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東大博士からITベンチャー、そして独立コンサルへ
「キャリアの一貫性がない」と言われても、踏み出す人生に後悔はない
はじめまして。私は東京大学で分子生物学の博士号を取得しながらも、研究職の道を捨て、ITベンチャーへの転職や独立を何度か繰り返してきました。一般的には「せっかく博士を取ったのに」「一貫性のあるキャリアを築くべきでは?」と言われるような道かもしれません。しかし、私自身はまったく後悔していませんし、むしろ「自分にはこのスタイルが合っていた」と確信しています。
本記事では、私がキャリアチェンジを繰り返すなかで抱いた葛藤や不安を包み隠さずお伝えしつつ、「多様なキャリア観」や「一貫性よりも大事だと感じること」を紹介したいと思います。これを読むことで、「自分の進みたい道に素直になっていいんだ」「不安だけれど踏み出してみる価値はあるかもしれない」と思っていただけたら幸いです。
1. 「博士を捨てるなんてもったいない」と言われた日々
私は東京大学の大学院で分子生物学を専攻し、博士号を取得しました。いわゆる「研究一本」できた人間だと思われがちですが、実は高校・大学時代は成績が悪かったり、大学3年で急に研究にハマったり、けっこう“寄り道”が多い学生生活でした。
それでも大学院に進学して学術の道を極めようと努力を続けた結果、
• 有名ジャーナルへの論文掲載
• 日本学術振興会の特別研究員として月額200,000円の奨学金を受給
• 学会発表での受賞
などの実績を積むことができました。しかし、博士課程後半で研究室の外の世界が急に面白く感じられるようになり、ITベンチャーへの転職を決断。多くの先輩研究者や周囲の友人からは「せっかくの博士資格を捨てるなんて、もったいない」「ポスドクやアカデミックに残れば安定した道があるのに」と言われました。
当時の私は、不安でいっぱい。だけど「研究者としての成功」よりも「未知の世界で自分の可能性を試したい」という気持ちが勝ったのです。結果的にベンチャー企業で働く中でAIやプログラミング、コンサルティングスキルを得て、さらに独立する道も切り拓いてきました。今では「一貫性がない」と言われようが、自分で選んだ人生だから納得感は100%──そう胸を張って言えます。
2. キャリアの一貫性とは?──本当に必要なのかを考える
2-1. 「境界なきキャリア」理論との出会い
世間一般で「キャリアの一貫性が大事」と言われるのは、メインストリームの就職観において「特定の専門分野を深掘りし続ける」ことが評価されやすいからだと思います。ですが、キャリア研究の分野ではすでに「境界なきキャリア(Boundaryless Career)」という考え方が提唱されています(Arthur & Rousseau, 1996)。これは、個人が組織や専門領域の境界にとらわれず、柔軟にキャリアを紡いでいくモデルです。
この理論によれば、むしろ同じ組織内・領域内だけで働き続けるよりも、外部の知識や経験を取り入れて個人が成長したり、新しいネットワークを築いたりすることがキャリア形成にとって有益とされています。私自身、「博士からITベンチャーへの転身」という境界越えの経験を通じて、学術世界では得られなかった視点や人脈を得ました。だからこそ今、コンサルタントとして幅広い領域を俯瞰できるのだと思います。
2-2. 学術界とビジネス界の「常識」の違い
博士号を取得した人がアカデミック(研究)を離れようとすると、周囲は「もったいない」と言いがちです。これは学術界において「専門分野に一貫してコミットするのが当たり前」という空気感が強いからでしょう。研究室文化では“一貫性”が裏切られたように感じられるのかもしれません。
一方で、ビジネス界やスタートアップの世界では、「多様なスキルセットや新しい価値観を取り入れる」ことが歓迎される場面が多い。特にITベンチャーやコンサルの現場では「この人は研究というまったく別の観点から面白いアイデアを持ってきてくれるかも」とプラスに受け止められることも珍しくありません。この違いを早く体感できたのは、私にとって大きな転機でした。
3. 何度もキャリアチェンジをして学んだこと
3-1. 研究で培った「問題解決力」はどこでも武器になる
研究者時代の経験で、私が今も大事にしているのは「問題解決力」と「論文を読む習慣」です。分子生物学の研究では未知の現象を追求し、仮説を立て、検証し、結果から再考するといったプロセスを徹底的に訓練されます。これはビジネスでも極めて重要です。たとえばAI導入のコンサルであれ、習慣形成のアドバイスであれ、根本の問題が何かを探り、解決策を組み立てる力は、研究経験で磨かれた部分が多いと感じます。
実際、2020年代に入り「博士のように深い専門性を持った人材」が企業で重宝されるようになってきたというのもあります。組織はイノベーションを求めており、従来の常識だけでは突破できない課題に取り組まざるを得なくなっているのです。
3-2. 「やりたいこと」と「稼げること」の接点を探す
キャリアチェンジで怖いのは、「好きなことをやりたいけど、お金が稼げなかったらどうしよう」という悩みです。私も最初は「博士号を捨ててベンチャー行って、本当に食べていけるのか?」という不安がありました。ですが、実際に飛び込んでみると、研究で身につけたスキル(メカニズムの理解、論理的思考、海外文献リサーチ力など)が思いがけず評価され、徐々に自分の立ち位置が確立していきました。
