生命保険に関連する事業企画を始めるに当たって思考を辿る
生命保険業の中でも、保険募集業務に注目する
私はIT会社の中で、新規事業の企画について考えています。弊社は生命保険に関連する業務を行なっていることもあり、生命保険に関連する領域を調査することで新規事業の元となる課題を探そうとしています。
生命保険業はとても大きくて、成立させるために生命保険会社の中には多様な仕事があります。生命保険業は免許制であり、生命保険会社は保険業法により他業が制限されていますが、それでも生命保険会社の採用ページを見ると、社内に多様な部門が存在していることが分かります。(日本生命保険相互会社、第一生命保険株式会社、明治安田生命保険相互会社、住友生命保険相互会社の採用ページ)
生命保険業が大きいからこそ、企画を立てる際にはどの箇所に注目するか絞らないといけません。株式会社justInCaseのブログで、日本のInsurTech企業のカオスマップを作成されていましたが、保険募集、契約管理、プライシング・商品開発、保険金請求といったカテゴリで分けていますね。
私は、生命保険の保険募集の領域で企画を考えようと思っています。
契約管理の領域は、個社向けSIビジネスの方が筋が良さそう
生命保険の契約管理は個社要件のカスタマイズが大きくなりそうで、SIビジネスでなんとかする領域だとパッと思ってしまいます。損害保険や少額短期保険ならともかく、長期間の契約を取り扱う生命保険では複雑すぎます。システムの規模も大きくなるので、提供価値のメインはデータセンターの運用になるでしょうか。
プライシング・商品開発の領域は、保険料を下げるだけだと面白くない
プライシング・商品開発の領域は、私自身が生命保険の顧客価値向上をイメージできなくて、手を出せないと思いました。損害保険であれば、テレマティクス保険、組み込み型保険、パラメトリック保険など、デジタルを前提とした保険商品に従来にはなかった価値を感じるのですが、生命保険となると難しいです。健康状態を追跡してダイナミックプライシングをするとか、データ分析によって保険会社のリスクを抑えながら低廉な保険料の商品を開発するとか、トレンドとしてはあるのでしょうが、顧客にとっては保険料が最適化される程度の価値に感じてしまいます。
私は生命保険の商品の中では死亡保険が重要だと個人的に考えていまして、死亡保険を良いものにするなら保障内容、すなわち保険金の支払に関して商品性が変わらないと、価値を感じづらいのだと思います。保険料をこれ以上に最適化するために、生命保険会社がお金をかけてシステム開発しても、それに見合うほど顧客にとって魅力的な商品になるでしょうか?
保険金請求の領域は、データ連携による自動化が目前
保険金請求は、生命保険の場合は保険金の金額が契約で予め決まっているので、近いうちに自動化されることはほぼ確定だと考えています。野村総合研究所のレポートに書かれているように、被保険者の死亡、生存、医療費レセプトといった情報はすでに電子データ化されているので、システム化によって自動で保険金受取人に請求勧奨する未来は予測可能です。請求の領域で保険会社相手に商売をするならば、こうしたデータ連携を実現するシステム構築になるでしょうし、新規事業として入るイメージが湧きませんでした。
保険募集の領域は、課題がたくさん見つかる
保険契約者の課題
家計のリスクを把握し、保障を設計するのが難しいことが課題です。私個人の見解ということで、敢えて断定口調にしています。
備えるべきリスクを絞りきれずに保険をいっぱい掛けてしまうと、保険料が家計を圧迫してしまいます。逆に、いざという時に保障が不十分で困ってしまうという潜在的な課題も考えられます。実際、どの年代でも3割程度、加入保障内容に充足感がないと考える人がいます(加入保障内容の充足感)。令和4年度の調査によると、30歳代男性の生命保険加入金額の平均が2,065万円なのですが、死亡リスクが過少に見積もられているという考察も存在します(ニッセイ基礎研究所のレポート)。
死亡保険について言うと、生命保険文化センターが必要保障額の算出の具体例を提示しています。とはいえ、将来に渡っての支出見込額を計算するのも、万一の時の公的年金で保障される収入額を計算するのも、独力でできる人はごく少数でしょう。
