見出し画像

生命保険会社の営業職員の現在と未来(前編)


登場人物

  • 営業職員:生命保険の提案を行うプロフェッショナル。

  • 俺:保険の提案を受ける一般人。


(カフェの一角、営業職員と俺が向かい合って座る)

営業職員 「こちらのツールを使うことで、ご自身の生涯の生活プランの健康診断ができます。俺さんの診断結果に合わせた、弊社商品の保障プランをその場でお渡しします。」

(少し警戒しながら) 「生活プランの健康診断、ですか? 具体的にはどういうことをするんですか?」

営業職員 「簡単な質問にお答えいただくだけです。例えば、将来のご収入やご支出の予測などを入力していただきます。それを基に、現在と未来の必要保障額を分析します。」

(腕を組んで考える) 「なるほど。でも、今ちょっと忙しくて時間が取れそうにないんですよね。」

営業職員(丁寧に) 「お時間を取るのが難しいのですね、お忙しいところ失礼いたしました。」

(営業職員がLINEでツールのURLを送信する)

営業職員 「では、ツールをご紹介しますので、ぜひご自宅でご家族と一緒にやってみてください。弊社商品の保障プランが自動で3パターン提示されますので、気になるプランがあれば後日お声がけください。」

(興味を示して) 「自宅で簡単にできるんですね。それなら、ちょっと試してみようかな。」

営業職員(にこやかに) 「ありがとうございます! スマホやパソコンからもアクセスできますので、使い方が分からないときはいつでもご連絡ください。」

(営業職員がタブレットに表示されたツールの出力結果の例を指しながら説明を続ける)

営業職員 「作成した俺さんの生活プランや、提案された保障プランは、俺さんのものです。これを使って保険ショップでご相談するとスムーズです。」

(驚いた様子で) 「他社の商品でも使えるってことですか?」

営業職員 「はい。弊社商品の保障プランは、他社商品でもっと俺さんに合った保障プランを探すための基準としてお使いいただけます。」

(納得してうなずく) 「なるほど、自由度が高いんですね。それはありがたいかも。」

(商談の終わり、営業職員が一枚の資料を差し出す)

営業職員 「これはお願いなのですが、もし他社の保障プランで契約された場合、保険証券の情報をいただけないでしょうか? 弊社のツール改善や商品開発のために活用させていただきますので、ご協力をお願いします。」

(少し考え込んで) 「保険証券の情報ですか……。具体的にどんな風に活用するんですか?」

営業職員(真剣な表情で) 「今後、お客様によりお喜びいただけるような商品や保障プランを開発するためのデータ分析に使用します。個人情報は厳重に管理し、外部に漏れることはありません。」

(安心して) 「それなら、検討してみます。」

営業職員(深々と頭を下げて) 「ありがとうございます! それでは、ぜひツールをお試しください。」

(営業職員が立ち上がり、カフェの会計を済ませる)

営業職員 「本日はお時間をいただき、ありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしています。」

(微笑みながら名刺を受け取る) 「こちらこそ、参考になりました。ツール、早速試してみます。」

(営業職員が去り、俺は家路に向かう)

ナレーション 「こうして商談は終わった。新しい保険プランへの一歩が、俺の未来を少しだけ明るくするかもしれない。」


上記は、いまチームで想像を巡らせている、未来の保険募集のシーンです。

令和6年10月から3ヶ月間、私は新規事業の企画を考えるために、生命保険業界についてWebや書籍から情報収集していました。生命保険業のバリューチェーンの中で、特に個人向けの募集業務に注目して、中心的にリサーチしました。動機を10月に記事で書いています。

企画する新規事業によって、誰にどんな価値を提供するのか、方針を立てました。(この方針を立てるまでに1ヶ月を費やしました、、、)

  • 誰に:大手生命保険会社(日本生命、第一生命、明治安田、住友生命の4社を念頭に置いていた)

  • どんな価値:営業職員の定着率を向上することで、採用や教育のコストを低減し、スキルの高い営業職員によってお客様満足度を高める。

以上が前提です。本記事では、企画に向けてチームが考えたこと、情報収集したことを振り返ってお伝えします。みなさまの知っていることや考えなどをお聞かせいただけたら、たいへん嬉しいです


活動の全体像

新規事業の企画活動をするといっても、段取りを立てることが困難でした。『101デザインメソッド ―― 革新的な製品・サービスを生む「アイデアの道具箱」』を参考に、まずはmode1として、事業の目的を見出すことを目指しました。

