『けん玉ハウス』01 | 古民家でシェアハウスをすることにした
古民家でシェアハウスをはじめたので、その経緯と日々のできごとについて書くことにしました。
通称”けん玉ハウス”。(名前についてはまた改めて)
今回は「どんな家なのか」「なぜシェアハウスにすることになったのか」を
ここに住むと決めた日からを振り返りながら書いてみます。
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2020年8月
建築家の友人にけん玉ハウスの改修のお願いをした。
「持ち家で今はだれも住んでないんですが、そこを改装して住もうかなと思ってまして、近々見に来てくれませんか?」
「おおお。持ち家って、一軒家?」
「そうです。元は祖父母の家なんですが」
「へえー。いいよ、ぜひ見に行かせて」
その頃、私は徳島市内の中心地の賃貸マンションでひとり暮らしをしていたのですが、数ヶ月前にリモートワークに切り替わって、家にいることも多くなり、ずっとしたかった「猫を飼う」ということを本気で考え出していました。
保護猫を見に行って、かわいい子に出会い、お試しで預かる予約までしていました。保護活動をしている人に、自分の部屋の写真を送って、「猫を飼うなら、大切なものは棚の上に置かないようにしてくださいね」などとアドバイスを受けたり。
そうしてリアルにこのマンションの一室でどのように飼うのか想像して思うのですー
この部屋で猫を飼うのはどうだろう…
1K、11畳。ペット可。大家さんに猫を飼うことの許しを得ていて、猫が飼えるからこの部屋を選んだところもあったけど、ここにきて思うのでした。猫にはもっと広い家がいいかもしれないと。
その時に「けん玉ハウス」が頭によぎりました。
「けん玉ハウス」というのは母の実家で元祖父母の家。今は誰もいない。
これが結構、難クセのある家でした。
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実家から数軒はなれたところに「けん玉ハウス」はあります。
6年くらい前まで祖父と祖母が住んでいたけれど、二人が亡くなってからは、母やわたしはここをフリースペース的な使い方をしていました。
電気や水道、テレビなどはつないだままにしていたので、家としての機能は満たしていました。
母は時々、掃除にいったり、友人たちを招いてパーティーをすることもありました。わたしもWi-Fiも通して、仕事場として活用したり、阿波踊りの時期などは友人に宿泊場として貸すこともありました。
そんな家だけど、「住む」のには覚悟がいりました。
広さでいうと
1階は…和室(6畳)×2部屋、応接間(4.5畳)、キッチン
2階は…和室(6畳)×1部屋、洋室(6畳程度)×2部屋
の6DKになるだろうか。
今や4LDK以上の広さの家を買う人はあまりいないと聞いたことがあります。。
築年数は60年。
木造で古民家といった感じだけど、改修を何度か行っていて新旧混ざった造りをしています。お風呂の扉は、初期からかわってないと思われる「木の扉」だけど、応接室は「レトロモダンな天井」だったり、キッチンは新しめのシステムキッチンだったり。
一番難儀なところはお風呂。お風呂の中に洗濯機置き場があるのです。
おまけに祖父は電気工事の免許を持っていて、自分で色んなところにコンセントをつけていました。6畳間に3つは必ず。棚などの家具につけているところもあって、泊まりに来た友人のほとんどがそれをツッコんでくれるほどでした。
わたしは2年前に実家を出て、ひとり暮らしをはじめましたが、母はわたしに「ここで住んだら家賃いらないのに」とこぼしていました。
だけど、
1.ひとり暮らしには広すぎる
2.中途半端に古い
3.実家との距離
これがデメリット。
この家に魅力がたくさんあることも知っていたけれど、住むならまずは片付けきれてない古い家具や家電、自分の生活に合わないモノ、たとえば食器などを処分しないといけないし、新旧混ざった造りを処理しないと自分の納得する住まいにはならない。それにはお金も気力もいる。せっかくひとり暮らしをするのに、今住んでいる場所と環境がかわらないというのも嫌でした。より中心地に住むことで会社や好きな服屋や喫茶店、飲み屋などが近くなるので、その方が魅力的に映ったのです。それで中心地に近い賃貸マンションに住むことになりました。
