父の血筋
父の家族について、僕が知っていることは極めて限られている。そのうちの一つは、それがもう、「家族」として機能していないことだ。他に分かることと言えば、父には少なくとも三人以上の兄弟がいて、うち一人は妹だった、ということ。そして、僕は生まれて間もない頃、その人と会ったことがあるらしい、ということ。他に知っていることはない。
父は何も語らない人だった。沈黙の使い道を熟知していたし、それは、少なくとも僕が幼い頃にはうまく機能していた。しかし、今になって僕は首を傾げることが多々ある。彼は、単に他のコミュニケーションの手段を持ち合わせていなかっただけではないのか?と。今の僕がそのような事情で沈黙に頼ってしまうように。
さて、僕はそんな父の血の影響を時折強く感じる。言葉や指示によって僕を形作ることが全くと言っていいほど無かったはずの父に、僕は、なぜかあまりに似てしまっているからだ。
例えば、僕の悪い性質の一つに「目上の人と喧嘩してしまう病」がある。去年、某省庁に二週間ほどインターンに行った際、いわゆるキャリア官僚の偉そうなおっさんと口論になり、思いっきり頭を叩かれた。目撃者は七人ほどいたので、僕がそのことをSNS上に挙げるなり事務に報告するなりしていたら、どうなっていたのだろう?と今でも思う。もっと遡れば、僕は親や学校の先生、あるいは先輩に反抗してきたし、生まれて初めての骨折は(以降九回に渡って骨を折るのだが)上級生との喧嘩だった。
父の過去を紐解けば(紐解ける手段がある)、父にも同じような欠点が有ったことに気づく。例えば、父はある大手企業に入社した三ヶ月後、直属の上司に上天丼を投げつけられて退社している。上天丼、というところがなんとも言えずおかしい笑
他に、我々の似通っているところとして、「小説を書いている」というところがある。僕の父は売れない小説家をしている。(だから、僕は彼の自伝的小説や、エッセイを読むことで寡黙な父について知ることができる)。僕みたいに半ば冗談で自称小説家をやっているわけではなく、彼の書いた本はちゃんとした出版社から出ているし、地方新聞とはいえ、連載を持っている(いた)。それだけでは暮らしていけないので他の仕事——いかにも「売れない小説家」が従事していそうな仕事だ——と掛け持ちしている。
僕も、なぜか、こうして小説を書いている。売れるわけでも、友達が多くできるわけでもないのに。これは、父の血の影響なのだろうか?と時々考える。これは、僕が望んだものなのか、それとも、父の血がそうさせているものなのだろうか?
もちろん、この問いに答えはない。どこまでが自由意志で、どこからがそうでないのか、という線引きができないからだ。それでも、僕は、例えば父の最も好きな百人一首が七十七番目の崇徳院の歌で、僕も同じものを最も好んでいたと知ったとき、ふと、僕らはあまりにも似通り過ぎていると思わずにはいられなかった。
・
そんな父の現状について考察することは、自分の未来を占うことに限りなく近い、と最近は思うようになった。(それまではそう思いたくなかった)
彼は、少なくとも僕という一人の人間を成人するまで育て上げることができた。であれば、僕もまた、一人くらいであれば、子供を育てていくことができるのではないか?と。
ただし、父の作り上げた家庭は、決して明るいものではなかった。僕は中学生でサステナブルな家出(寮のある進学校に入学する)をしてから、ろくに実家に帰っていない。「ホームシック」に悩む人を見るたびに僕は、彼ら(あるいは彼女たち)をとても羨ましく思った。なぜなら、少なくとも彼らが所属していた家庭は、外に出てしまうと「シック」になってしまうほど、暖かいホームだったのだろうと思うからだ。僕は生まれてこのかた一度もホームシックになったことがないし、これからだってならないのだろう。
さて、話を元に戻す。果たして僕は家庭を持つことができるのだろうか?と考える。父の現在を参考に。今の僕には社会人4年目に差しかかる恋人がいるが、彼女は「アラサーになったら、婚活をはじめる」と僕に宣言してくれている。「それまでに、新山君がまともな人間になれなかったら、私は誰か他の人を探しはじめる」と。予め言ってくれるところに、僕は彼女の優しさを感じる。
僕がまともな人間になるまでには、数多くのハードルがあることは分かっている。情けないことに、そんなものは目指しても仕方がないんじゃないか、という敗北主義に陥りそうになる。それでも、僕はたまに父のことを思い出す。あまり明るい家庭とは言えなくても、少なくとも彼は一人の人間を成人するまで育てられたではないか、と。
僕にも同じことができないだろうか?とたまに思うことで、敗北主義や、自己放棄がもたらす静けさから、なるべく遠ざかろうとする。死んでこの太平を得るのは、もう少しだけ、先でもいいじゃないか、と。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?