目的を見出すべく、2週間で以下の活動をすることにしました。

  1. 調査:生命保険会社の営業職員の退職理由

  2. 調査:顧客本意の募集行為を阻害するリスク要因

  3. 考察:営業職員や募集行為の現在と未来(FromTo)

  4. 考察:事業機会の特定(インテント・ステートメント)

本記事は前編として、上記の1と2の活動について書きます。

1. 調査:生命保険会社の営業職員の退職理由

契約獲得目標のプレッシャーが大きいのか

生命保険の営業は、困っている人を保障で支えることができる、成績を上げるほど稼げる、働き方の裁量が大きいといった魅力のある職種です。しかし、大量採用・大量離脱(ターンオーバー)もまた、業界共通の課題として認識されています。

生命保険会社の営業職員の退職理由ですが、仮説というかイメージがありました。毎月の契約獲得の目標があってプレッシャーが大きい仕事であること、目標を達成できなければ給料が下がってしまうこと、見込み顧客が獲得できず継続的な契約獲得が困難となって続けられなくなってしまう、そんなイメージです。以下の書籍が、営業職員の仕事がどんなものか理解するのに役立ちました。

一方で、最近の大手生保4社の動向として、契約獲得目標での評価から転換しつつあるというトレンドだと理解していました。例えば、日本生命は2022年から「ニッセイまごころマイスター認定制度」を開始しており、保険販売だけでなく、お客様サービス活動を評価に組み込んでいます。

口コミから立てた退職理由の仮説

では、営業職員の退職理由はなんでしょうか?退職理由の口コミを閲覧しました。中には人間関係や給料といった職種に依らない退職理由もありましたが、営業職特有の理由としては以下の要因が大きいのでは無いかと仮説を立てました。

  1. 平日夜や休日に仕事が入ることが大変だったため

    • 個人向けの営業は、お客様の勤務時間後にアポイントメントを入れざるを得ないという事情があるようです。

  2. 目標の数字に追われるプレッシャーがキツかったため。

    • 契約獲得目標による評価から転換しつつあるとはいえ、まだ営業職員個人として契約獲得目標に追われる働き方を余儀なくされているようです。

  3. 成長が見込めなかったため。

    • 仕事の性質上、自社で扱っている商品しか募集できない制約や、保険以外の金融商品を紹介できない制約によって、お客様のために働けている実感を持てない人もいるようです。

    • 担当するエリアによっては、どうしても顧客基盤の拡大のしようがないように思える、社内で推奨される営業のやり方に納得できないなど、自身のスキルやキャリアの成長が見込めないケースがあるようです。

2.調査:顧客本意の募集行為を阻害するリスク要因

顧客本意とは何か

金融業界では、顧客本意の業務運営という概念があります。金融庁が金融機関に対して、投資家の利益のために業務をする受託者責任(フィデューシャリー・デューティー)を全うするよう、規則ベースではなくプリンシパルベースで金融機関が自律的に業務を改善していくよう求めています。この辺りの理解に自信がないので、勉強していきたいと思います。

生命保険会社も、顧客本意の業務運営について、各社が方針を定めて取り組みを実施しています。

例えば、住友生命の「お客さま本意の業務運営方針」です。保険の募集に県連して、「6.利益相反の適切な管理と保険募集管理態勢の構築」という項目があります。小項目を1つ引用します。

また、住友生命では、募集代理店に対し、販売手数料以外の名目で手数料の支払いは行っておらず、また、募集代理店向けの華美な施策等も実施しておりません。

https://www.sumitomolife.co.jp/customer-first/#06

募集人が募集行為を行う場合、顧客の利益を最大化することを第一に考えるのが、お客さま本意の業務運営と言えるでしょう。もし生命保険会社が募集代理店に対して、相場より高い販売手数料を提示したり、その他の優遇的な施策をしてしまったら、募集代理店はその生命保険会社の商品を積極的に募集するようになり、顧客の利益を最大化することを第一に考えることを妨げてしまいます。生命保険会社専属の営業職員にしても、契約獲得の目標に追い詰められて、顧客の利益を二の次にした募集行為をしてしまうリスクがあります。

チームで生命保険会社の営業職員を考えて企画をしていますが、その企画によって生命保険会社の顧客、すなわち契約者にとって利益のあるものにしないといけないと考えています。そこで、募集行為が顧客本意のものになることを阻害するリスク要因について理解しておきたくて、調査をして仮説を立てました。