しかし、猫をきっかけに、「けん玉ハウス」で住むことが選択肢として急浮上するのだからわからないものですね。
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2年前から住んでいた賃貸マンションは家賃6万。広さの割に高い部屋でした。ペット可で中心地という条件ではここが一番よかったし、気に入っていました。しかし、猫のことを考えた時、6万円という家賃、1年間住めばいくらか…。その分古民家「けん玉ハウス」を改修して住んだほうが、猫にも広いし、現実問題、手術代や空気清浄機など猫を飼うための初期費用も必要だなと、経済的な不安が押し寄せました。
旅行で長く留守にするとき、実家近くだと猫の世話を頼みやすいということも想像しました。
それから何度か「けん玉ハウス」に行き、本当に住めるのか、リノベーションするなら限られた予算内に何をするか、1ヶ月くらい考えました。
心は決まる
ラッキーなことに仲良しの飲み仲間に建築士がいて、相談した数日後には彼(今後ヒさんと呼びます)と二人で「けん玉ハウス」にいました。
「おじゃまします」
「どうぞ〜」
内覧日の数日前、わたしはヒさんに「けん玉ハウス」の現状で気になるところを箇条書きにして送っていました。
ヒさんはそれを見て、問診票のようなものをつくって訪ねてきてくれました。
「キッチンとお風呂場、トイレの手洗い場は必ずやりたいってところだね。キッチンは図面描かせてもらうね」
「はい〜」
まずは丁寧にキッチンの間取りをかき取っていました。建築士の仕事をするところを間近で見るのはこの日が初めてでした。それもそうか、一生のうちに家を建てる、あるいは家をリノベーションするというのは一度か二度くらいだろうから。
内覧は夜20時ごろから始めて、気づけば23時。
一言で言えば “素晴らしい時間でした”
わたしはヒさんに「けん玉ハウス」の一つ一つの部屋を紹介しながら、気に入っているところや変えたいと思っているところ、祖父母のこと、思い出話をたくさんしました。ヒさんはどれも興味深そうに聞いてくれて、祖父が家の至る所にしていた“わんぱく工事”もおもしろがってくれました。すべて紹介したのちに「おじいちゃん、素晴らしいね」と言ってくれて嬉しかったです。
どのような家にするか、どこを改修するか、一緒に考えました。毎週のように会う飲み仲間だからこそという、生活を理解してくれているから出る提案をたくさんしてくれて、相談してよかったと思いました。ヒさんの提案を聞き「そうそうそう」とうなづきながら生まれ変わる「けん玉ハウス」での生活を想像しました。
二人で動きながらその生活を具体的に想像してみようという話になり
「まず、ここでごはん食べるでしょ」
「そうですね、それでこの部屋でテレビみるかな」
「どこで寝るの?」
「この部屋ですかね」
「この応接室はパソコン作業とかしやすそうだなあ」
そんな想像をしながら、二人ともが気づくのでした。
「ひと作業、ひと部屋いけるなあ。(笑)」
「さみし。(笑)」
と。
「あちゃん誘ったら?」とヒさん。
あちゃん。彼女も同じ年の飲み仲間です。
ここ1年ほどで急速に仲良くなりました。多い時には3日に1日くらいのペースで会うくらいお酒以外の共通項も多く趣味が合いました。
いいかもしれない。
「あちゃんも実家暮らしだし。」
「いつかはひとり暮らしも考えているだろうし。」
あちゃんとの二人暮らしという想像に切り替えて話を進めることにしました。
その時点ではまさか本当にあちゃんが住んでくれるとは思ってもいなかったのですが、その方が楽しそうだったし、そういうわくわくした気持ちで想像したかったのです。そんな流れで「けん玉ハウス」はシェアハウスとして利用する方向で進むことになりました。
ヒさんとの内覧会を終え、ほくほくした気持ちで家に帰り、”次あちゃんと飲みに行く時にシェアハウスの相談してみよう”と思いました。
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長くなりましたが、これが「けん玉ハウス」でなぜシェアハウスにすることになったのかの流れです。
次は、あちゃんが住んでくれると言った日のことを書きたいと思います。よければまた覗いてみてください。