だから、保障を自分で設計する必要があるインターネット通販のチャネルは、平成20年(2008年)にインターネット生命保険が誕生してから10年以上経っても、未だに利用率が低いままです。各社のインターネットチャネルが創意工夫を凝らしているにもかかわらず。令和3年(2021年)度の調査では、インターネット通販での加入は4.0%でした。
生命保険の加入チャネルは、生命保険会社の営業職員や保険代理店といった、専門家を介したチャネルが主流です。専門家が顧客にヒアリングをして、顧客に必要な保障を見極め、保険を設計しています。こういったチャネルに関しては、顧客側が情報面で劣後していることにより、専門家が真に顧客本意の提案をしてくれているか判断できず、不信感を抱くという課題があります。生命保険の営業を受けることに、提案を断りづらそうとか、専門家が契約させたい商品を勧められそうとか、抵抗を感じませんか?市場を健全にするためにも、売り手と買い手の情報格差を解決することが重要だと考えています。
生命保険を募集する専門家の課題
東洋経済オンラインで「問われる生保営業」という特集がまとめられています。
生命保険会社の営業職員といえば、大量採用・大量離職(ターンオーバー)は大きな問題です。営業職員が新規契約獲得などのノルマを達成できないと給与が下がり、さらには雇用契約の打ち切りという形で離職してしまうという構造です。最近は各社が営業職員の評価制度を見直し、この構造的な問題の解消に取り組み始めたところですが、この問題の解消の一助となる方向で事業を考えることはできないだろうかと思っています。営業職員が長く仕事を続けてスキルを高めることが、営業職員本人、保険会社、顧客の三者いずれにとっても嬉しいことのはずです。
また、専門家をエンパワメントする方向でも考えられそうです。
保険の乗合代理店は、複数の保険会社の商品を比較検討することができるため、幅広い選択肢の中から顧客に適した保障を設計することが期待できます。
しかし、乗合代理店の専門家が実際に幅広い選択肢を有効活用するには、かなり高い能力が要求されるものと推察します。乗合代理店が提携している20社30社の生命保険会社が、それぞれ毎年のように新商品を発表しています。専門家は常に最新の情報をキャッチアップしながら、顧客が既に加入している昔の保険商品との差異を把握して提案する必要があります。また、顧客に適した補償を設計するには保険だけでなく、公的保障や税金、投資信託、不動産といった幅広い金融知識も要求されます。見渡すと、保険代理店やファイナンシャル・プランナーをターゲットに提案力を高めるためのITソリューションが売られており、既にマーケットとして大きそうだと認識しています。
Webの世界では、保険の比較サイトがあります。とはいえ、業界の規制によって、顧客に提示できる情報が大きく制限されているため、現状はどの比較サイトであっても、顧客が商品を比較して差異を理解し、選択できるようなサービスにはなっていないと思っています(大口叩いてすみません、、、)。保険比較サイトは、Webサービスだけで保険契約の仲介をするのは限界があるから、専門家への相談に誘導しようと工夫しています。現状のこの比較サイトの構造についても、真に顧客本意の情報提供ができるように、業界の規制のあり方も含めて変えていく可能性を検討するのもアリかな、と考えています。
私自身が生命保険に詳しくならないといけない
私が事業を企画しようとしていますが、保険契約者への提案価値を考えるにせよ、募集する専門家への提案価値を考えるにせよ、生命保険そのものについて勉強する必要があると思っています。IT技術に詳しくなることも事業企画に役立てられるかもしれませんが、提案価値を具体的にイメージせぬまま汎用的に技術に詳しくなっても、企画まで至る可能性が低いように思います。
上述した生命保険の募集人向けのソリューションの中で、株式会社MILIZEの「milize Pro」は面白いと思いました。LPを眺めて特に感心したのが、「データ共有機能」です。ファイナンシャルプランナーが作成したライフプランを顧客が自分で編集できる機能で、これによって顧客が自分でパラメータを色々と試しながら知識を高め、ライフプランを真に理解し、提案された保障設計に納得できるようになるんじゃないかと推測しています。引き続き、既存のソリューションの調査もしていきたいと思います。