リスク要因と原因の仮説

顧客本意の募集行為 = 「顧客のニーズに沿った保障を提案すること」
とここでは定義して、リスク要因と原因の仮説を以下のように立てました。

リスク要因:顧客のニーズを捉えることができない。
考えられる原因:営業職員のヒアリングスキルの教育・研修が不十分である。

リスク要因:顧客のニーズに沿った提案が、営業職員の評価に繋がらない。
考えられる原因:評価やインセンティブの制度が、短期的な新規契約保険料に偏っている。

営業職員の教育・研修の事情考察

営業職員のヒアリングスキルについては、離職率が高い現状に適応して、生命保険会社が教育よりも採用に力を入れざるを得ないという事情があるのかもしれません。以下の引用は、文脈的に外資系の生命保険会社を念頭にしたものと思われますが、基本的に会社が営業先を用意する日本社であっても、売上が上がらない営業職員の給与を相応にして、いずれは解雇できる制度をとっていることは共通しています。

 会社がどれだけ教育をしても、生き残る保険営業は一握りなので、会社は「教育」でなく「採用」にコストをかけます。新人をたくさん採用して、前章でお伝えした方法で、新人の友人や家族に保険を契約させます。
 その新人はすぐに会社を辞めたとしても、保険会社には新人営業が退職前に獲得した友人や家族からの保険料が継続的に入ってきますので、大量採用・大量離職でも、採算が合うのです。

保険屋さんになりませんか?と誘われたら読む本~保険営業で成功するための必読書~

現状に適応しているといっても、営業職員の大量採用・大量離脱については生命保険会社が打開しようと努力しています。例えば、第一生命は令和4年度から採用にSPI(総合適性検査)を導入し、採用数を絞り込んで人材確保の確度を高める狙いです。給与体系や教育制度についても、改革を進めています。

現在は、「採用」「給与」「人材育成」の3点で改革を進めている。採用では22年度からSPI(総合適性検査)を導入し、営業資質をより細かく見極める方式に改めた。そのうえで、「毎年7000~8000人採用してきた営業職員を4000人に絞り込み」(隅野社長)、確度の高い人材確保を目指す。

https://www.nikkinonline.com/article/112451

さらに、生命保険会社は営業活動を支援するツールを開発することで、営業職員が顧客のニーズを捉えられるように工夫しています。顧客のライフプランや公的保険制度を踏まえることが求められるなど、営業職員の行うヒアリングやニーズ把握は高度化してきていますが、教育と併せて生命保険会社がツールなどの仕組みを作ることでサービスを向上させています。

以上、営業職員の教育・研修については、依然として難しい領域ではありますが、生命保険会社の取り組みやサードパーティのツール開発等によって、継続的にサービスの質が向上していると言えそうです。

営業職員の評価やインセンティブ制度の事情考察

年収300万のサラリーマンに
3億のマンションを売ったら、
凄腕の営業か?違う——
ただのモラルが欠如した営業だ。

正直不動産 (20) (ビッグコミックス)

獲得した契約に応じて営業職員の給与を決める、という制度にしている生命保険会社を想定しています。

生命保険に限らず、営業職というのは獲得した売上によって歩合給が上がっていくというイメージがあります。自分の実力次第で青天井に稼げるという制度を魅力に感じる人もいるでしょう。

獲得した売上を指標に営業職員を評価するというのは、公平で明快な評価制度です。一方、顧客の利益よりも営業職員個人の利益を優先するような契約を誘引するリスク要因となります。とにかくいっぱい稼ぎたいという「攻め」のメンタルでは、まだ営業職員に余裕があるのでいいのですが、失職して困窮しないためにもノルマを達成しなければならないという「守り」のメンタルでは、追い詰められて不正を考えてしまうことに私は共感できます。これは個人の問題ではなく、システムの問題です。

生命保険会社は不正がなされないようチェック体制を構築しています。不審な契約をスクリーニングする、短期の解約にペナルティを課す、担当の営業職員以外の第三者が顧客の意向確認をする、といったコンプライアンス遵守のための対策が取られています。それでも、営業職員を追い詰めてしまうシステムの方を根本から対策することには、長い時間を要するだろうと思います。

