あのころ夢見ていたようには生きられなかった大人のための私立恵比寿中学入門
TSUKURUBA Advent Calendar 20日目の記事です。
2021年末にツクルバに転職してからの一年を振り返ってみると、とにかくたくさんの打席に立ったなという充実感があります。
新サービスのリリースにクリエイティブディレクターとして携わり、その後も様々な媒体でのプロモーション効果を最大化すべく、クリエイティブジャンプのために手もアタマもいっぱい働かせました。
30代の半ばをとうに過ぎても、日々チャレンジの連続だなと思いますし、たくさんのアウトプットを通じて世の中にクリエイティブの価値を問う仕事というのはいつまで経ってもやめられない止まらない…… そんな感慨に浸る年の瀬です。
さて、2022年にもっとも多作だったアイドルといえば私立恵比寿中学(通称エビ中)であることに異論を唱える人はいないでしょう。
今年メジャーデビュー10周年を迎えた彼女たちは、セルフタイトルアルバム『私立恵比寿中学』を皮切りに10作のシングル/アルバムを立て続けにリリース。恒例行事である夏の野外ライブ「ファミえん」、秋の生演奏ライブ「ちゅうおん」だけでなく、全10公演の対バンツアーやユニットライブなど異なるコンセプト・異なるフォーマットのライブにも挑戦し続け大忙し。
そして去る12月16日・17日には、12年にわたりエビ中を支え続けてきた功労者にして絶対的エース・柏木ひなたの卒業公演と、厳しいオーディションを経てグループに加入したゴールデンルーキー・桜井えま/仲村悠菜のお披露目ライブを立て続けに行うなど、体制面での大きな変動を素晴らしいエンターテインメントに昇華した一年でもありました。
…… と早口にまくしたてたものの、エビ中に関心のない読者諸賢におかれては「よくあるアイドルグループの、よくある一年」という感想しか浮かばないことでしょう。悔しいけれどそれも仕方がない。私には私の好きなものがあって、あなたにはあなたの好きなものがある。お互いの趣味嗜好が交わることはなくとも、それぞれの「好き」を後生大事にしていれば良いのです。
いや、正しくはそれで良かったのです。去年までは。
2022年現在、なぜあなたが私立恵比寿中学というアイドルグループを見過ごすことが許されないのか。その理由は、日本のポップ音楽史にその名を残すべき大傑作シングル「へロー」に集約されるでしょう。
この曲は、「私立恵比寿中学」というアイドルグループのたどった数奇な運命を4分という時間に凝縮したかのような曲であるとともに、いまを生きるすべての少年少女・紳士淑女の "人生のサウンドトラック" を飾るレベルの普遍性を持った楽曲でもあります。少なくとも、私が人生の卒業式を迎える日には出棺の合図として「ヘロー」を流すことが決定しました。皆さんのお葬式にもどうですか?
