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斜陽【読書感想】

 この世にただ大酒を飲むのが好きで、ただ夜遊びが好きという真の飲んだくれはどれくらいいるのだろうか。
 ほとんどの飲んだくれは、実は斜陽の中に出てくる直治のような人間なのかもしれない。

 直治は戦後の没落貴族である主人公かず子の弟で、麻薬に溺れ、酒に溺れながら最終的にかず子に遺書を残し、自殺してしまう。

 遺書の中で、彼は高等学校に入ってから、違う階級に育って来た強くたくましい友人と付き合い、その勢いに押され、負けまいとして麻薬を用い、半狂乱になって抵抗したと言っている。彼にとって酒や麻薬は自分を保つための最後の手段に過ぎなかったのだ。
 さらに、直治は言う。
「僕は下品になりたかった。強く、いや強暴になりたかった。そうして、それが、いわゆる民衆の友になり得る唯一の道だと思ったのです。(中略)僕は下品になりました。下品な言葉づかいをするようになりました。けれども、それは半分は、いや、六十パーセントは、哀れな付け焼刃でした。」
 この文章から、没落貴族の、社会に溶け込もうとしても溶け込めない苦悩が窺える。新しい時代を作って行こうとする逞しい民衆たちに必死に追いつこうとしても、芯から下品になることはできず、周りからはキザったらしく乙にすました気づまりの男と思われる。だからといって、今さら上流階級のサロンに戻ることもできない。
 彼は居場所を失った。そうして再び、くらくら目まいをするほどの酒と麻薬を摂取するのである。

 女遊びも、直治にとっては現実逃避に過ぎない。
 彼はとある洋画家の奥さんに恋をした。しかし、狂人のような性格の洋画家が恐ろしく、奥さんに自分の気持ちを明すことができなかった。ほとばしる胸の火を、どうにかほかへ向けようとして、手当たり次第、いろんな女と遊び狂ったが、結局、奥さんを忘れられずにいた。直治は一人の女にしか恋することができなかったのである。
 彼の最期に身近にいた人も愛人ではなく、ちっとも好きでない、馬鹿なダンサーであった。
 遺書の終わりは次の文で締めくくられている。

さようなら。
姉さん。
僕は貴族です。

 現実世界の夜の街にも直治のようなむなしい人間がたくさんうごめいているのだろうか。大酒のみで豪快な性格として知られた芸人の横山やすし師匠も実は繊細だったのだろうか。本当のところはわからない。

 直治も母親も失ったかず子の唯一の望みは文人の上原と付き合い、子供を産むことであった。上原に熱烈な恋心を抱いているのではなく、二人の間に子供を産むという、それだけのためにかず子は世の中に戦いを挑んだ。
 もしかしたら恋というのは、子供を持ちたいという思いとも複雑に絡んでいるのかもしれない。私はその辺りはよくわからないが、作者の太宰は女性のそういう欲望も鋭く読み取り、斜陽という作品に投影したのだろうと思った。



今回読んだ本
太宰治「斜陽」
https://amzn.to/45PUp62






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