深夜のジェスチャー通信:伝わらなかったサイン
夜が更け、そろそろ寝る支度をしていた頃、今日が妻と家具を選ぶ日だったことを思い出した。妻と過ごす時間を楽しみにしていたのに、もうこんな時間だ。焦る気持ちを抑えつつ、周りを見渡してみると、妻はイヤホンをつけて動画に集中している。そして僕は、ちょうど歯ブラシを手に取り、磨き始めたばかりだった。
「どうしよう…」と一瞬迷ったが、ここで動画を止めさせるのも気が引ける。そこで僕は閃いた。昨日の会話で盛り上がったあの家具メーカーのアルファベットを、ジェスチャーで伝えれば、きっと妻もすぐに気づくだろう。これなら邪魔せずに伝えられるし、ちょっとした遊び心もある。
よし、さっそく始めようと、僕はその場で手足を動かし、床に膝をついてジェスチャーを始めた。フローリングの硬さが膝に響くが、ここは我慢だ。まずは「R」から。腕をカーブさせ、何とかそれっぽい形を作る。次に「O」。両手を丸めて輪を作り、少し浮かれた気分で妻に見せる。妻は一瞬こちらを見て、また動画に戻ったが、反応はあったのでまずは安心だ。
そして難関の「W」。手足を使って苦労しながらも、「W」を表現する。どうにかそれらしく見せた後、残りの文字も続けてひととおり形にしてみせると、達成感に満たされながらドヤ顔で妻を見た。しかし、彼女の顔にはただ困惑の色が浮かんでいる。
「伝わらなかったのか?」少し動揺しつつ、もう一度最初からジェスチャーを繰り返す。けれども、妻の表情はますます不思議そうになるばかりだ。何度か繰り返し、ついには息が上がり始めたころ、妻はイヤホンを外し、こちらをじっと見つめながら問いかけてきた。
「えっと…最初の文字、Lじゃなかったっけ?」
その瞬間、僕はすべてを悟った。膝の痛みと疲れた体、そしてジェスチャーにかけた情熱が一気に崩れ去るような気がした。
なんてこった、まさか最初から間違っていたとは。