プロコーチに必要な「受容力」とは、“何ができる”ことなのか?
– 受容 –
「受容」は、「聴く」こと、「共感する」こと同様、もしくはそれ以上にコーチングにおいて重要なスキルです。「聴く」「共感する」を下支えするものでもあります。
「聴く」こと、「共感する」ことと明確に違うのは、「受容」はアクション(行動)で表現できるものではなく、心組み(マインド)で対応するものだということです。
誰かに教えてもらって身につくものでもなく、セッションの数をこなして身につけるものでもありません。
では「受容力」とはどんな力なのか、何ができれば「プロコーチとしての受容ができている」ということになるのか、「どうすればその力を向上させることができる」のでしょうか。
受容力とは
『受容力』とは、クライアントのすべてを受け容れる力です。
「すべて」とは何でしょうか。
それは、価値観・心理思考・言動・強み弱み・そして罪・過ち・存在のすべてです。
「受け容れる」とはどういった状態のことでしょうか。
冒頭にも書きましたが、「受容した(受け容れた)」ことはアクションで表現できません。クライアントに対して表現するものでもありません。そのため「こうすればよい」といった明確なものはありません。
しかしひとつだけハッキリと言えるのは、クライアントを受容することが困難な場面では、コーチングセッションはまったく機能していないということです。
クライアントを受容することが困難な場面
「クライアントを受容することが困難な場面」とは、どのような場面でしょうか。
わかりやすい事例で説明します。例えば、クライアントが下記のような発言をしたとします。
Aさん:「だってね、お客さんが悪いんですよ。僕はできることはやりました。コーチと話したこともすべてやりました。これ以上何をしろって言うんですか。大体ね、コーチが言ってたことはなんの結果もでないじゃないですか。」
このような発言に対して、「まったく間違ってる!」「全然わかってない!」または「何甘いこと言ってるんだ!」など、クライアントに対して「怒り」や「苛立ち」「判断(あなたが悪い)」や「否定(間違っている)」といったネガティブな感情を、コーチが持ってしまう場面があります。
このあとコーチに起こる心理として、クライアントを「否定したい」「間違いを指摘したい」「正したい」「やり方を変えたい」、はたまた「もうこのクライアントのコーチングはしたくない」などといったものがあると想像できます。
当然ながらコーチはこの瞬間から、「聴く」こともできず、「共感」することもできず、寄り添うこともできない状態、つまり『コーチングができない状態』に陥っています。
このネガティブな感情を抱えている状態、そしてクライアントに対して「●●したい」「●●したくない」といった欲が、無意識有意識関係なく発生している場面、そのときが「受容が困難な場面」です。程度の差はあれ誰しもが経験したことがあるはずです。
『受容力』があれば、何ができるのか
繰り返しますが、『受容力』とは、クライアントのすべて「価値観・心理思考・言動・強み弱み・そして罪・過ち・存在のすべて」を受け容れる力です。
先ほどの事例を例にとると、あの発言をしたAさんの発言を、Aさんの発言に至った心理思考を、Aさんの存在そのものをすべて受け容れるということです。
ここで「コーチの赤本」からひとつの則を記します。
〈第52則〉
クライアントの自覚するネガティブ、クライアントがアウトプットしたネガティブ、それらすべての言動、思考心理を許せ。罪悪感や自己嫌悪感を伴ったその心理を許せ。寄り添い、心から許せ。クライアントが戸惑うくらい許し、受け止めよ。そして、アウトプットしたそのクライアントの勇気を讃えよ。感謝と共に、心から讃えよ。ただし、クライアントがそこにとどまることは良しとするな。
もしAさんの発言を『受容』できていたとしたら、コーチがコーチングをし続けることができていたら、Aさんはコーチに、より強い信頼感と安心感を抱くでしょう。そして、自分の中の他責に気づき、その他責の元にあるのは自分の目標に対する強い想いであることにも気づくでしょう。そして、自らさらに力強く前進したい欲に駆られる可能性があるのです。
『受容力』とは、コーチがプロコーチとして、常にベストなコーチングをするために一番重要なものであるという認識をもち、高めるべきスキルなのです。
『受容』できず、コーチングが機能しなくなるとは
コーチがクライアントを『受容』できなくなるのは、大きくふたつの場合があります。
ひとつは、セッションのその場に、コーチがコーチ自身の価値観を持ち出し、クライアントの価値観と比較し、「差違を感じた時」。
そしてもうひとつは前述のような、クライアントの言い訳や逃げる心理、甘えや攻撃心、虚栄心、ポジショニング心理などといった「ネガティブな感情」をコーチが感じた時。
これら両方を私のひとつの体験からお話します。
* * * *
私がコーチングを仕事としてスタートしたばかりの頃のことです。関西に本社をおく法人クライアントの、ここ最近力をつけ始めた20代後半の営業マンBさんとのセッションでの一場面です。
私:「Bさん、先月の達成に続き、今月も達成ベースですね! 最近の表情や声の調子からも以前より明らかに自信がついてきたことが伺えます。姿勢にも表れていますね。それらもさらに売り上げを伸ばすことに繋がっているんでしょうね。それ以外にBさんが自覚されている最近活かせているご自身の強みはどんなことですか? 3つほど挙げてもらえますか?」
Bさん:「3つもないですけど、売り上げを上げるのは簡単というか、売り上げを上げるコツはわかりました。客をコントロールするコツというか…。」
このBさんの「売り上げを上げるのは簡単」と「客をコントロールする」の発言と、それを語るBさんのその表情にすでに私の感情は反応し始めていました。続けて、