そこで以下では、「へロー」という楽曲に見事に結実した私立恵比寿中学のここ数年の歩みについて、「エビ中は人生」という古代インドのことわざを念頭に置きつつ解説していこうと思います。
(時間がないというあなたのために、本稿のplaylistを貼っておくので聴いてくださいね。約束だよ。)
エビ中 = 説明しにくいアイドル
「勤労・納税・エビ中」…… 日本国民の三大義務にも数えられている私立恵比寿中学ですが、では実際に彼女たちがどんなアイドルグループなのかと言えば、それを説明するのはとても難しい。
そもそも「永遠に中学生」というグループコンセプト、ひいては「私立恵比寿中学」というグループ名はいずれも「幼さ」や「未成熟さ」を想起させるものであり、最年長メンバーの真山りかが今年で26歳を迎えたグループの実態と乖離しているのも確かです。
グループ名をめぐる葛藤はメンバーの口を通じてもしばしば語られてきましたが、パフォーマンス面での成長・楽曲面での深化を続けるグループの歩みを、自らの名前が裏切っているような自己矛盾がそこには確かにあるのです。
しかし、2017年には「エビ中ってなんか説明しづらいけど見とかなきゃ損なグループなんだって」というツアータイトルを引っ提げて全国を回るなど、近年のエビ中は自らの「説明しづらさ」を自覚的に引き受けた上でグループとしてのあり方を模索しているように感じられます。
そして、近年のエビ中が味わい深い楽曲・パフォーマンスを連発している理由は、そうした根源的な曖昧さを引き受けた結果なのではないかというのが私の考えです。とりわけファンの間で「6人時代」と呼ばれている2018年〜2020年は、「永遠の中学生」という矛盾と本格的に向き合うことで、エビ中がその世界観を一気に深化させた期間でした。
痛みと成熟の6人時代
「祇園精舎の鐘の声 恵比寿に苦難の響あり」…… 平家物語の冒頭にも綴られている通り、メジャーデビュー後の私立恵比寿中学の歩みは苦難と痛みに満ちたものでした。
2012年のメジャーデビューから間もなくさいたまスーパーアリーナのステージを飾るなど、華々しい快進撃を見せていた日々も今は昔。グループの勢いは踊り場に差し掛かり、2017年2月8日にはメンバー・松野莉奈の急逝というグループ最大の悲劇にも見舞われます。
そして2018年、これまでグループの「顔」としての役割を担っていた廣田あいかの脱退とともに6人での活動をスタートさせた私立恵比寿中学は、気迫のこもったライブパフォーマンスを連発しファンを熱狂させる一方で、世の中で取り上げられるのはメンバーの大怪我・重病発覚などの度重なる不幸に関するニュースばかり。
筆者個人がエビ中の本格的なファンになったのはこの時期なのですが、2019年あたりを境に、悲壮感・閉塞感のようなものをステージ上に感じ取ることが増えていったように記憶しています。6人体制の真価を意地でも証明したいメンバーたちの覚悟と、世間からの関心のあいだには悲しい距離があり、ファンとしても「なぜこの6人が報われないのだ」というもどかしさが募るばかりでした。
この時期に訪れた重要な楽曲的変化は、それまで(中学生らしい)元気なトンチキソングで知られていたエビ中が、そういった空気を内面化してか、極めて内省的でシリアスな楽曲を歌うようになったことです。
たとえば川谷絵音プロデュース曲である「トレンディガール」には、次のような歌詞が登場します。
所謂「アイドル戦国時代」の真っ只中に生まれ、一気にスターダムを駆け上がるかと思われたデビュー当時のエビ中からは考えられないような、夢から醒めた後のドライな空気感が漂う歌詞。
今年グループを卒業した柏木ひなたが「自分たちには誰も味方がいないんじゃないかと思った」と当時を振り返ったように、エビ中にとっての6人時代とは、「華々しい〈成功〉への期待と幻滅」に無情にも直面させられた時代だったのではないかと思います。
そして光明の見えない踊り場でもがき続ける6人の姿は、2019年末に「ジャンプ」(石崎ひゅーい詞・曲)というグループにとっての代表曲を生み出すこととなります。
あどけない夢と、残酷な現実。おとぎ話と心臓のドラマ。「あのころ無邪気に夢見ていたようには生きられなかった」という現実を受け入れることで「永遠の中学生」からの成熟を余儀なくされたエビ中は、アイドルポップの金字塔と言うべきアルバム『playlist』で、これまでになく豊かで複雑な陰影を帯びた楽曲群を世に問うこととなります。
