頼らず、自ら一次ソースに接触し、自分の頭で考えることは大切です。
『発明 THE INVENTION』(発明推進協会)2024年4月号掲載
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