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背のび

 どうも自然科学の進歩ということと、人間の進歩ということを混同しているのではないか。子供の質が親よりも次々にましになっていくのなら、四千年前のものと同質の争いを、アラブとイスラエルで、今もやっているということを、我々は一体どう解したらいいのであろう。(一九六七・六・一〇)

『文明を問い直す ー 一市民の立場より』梅津濟美

 アラブとイスラエルのことはともかく、梅津さんは人間は進歩しない(生物学的にとてもゆっくりとしか進歩しない)ということを言われていて、わたしなどは歴史や古典に詳しくはありませんが、どうやらそのようだと感心してしまうのは、やはり、最近の科学技術の急速な進展についていけていない人間だからでございましょうか。
 ついこの前までは、スーパーのレジでお年寄りがなかなか財布からお金を出せなくて、レジのおばちゃんが代わりに出してあげている、なんていうのを後ろで並んで見ていると、ほほえましかったり、早くしろ~、とついらいらしてみたりして、スマホかクレジットカード使えないもんかねー、などと思ったりしておりましたが、はて、それでいいのんか?
最近はスーパーでもセルフレジの導入が進んでいて、店員が一人か二人サポートで監視しながら数十台のレジに客が各々会計をするようなところも増えておりますが、どうもじじばばにはしんどそうですし、なんだか殺伐とした感じがします。
社会もお店も科学技術で進歩するものの、肝心の人間があまり進歩しないとすると、そこに何かせつないものが発生してくるものなのでしょうか。
若いうちは背のびできても、年食ってくると辛いもので、そもそもできないし、年いってまで辛い思いするのもいやだな~、という気もしますんで、何かいい案はないものでしょうか。
アンパンマ~ン! 

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