しかしその音楽的充実とは裏腹に、「ジャンプ」でメインパートを任された安本彩花の心身の不調による休養、コロナ禍への突入など、エビ中への逆風が吹き止むことはありませんでした。
さらには2020年に復帰した安本彩花が、今度は悪性リンパ腫によりまたも離脱。私自身、「推しが癌になる」という現実をどう受け止めていいのかがわからず、「なぜ、よりによってエビ中だけが……」と打ちひしがれたような気分になりました。
病気を公表する直前に行われた安本彩花のソロライブでは、病の恐怖に蝕まれながらも自分を奮い立たせるかのように「ジャンプ」をアカペラで熱唱。
およそアイドルらしからぬ「実存むき出し」のステージに、人生で指折りの衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。
脱皮と懐古の9人時代
2021年、YouTubeチャンネルでの年越し生配信を行ったエビ中は、配信内で突如新メンバーオーディションの開催を発表。
メンバーが全員成人を迎えた「永遠の中学生」は、同5月に中高生の新メンバー3人を追加した9人体制で再始動を切りました。
今後も息の長い活動を続けることを見据えての体制変更となりましたが、4月には苦しい病気との闘いに打ち勝った安本彩花の寛解報告が届いたばかり。苦難に満ちた6人時代への思い入れを強く残していたファンコミュニティの中ではこの変化に抵抗するような声も少なからず上がりましたが、新メンバーの魅力的な個性が花開くにつれ、少しずつエビ中界隈に明るい空気が漂いはじめたのもまた事実です。
中でもファンの間に歓喜を呼び起こしたのは、急逝した松野莉奈の誕生日である7月16日にFIRST TAKEで披露され、安本彩花の復帰後初パフォーマンスともなった「なないろ」でした。
「I am the resurrection and the life.(エビ中は復活であり生命である)」というヨハネの福音書に刻まれた聖句を体現するかのような安本彩花の感動的なカムバックに加え、新メンバーたちの若々しい息吹を新たに取り込んだグループは、その夏の配信シングル「イヤフォン・ライオット」でそれまでの重苦しい空気を打ち破るかのように「明るいエビ中」が健在であることをアピールしてみせました。
その年の年末ライブ「エビ中 Reboot」では、古いアイデンティティーを脱ぎ捨てることでグループの歴史を「Reboot(再起動)」する、いわば「強くてニューゲーム」的な迫力あるパフォーマンスを披露。
生き馬の目を抜くメジャーアイドルシーンで戦い続けた十年選手たちと、初々しい新メンバーとではパフォーマンスの地肩の強さにこそ差はあるものの、これから何度目かの黄金期を迎えるであろうワクワク感を強く感じさせるライブとなりました。
こうしてフレッシュさを取り戻した9人体制ですが、その一方でファンと同じように、先輩メンバーの中にも「6人時代を正しく終わらせられていない」という未練をしばしば感じられたのも確かなことです。
メンバーのインタビュー等を通じて知るかぎりでは、それは大人っぽい楽曲に挑戦した6人時代の路線に、まだあどけなさを残す新メンバーたちがどう溶け込んでいけばいいのかというパフォーマンス面の課題だけでなく、悲喜こもごものエビ中の歴史を共有している成年メンバーと、まっさらな10代のメンバーたちとの間でどのように「私立恵比寿中学」というアイドルグループの自画像を作っていくかという迷いもあったといいます。
そして2022年の春にリリースされた7thアルバム『私立恵比寿中学』は、9人時代のフレッシュでポップな空気感の中に、「痛み」と「喪失」を伴う過去への愛着が見え隠れするような、不思議な魅力を持ったアルバムでした。
たとえばリード曲である「ハッピーエンドとそれから」は、初恋のノスタルジーをモチーフに「大人になった私たちは、過去の時間とどう折り合いをつけるのか」というテーマについて歌ってみせた曲です。
この曲の他にも、「大人になった」というフレーズはアルバムを通して連発されるのですが、その裏側にはどこか “永遠の中学生” にとっての「少年期の喪失」のようなメランコリックな香りが感じられるのです。
そして私立恵比寿中学というグループの歩んだ苦難の歴史を念頭に置いたときに、もっとも感動を覚えるのがキタニテツヤプロデュース曲「宇宙は砂時計」です。