 日本の金融庁はIAISから評価されている。生保各社も社内で問題が起きれば第三者委員会を立ち上げ、調査結果に基づき処罰を行っている。にもかかわらず、なぜ保険業界では不祥事が絶えないのか。筆者の取材に基づけば、それは保険会社の全国各地の拠点と拠点長に問題があると考えられる。成績至上主義だった保険業界では、拠点長が「契約がもらえるまで帰ってくるな」と営業職員を追い詰め、成績不振の営業職員が頭ごなしに怒鳴り散らされるというケースは珍しくなかった。保険業界を取り巻く環境は大きく変化している。拠点長も営業職員も大多数は真面目にコツコツと活動を行っているのは事実だ。しかし、そうしたやり方を変えられない拠点長がいることも事実だ。拠点長を監督する人が常勤していないことも理由でもある。

https://biz-journal.jp/company/post_363790.html

営業職員の評価については、脱ノルマ制度がトレンドです。とはいえ、ノルマ制度が有効に機能していた時代があったことも事実でしょう。以下のマネーポストWEBの記事を参考に、営業職員の評価制度の歴史について考えをまとめてみます(事実に基づいた記述でないのはご容赦ください)。

営業職員の評価制度の歴史についての推察

昭和23年(1948年)、保険募集の取締に関する法律(募取法)が公布されました。この頃、乗合の代理店による不適切な乗換契約の募集という不祥事が横行していましたが、この法律によって、生命保険の代理店の一社専属制が法定されました。

戦後、生命保険会社は自社の営業職員による販売網を構築していきます。戦争未亡人を大量に雇用し、地域の契約者を毎月訪問する保険料の集金と、保険募集を併せて委託しました。デビットシステムと呼ばれます。

デビットシステムにおいて、営業職員は歩合給+固定給の給与体系でした。売れれば歩合給を多くもらえて、売れなければ薄給です。では、どうやって生命保険を売ったのでしょうか?

戦後から90年代に入るまで、生命保険業界は「護送船団方式」といって、大蔵省の保護下にありました。戦後、保険産業の存続自体が危ぶまれる状況で、国策として復興を目指していました。産業の保護のため、保険会社間の競争を制限すべく価格規制がなされ、生命保険は基本的に同一商品・同一価格でした。

顧客視点では、生命保険はどの会社から入っても同じ便益を得られる状況です。一社専属の募集人である生命保険の営業職員は、自社の保険に加入してもらいたいです。ではどうやって営業するかといえば、営業職員が顧客と人間関係を構築して売るのが主流でした。業界共通試験制度が制定されて営業職員のトレーニングはなされたものの、GNP営業(義理・人情・プレゼント)は主流のまま、商品で差別化できない保険会社間の販売競争は激しかったようです。

さて、このような背景を鑑みると、生命保険の営業職員が生命保険を売れるかどうかは、営業職員の実力次第だったと言えるんじゃないでしょうか?高度経済成長期は、需要に供給が追いついておらず、モノは作れば売れる時代でした。生命保険はモノではないですが、会社間で商品に差異がないとすれば、営業職員がどれだけ多くの顧客と人間関係を構築できるかが販売競争のカギになります。インターネットなんてない時代、営業職員がその足で会った人の数が、そのまま生命保険を届けられる人の数です。

営業職員の実力次第で生命保険が売れるならば、歩合給の制度に合理性があると思います。営業手法がGNPならば、人間関係構築の手法は人によって異なるでしょうが、頑張り次第でなんとかなると信じて、ノルマは自分を奮起する目標として機能しそうです。

反対に、自分の頑張り次第でなんとかなると信じられなくなると、ノルマは理不尽なものに思えるでしょう。

平成8年(1996年)に、改正保険業法が施行され、戦後の護送船団方式は終わりました。生損保の相互参入の解禁、外資系生保の参入、代理店の乗合募集の解禁といった規制緩和がなされ、生命保険会社間の競争が促進されました。

この頃には、バブルは崩壊して低金利時代に突入しており、デフレでモノが売れない時代になっていました。さらに、インターネットが広まると、消費者のリテラシーが高まり、商品は比較検討して購入することが当たり前になりました。

従来のGNP営業を頑張っても、商品が顧客にとって良いものでなければ売れない時代です。生命保険の加入率は、平成8年(1996年)に77.6%でしたが、令和4年(2022年)には80.8%と、数ポイントしか増加しておらず、既に生命保険は普及したように見えます。

ノルマ制度、歩合給の制度が、時代遅れになっているんじゃないでしょうか。そこで、タイトルの通り、営業職員の未来について、後編で私の考えを紹介していきたいと思います。Salesforceの「The Model」が参考になるんじゃないかと考えています。

参考
https://www.jstage.jst.go.jp/article/giiij/76/2/76_131/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsis/2009/604/2009_604_604_5/_pdf
https://www.j-mac.or.jp/oral/fdwn.php?os_id=272
https://www.olis.or.jp/pdf/asia_report0002jp.pdf
https://www.olis.or.jp/pdf/asia_report0003jp.pdf


いいなと思ったら応援しよう!