村上君とは口をきかない
村上春樹さんが父親のことを書いた新刊「猫を棄てる」。「父親のことはいつか書かなければならない」と思っていたとのこと。
猫、父親、というと「1Q84」を思い出す。主人公天吾は意識が無い状態の父親を看病の末、看取る。その間に「猫の街」に迷い込む。意識のない父親の看病、きっと御本人の体験なのだろう。
最も衝撃を受けたのは父親と20年以上口も聞かなかった、という告白。
僕は猫を飼ったこともなければ、飼おうと思ったこともない。家族と長い間口を聞かなかったこともない。
自分と真逆の人に憧れてしまうのはよくある話で、もっと言えば僕はクラシックやジャズを解するセンスもなければ洋楽に詳しくもない。好きなのはMr.CHILDREN やTHE YELLOW MONKEY で、(推察だが)村上さんからするとなかなか品のないバンド名なんじゃないか?と思っている。それぐらい僕と村上さんはセンスがかけ離れている。
もし同じクラスにいたら僕は村上君と口を聞くことはなかっただろう。
ことごとく自分とは異なるタイプの村上君。売店などで売っているコーヒーを「インクを絞ったような」と例えている。つまり人間が飲めたものではない、ということだろう。僕はコーヒーなんて最低限コーヒーであればそれで良いと思っている。きっと同じクラスにいたら、そんなコーヒーを飲む僕達を横目に見て、「やれやれ」と一瞥の後、また外国文学に視線を戻すことだろう。
外国文学に対しても村上君とは真逆だ。僕はこれまで外国の作品が翻訳されたものを読んで面白いと思ったことが一度しかない。その一度というのも「超訳」と銘打って、大胆に日本語に意訳した大衆受けだけを考えたシドニーシェルダンのみ。(かといって、その内容も覚えていないのだが。)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」、カフカ「変身」など何度かトライしたものの苦行でしかなかった。さすがに村上君が訳したものなら読めるだろうと「グレート・ギャッツビー」「ライ麦畑でつかまえて」もあえなく苦行に終わった。
村上君と僕がどうして口を聞かないのかはさておき、この本のテーマの一つが「戦争」。村上君のお父さんにとって、そして村上君とお父さんとの関係性に対して大きな影響があったことが切々と書かれている。
例えば、「もしかすると南京戦に参加したのかもしれない」と思って詳しく戦争の話をお父さんに聞けなかったという。「ねじまき鳥クロニクル」に南京についての記述が出てくることからしても、やはり大きな意味合いを持っていたようだ。戦争において大なり小なり行われた残虐行為や絶対悪というのも村上君の小説において一つのテーマとなっている。ナチスドイツ、オウム真理教(これはインタビュー形式のドキュメントだが)など。そして何がどう絶対悪なのか忘れたが「ねじまき鳥」の綿谷ノボルはその象徴。「海辺のカフカ」のジョニーウォーカー、これもそうだ。
村上君の小説には一貫して、ある種の悪に抵抗する姿勢や精神が宿っている。小説にも新刊「猫を棄てる」にも明確にはお父さんとの確執が何だったのか書かれなかったが、おそらく小説の中で抵抗し続けた相手はお父さんなのだろう。
お父さんは、戦争において中国人捕虜の虐殺に携わった。これはほぼ確かなことらしい。ただ見ていたのか、自ら手を下したのかは問うことができず、永遠に不明となったわけだが。
そして捕虜の斬首という強烈な体験は、幼い時にそれを聞いた村上君の心に焼き付けられ、トラウマのようなものを引き継いだ、と表現している。
またお父さんと絶縁した別の理由をこうも書いている。お父さんは、戦争のせいで自らが思うように勉学に励めなかったため村上君には思う存分に勉学に励んで欲しいという思いが強すぎた。しかも村上君にとっては極めて無意味に思える、テストにおける高得点を求められたことも大きな要因だったようだ。
話は飛ぶが村上君には子供がいない。望まなかったのか恵まれなかったのか知らない。ただお父さんとの確執が影響している気がしてならない。同じような思いを自分の子供にさせたくない、お父さんから受け継いだトラウマをもう引き継がせたく無い、無意識下のそういった想いがブレーキをかけたのではなかろうか。
でも一方そんなにシンプルな話でもないだろう、強く子供を求める気持ちもあったはずだ。消化し切れていない想いもあるだろう。そして村上君は「騎士団長殺し」において、主人公夫妻を介して子供を授かった。これもお父さんが亡くなったからこそ、ようやく授かることができた、そう考えざるを得ない。
お父さんが亡くなって、時を経て書かれたこの新刊。村上君自身の死に対する意識が強くなってきたことも書く一つのキッカケとなっているように思う。死を前にして、自らの存在について考えれば考えるほど数えきれない偶然の結果存在しているにすぎず、その中の大きな偶然を戦争が担ったという避けがたい事実。たった一つの偶然が起こらなければ、自らもそして自らの小説も存在しなかったことを思えば儚い幻想のように思える、と言う。
確かにそうだろう、しかしまた儚い幻想に過ぎない僕のような多くの読者が、これも数重なる偶然の結果、村上君の小説を確かに受け取って受け継いでいく。それは幻想でも何でもない。
村上君はドストエフスキーの小説についてコメントすることもある。何百年前の小説に対して。ふと僕は想像してみた。村上君の小説も同様に、何百年後の多くの人々が読み継ぎ、それぞれの感想や意見を語り合ったりしているだろうことを。
60歳を超え死により近付いた現在、その生命を「広大な大地に降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴」と表現している。ある種の虚無感を抱いているように感じた。
そんな村上君に伝えたい。きっと同じクラスにいたら口を聞かなかっただろう僕が言うのもなんだが、「村上くん、あなたの一滴の雨粒なりの思いは僕たちが確かに引き継ぎましたよ。安心して下さい。」と。