「事実」と「解釈」を分ける
アナリストとして常に気をつけていたのは、「事実と解釈を混ぜて話さないこと」です。データ分析を行う際、私たちは客観的な事実を基に仮説を立て、意思決定に役立つ解釈を導きます。しかし、事実と解釈が混在してしまうと、データの本質を見誤り、適切な判断を下せなくなる可能性があります。
この記事では、データ分析の「Discover(課題の発見)」のフェーズにおいて、事実と解釈をどのように整理し、活用していくべきかを私の経験からお話できればと思います。

事実を整理する 横の広がりと縦の掘り下げ
例えば、コーチから「A選手が打てなくなった原因を調べてほしい」という依頼があったとします。ここでまず行うべきは、「何が事実で、何が事実ではないか」を切り分けることです。
横の広がり(多角的な情報収集)
まずは、広く情報を集め、さまざまな角度からA選手の現状を把握します。
A選手の打率や出塁率は実際に低下しているのか?
良い打球を打っているが、たまたまアウトになっているだけではないか?
強い投手と連続で対戦しているため、結果的に数字が下がっているのではないか?
審判のジャッジの傾向が影響して、見逃し三振が増えているのではないか?
スイングスピードやコンタクト位置に変化はないか?
このように、多面的に情報を収集し、A選手の現状を整理します。
また、「コーチがA選手に対して打てなくなったと感じていること」や「コーチ自身が困っていること」も事実です。A選手自身の感覚も重要な情報源になります。こうした背景情報を集めることが、適切な分析の第一歩となります。
縦の掘り下げ(因果関係を探る)
横の広がりで得られた事実を整理した後は、さらに深掘りし、因果関係を探ります。たとえば、A選手の打撃成績が事実として低下している場合、次のような要因を考えることができます。
打球の質が落ちている場合
内的要因(選手自身の問題)
技術的な問題(スイングの軌道が変化、バットコントロールの精度低下)
フィジカル面の影響(疲労の蓄積、ケガの影響)
外的要因(環境や対戦相手の影響)
相手投手の配球傾向の変化(アウトコース主体になっているなど)
ボールの球質変化
気候・球場の影響(湿度や風の影響で飛距離が落ちる)
このように、事実を整理しながら可能性を絞り込んでいきます。
ただし、ここで 解釈を入れすぎないことが重要です。一度解釈を加えてしまうと、その固定観念に縛られ、新たな視点を見落とすリスクがあるからです。
事実から解釈を導く
事実が整理できたら、次に解釈のプロセスへ進みます。解釈とは、事実をもとに仮説を立て、その因果関係を明らかにすることです。
例えば、以下のような事実が確認されたとします。
打球速度が落ちている
選手本人は「しっかり捉えられている」と感じている
打球方向が引っ張り方向から逆方向へ変化
打球の滞空時間が長く、フライアウトが増えている
直近の打席での配球はアウトコース中心に変化
この事実から、いくつかの仮説を立てることができます。
仮説A:相手バッテリーの対策
→ A選手の長打を警戒し、アウトコース主体の配球が増加した結果、打球方向が変わった。
以前はインコースの甘い球を強く引っ張ることができていた。
しかし、最近はアウトコース主体の攻めが増え、逆方向への打球が増えている。
その結果、打球の滞空時間が長くなり、フライアウトが増加した可能性がある。
仮説B:スイングの変化
→ スイング軌道が変わったことで、打球方向や質が変化した。
例えば、ポイントが後ろになり、インパクトの角度が変わったことで、フライが増えた可能性。
バットスピードは変わっていなくても、スイングのメカニクスが微妙にズレている可能性がある。
仮説C:フィジカルコンディションの影響
→ 疲労や軽微な怪我が影響し、打撃フォームやスイングタイミングがズレている。
長期間のシーズンで蓄積された疲労による下半身の使い方の変化。
本人は大きな違和感を感じていなくても、微細な変化が打撃に影響を及ぼしている可能性。
解釈を行う際に意識している考え方
1. 帰納的・演繹的推論
帰納的推論:「このような事実が集まっているから、こういう結論が導けるのではないか?」
演繹的推論:「この理論が成り立つなら、この状況ではこういうことが起きているはずだ。」
例えば、同じコンタクト位置の場合、投手の投球速度が5キロ減少するよりもバットスピードが5キロ減少したほうが打球速度の減少に与える影響が概ね大きいということを知っていれば、解釈を行うときに役に立ちます(演繹的)。また、多くの打者の分析を行うことで打者の不調時に起こるパターンを導きだすことができれば、これもまた解釈を行う際に役に立ちます(帰納的)。
2. 批判的思考(クリティカルシンキング)
「この解釈は他の可能性を排除していないか?」
「事実を間違った形で組み合わせてしまっていないか?」
「この解釈を補強する追加の情報があるか?」
仮説を一つに決めつけず、複数の可能性を考慮しながら、最も合理的な解釈を選択することが大切です。そのためにも自分ひとりではなく他のアナリストやコーチとディスカッションを重ねながら結論を出すことを気をつけていました。
まとめ
事実を整理する際には、横の広がりと縦の掘り下げを意識する。
事実に基づき、適切な仮説を立て、論理的に解釈を進める。
帰納的・演繹的推論や批判的思考を活用し、偏りのない分析を行う。
事実と解釈を適切に整理することで、より正確な分析が可能になり、実際のプレーや戦略の改善に活かせる情報を提供できます。
しかし、ここで重要なのは、「では、どうやってこの課題を解決するのか?」という次のステップです。これが Design(解決策の設計) のフェーズにあたります。

例えば、選手のパフォーマンス低下が問題だとしても、その背景には単なる技術的な課題だけでなく、選手とコーチの関係性が影響しているケースもあります。実はコーチが選手を説得するための材料としてデータを求めているということもありますし、単純に自身の考えを整理したいだけの場合もあります。このように、依頼の背景を深掘りすることで、本当に必要な分析の方向性が見えてきます。
アナリストにとって分析そのものがコアバリューであることは間違いありません。しかし、何のために分析を行うのかを明確にしなければ、適切なタイミングで適切なリソースを投入できず、チームのパフォーマンス最大化に貢献することが難しくなります。
そのためにも、まず事実と解釈を整理し、本当に解決すべき課題を見極めることが重要だと思います。