たかがカネのために命を削るような生き方は愚かなことである
「オレたちゃ、根っからの”失業者”なんだぜ」(山下惣一)
からの一文。
なにはともあれ、そうだよな、と思う今この時ですし(私にも差し迫った事情がございまして。。)、さて、この”削る”というのはいったいどのようなことを言うのかなと思ったのです。
”削る”というと、わたしが思いつくのは ”かつお節を削る” とか ”カンナで材木を削る” とかなんです。
どちらも非常に薄~く薄~く削るのがいいとされている気がいたしますが、そうするってぇと、この、「命を削る」っていうのも日々、うす~くうす~く削っているものと思われまして、あんなに薄く削られたら削られるほうは気がつかないんじゃないかと。
気がついたときは手遅れか、もしかするとすでにあの世かも。
まあそれはそれでひとつの幸せな ”逝き方” かもしれないので、否定するものではございません。
”生き方”と”逝き方”は表裏一体、ではなく、同一。
誰かが「生きることと死ぬことは一緒」とか言ってたな~。
今夜のお味噌汁はかつおだしで。