Bさん:「要は、客が何を言われれば喜ぶかを探って、タラし込めばいいんです。客が喜ぶ人間を演じればいいんですよ。あとは僕が本気を出したってことくらいですかね。」
私自身も過去に営業マンだったので、営業に関して私なりのやり方やポリシー、価値観があります。“あるべき営業マン”の“正しい姿”があったのです。その領域での、私の中の“正解”かつ“正義”です。
このBさんとの会話の中で、かつて私が営業マンとして売り上げを上げるために努力を続け携えたもの、そしてクライアントを優先し大切にする想いを否定され、加えてBさんのそのお客様たちが彼に馬鹿にされていると感じ、「怒るに値する!」と判断したのです。
さらにこの場面で私は、彼の「売り上げを上げるのは簡単」と「僕が本気を出したってこと」の発言とその表情を見て、Bさんの虚栄心と傲慢さ、そして言い訳を見たのです。
自分の価値観(正解・正義)とBさんの価値観の差を感じた上に、Bさんのネガティブの両面を見ることで、私はBさんを受容することが困難になったのです。
その後、私はBさんを是正(矯正)すべくアドバイスっぽい説教をしていました。きっと私の表情も怖かったに違いありません。Bさんは反論もせず聞いていました。怯えていたのかもしれません。
完全にコーチングではありません。
* * * *
通常時はもとより、このような受容力が低くなる場面でも、どうすればクライアントをしっかりと受容できるのか。これはどのコーチもが乗り越えなければならない、大切な、感謝すべき「壁」です。この壁を乗り越えた『受容力』こそが、本当の意味でプロコーチに必要な3つ目のスキルだと私は考えています。
コーチ自身が自分のネガティブをよく知り、向き合うこと
人は自分のとても大切にしてきた領域においては特に、自然と他の人の価値観と比較してしまいます。
そして、自分の価値観(正解・正義)と大きく対極した違いを見つけると、「まったく間違ってる!」「全然わかってない!」とか「何甘いこと言ってるんだ!」などと怒りや苛立ちなどのネガティブ感情を持つと共に、是正したい欲に駈られる、もしくは遠ざけたくなる、つまり「存在否定したくなる」のです。
Bさんの虚栄心と傲慢さ、言い訳心に、私が「怒り」の感情を持つに至ったロジックは実にシンプルでした。それは私の中にも『虚栄心』と『傲慢さ』『言い訳心』があるからです。私自身がよく知る、馴染みの心理だからこそ気づき、反応し、それを直ちにBさんの中に見つけることができたのです。
クライアントにネガティブを見つけて受容することができない原因は、
ひとつに自分自身のなかにも同じようなネガティブが存在しているのに、その存在にまだ気づいていない。
次に、気づいてはいるが向き合えずに、相手に自分を重ねて嫌な気持ちになる。
またはかつて自分の嫌いな部分として向き合い、苦しい思いをして手放したが、他人にそれを見ると過去の自分は忘れ、「まだそんなもの持っているのか!」「いつまでそこにいるんだ!」の怒りが湧く。
この3つのどれかです。
「自分が“反応”していることに気づくこと」、さらにコーチ自身の中でこの3つのうちの「何が起こっているか」に気づき、それらを受容、つまり「自己受容」することが、クライアントに対する受容力を向上させるために重要なことなのです。
Bさんとのセッション時の私は、ひとつ目と3つ目が合わさった状態でした。
私はBさんとのその出来事以降も、数多くのビジネスパーソンとのセッションで実にさまざまな心理に出会い、ときに受容の妨げになりました。
そしてその都度、これからのすべてのクライアントにさらに良いコーチングを提供するために、自分と向き合い許す、もしくはリフレーミングし手放してきました。そしてこれからも、まだまだ向き合うべきものとたくさん出会うことでしょう。
自己受容は簡単なことではありません。今も昔も、自分に向き合い許し、手放すことは苦しく、痛みを伴うものです。
しかし、それを乗り越えた先にあるさらに素晴らしいものの存在と、担当コーチのさらなる成長を望むクライアントの存在、クライアントのそのニーズが私にそれを続ける勇気を与えてくれています。
今では、他の人に自分が過去に向き合ってきたネガティブ心理を見ると愛しさすら感じます。この状態こそが『受容』できている状態だと考えています。
最後に「コーチの赤本」からひとつの則を記しておきます。
〈第114則〉
多くの人、さまざまなタイプ、さまざまな立場の人とセッションをせよ。
そして、さまざまな心理、思考、感情、想いに触れよ。持ち得るかぎりの受容と許しをもって、たくさん触れよ。触れさせてもらえ。
すれば、さらに受容的になり、いつしか、手に持っていたモノサシが無くなっていることに気づくであろう。人は受け容れられてからでしか前に進めない。
クライアントの前進には、目の前の、何をも許す、何をも受け容れる寛容なコーチの存在が必要なのだ。
以上が、プロコーチに必要なスキルの3つ目となる「受容力」です。
* * * *
本コラムでは、「プロコーチとして生計を立てるために最低限必要なスキルとマインド」をテーマに、5回に分けてコラムを連載しています。
これらは、プロコーチとして生計を立てるために必要な
クライアントを獲得し
その契約を継続する
この2つを実現するために、最低限必要なスキルとマインドだと考えており、これらについてしっかり理解しておくことが、『プロコーチとして生計を立てる』ために必要だと考えています。
プロコーチとして生計を立てるために最低限必要なスキルとマインド
①スキル1:- 聴く力 –
②スキル2:- 共感力 –
③スキル3:- 受容力 –
④マインド:“クライアントのため”の一貫した強いマインドが作る『プロコーチの在り方』とは
⑤プロコーチ自身が、お金を払ってコーチングを受けることの必要性
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