あの頃夢見ていたような大人になれなかった “永遠の中学生” によるメランコリックな独白を聴いているようなこの曲は、新メンバーの加入によって再起動したはずのエビ中が、それでもなお過去の磁場に縛り付けられていることを物語っています。
ホワイトアルバムをオマージュした真っ白なアルバムジャケットよろしく過去も未来も白紙にして、砂時計をさかさまにするように自分たちの時間を「やり直す(reboot)」ことを夢想する…… これが逆説的にも、痛みと喪失を伴う過去の記憶への愛着を加速させているような、そんな不思議な一曲なのです。
そして黄金時代は繰り返す|人生哲学としての私立恵比寿中学
グループを支え続けた絶対的エースの卒業と、さらなる新メンバーの加入という2つの大きなイベントが同時並行的に進んだ2022年は、エビ中にとって「あのころ」と「これから」がつねに二重写しにされたような一年でした。
そして12月17日、幕張メッセイベントホールで行われた年末ライブでは、加入後初ライブとは思えないパフォーマンスを見せた2人の新メンバーの輝きもあり、10人体制での力強いスタートを切りました。
そしてその舞台で最年長の真山りかの口から「エビ中として再びさいたまスーパーアリーナのステージに立つ」という新たな目標が発表されることに。はじめてSSAの舞台を踏んだ日から10年近い月日が流れ、メンバーとの死別を筆頭とするさまざまな苦節とともに ”踊り場の青春” を経験した真山のこの発言に、私は再上場を目指す老舗ベンチャーの気概のようなものを感じ取り胸が熱くなりました。
そしてそれは夢物語でもおとぎ話でもない。なぜなら、私立恵比寿中学にとっての絶対的な黄金時代というのはデビュー当時でも8人時代でも6人時代でもなく、卒業した柏木ひなたが「いつだって最新の私立恵比寿中学が最強の私立恵比寿中学」と語るとおり、「いま」だからです。
エビ中はメジャーアイドルとして駆け抜けた10年間を通じて、合計200曲近い楽曲をリリースしましたが、今なお魅力的な楽曲を生み続けているのはもちろんのこと、体制の変遷のなかで過去曲が新鮮に蘇るような瞬間にも何度も立ち会いました。これからも私たちに数々の名曲を届けてくれるでしょうし、胸を熱くするようなライブパフォーマンスを見せてくれるでしょう。
エビ中の歴史が続くかぎり、黄金時代は何度でも繰り返す。その物語の通過点として、彼女たちは必ずSSAのステージに返り咲くはずです。
ここでようやく話は「へロー」に戻ります。
この曲には、成年メンバーの円熟した歌声と10代メンバーのあどけない歌声のコントラストを通じて、人生を彩るカラフルなシーンたちがぎゅっと凝縮されている。
そしてそれは、「あのころ」と「これから」が、「少女時代」と「大人になった私たち」が、それぞれ背中合わせに交錯するいまの私立恵比寿中学だからこそ歌えることなのです。
飛び立った矢のごとく、景色を目まぐるしく変化させながら決して元に戻ることはない時間。
青春時代に漠然と大人になることに憧れた私たちが、その過程で何かに怯え・傷つきながら、過ぎ去った無垢な季節のことをふと懐かしむことがあったように、大人になった私たちもまた、不確定な未来と、取り返しのつかない過去との間で宙吊りにされた「いま」を生きているということ。
「句読点も打てない」くらいに浮き沈みを繰り返す人生の中で、この宙吊り状態をネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるかはその日の気分次第なところもあり、いまこの瞬間における解釈はあまり意味をなさないのかもしれません。しかし、意味づけをすり抜けるように曖昧な「いま」を積み重ねながらも、一度きりの人生を愛することはできるのです。
「へロー」はそんな最大限の人生賛歌であり、私たち自身の人生と引きつけて聴けば聴くほど、やはり「エビ中は人生」という感想しか浮かんでこなくなるのです。
ああ、一日でもはやくエビ中には爆売れしてほしい。いや、べつに爆売れしなくてもいいから皆んな幸せになってほしい。そのためにもやっぱり爆売れしてほしい…… 堂々巡りになってきたところで筆を置きたいと思います。
そうだ、恵比寿で働こう
危うくこの記事が自社のアドカレであることを忘れるところでした。
筆者の所属する株式会社ツクルバではさまざまなポジションで採用を行なっています。カジュアル面談も行なっていますので、気になる方は採用ページをご覧ください!