その過程で気をつけたのは、「自分がワクワクできる領域」と「社会や顧客が価値を感じ、お金を払ってでも解決したい問題」の交点を見極めることです。心理学で言う「フロー状態(Csikszentmihalyi, 1990)」を起こせるほど好きなテーマで、かつビジネスとして成り立つものを探す。ここが軸としてブレなければ、キャリアチェンジしても自分の核は失われません。
3-3. 不安を乗り越えるメカニズム:自己効力感と小さな成功体験
キャリアチェンジのたびに不安はつきまといました。特に「失敗したらどうしよう」という恐れは大きいですよね。この不安を克服するために役立ったのが、自己効力感(Self-efficacy) という概念です。自己効力感とは「自分は行動を起こせるし、必要に応じて対処できる」という感覚のこと(Bandura, 1997)。この感覚を持てるかどうかで、チャレンジに踏み出すハードルが下がります。
では、どうやって自己効力感を育むか。私の場合は「まずは小さなタスクや目標をクリアしてみる」ことでした。ITベンチャーに転職したばかりのころは、業界知識も浅かったので、1週間で小さなセミナースライドを作る → 社内で発表する、といったステップを積み重ね、少しずつ「やればできる」と思えるようになったのです。結果として次の大きな一歩に踏み出す勇気が湧きました。
4. 一貫性より大事にしている3つの軸
4-1. 好奇心と「ワクワク」を重視する
私にとって最も大切なのは、「好奇心をかき立てられるか」という点です。研究でもビジネスでも、未知を解き明かすワクワク感がモチベーションの源泉でした。一見すると「研究もビジネスも別物」と思われるかもしれませんが、どちらも「複雑な仕組み」を原理原則から理解し、新しいアイデアを生み出すプロセスに共通点があります。
ワクワクすることは、ただの楽しさ以上に「継続性」を高めてくれます。ハードなタスクや困難な局面も、「これを乗り越えたらどんな景色が見えるんだろう」という興味があれば踏ん張れます。実際、私は朝のルーティンを15個に増やしたり、月に10冊の読書習慣を取り入れたり、といった努力も「知的好奇心」を原動力に続けられました。
4-2. 意思決定の基盤となる「価値観」と哲学
大学院時代、私は生命の神秘を追究するなかで「何が幸せにつながるのか」という問いに向き合うようになりました。博士論文のテーマは分子生物学でしたが、人間が幸福感を得る根本的な仕組みは何なのか、いつも頭の片隅にあったのです。
これはビジネスの世界に飛び込んでも変わらず、「売上を上げる」「ユーザーに便利なサービスを提供する」だけでなく、その先にある「人が希望を持って生きられるか」という点を意識するようになりました。自分の行動選択をする際の“価値観”が明確であれば、一見バラバラに見えるキャリアでも「自分の哲学を貫いている」という一貫性が保てます。
4-3. 変化に対応できる戦略的思考
博士課程を修了する頃、AIが研究室でも導入され始めていました。当時はまだ「AIで研究の生産性が上がるのかな?」程度の認識でしたが、実際に触れてみると「これは今後、様々な業界に波及していくだろう」と強く感じたのです。そこからAIやプログラミングに傾倒した結果、ITベンチャーでの経験が広がっていきました。
学術界に留まっていてもAIは利用できたのかもしれませんが、「変化の中心」に身を置くことでより深く学べる環境を得たと言えます。変化が激しい時代こそ「ここぞ」という分野や企業に飛び込むほうが、新しいスキルやネットワークが手に入りやすい。戦略的思考とは、「自分がこれからの社会でどんな役割を果たしたいか」「そのために今、どの分野の波に乗るべきか」を見極めることだと思います。
5. 不安に押しつぶされそうな人へ贈る、実践的なヒント
5-1. 「小さく試す」アプローチ
いきなり大きく方向転換するのは怖いですよね。そういうときは、副業やプロジェクトベースで少しずつ新しい分野に触れてみるのがおすすめです。習慣形成のコンサルをしていた際にも、お客さまには「週に1回、30分だけ新しい挑戦をしてみる」という形で不安を和らげてもらうケースが多くありました。小さな成功体験を積んでいけば、「これならできるかも」という自信が徐々に育まれます。
5-2. 研究論文やAIツールで自己分析を深める
私自身が博士時代に培ったリサーチ力は、キャリアの方向性を探るうえでも大いに役立ちました。心理学や経営学、社会学などの論文を読んでみると、既存のデータや理論に裏打ちされた示唆が得られます。たとえば「自己決定理論(Deci & Ryan, 2000)」に基づく内発的動機づけを知ると、「自分が本当にやりたいことの根拠を明確にできる」などのメリットがあります。
また、近年は大規模言語モデル(LLM)などのAIツールを活用して自己分析をする方法もあります。たとえば「キャリアチェンジ 成功事例」をキーワードに対話型AIにリサーチさせることで、一般的な成功/失敗パターンを短時間で把握できます。こうしたAIツールとの“共同研究”のような感覚で自分の悩みを整理するのも有効です。
5-3. 周囲の批判への向き合い方
キャリアチェンジを決断すると、多かれ少なかれ周囲から批判や反対意見が出てくるかもしれません。学術界では「博士を取ってもったいない」、ビジネス界では「研究なんて現場では役に立たないんじゃないか」といった声がありました。
私が心がけているのは、「批判を受け止めるけれど、必要以上に感情を乱されない」こと。批判にも一理あるかもしれませんし、そこには学べる示唆が隠れているかもしれません。しかし、その上で最終決断をするのは自分です。誰かに評価されるためではなく、「自分の価値観に沿って選択する」ことが納得感をもたらしてくれます。
6. まとめ──「後悔しない道」をつくるために
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。私は東京大学で博士号を取りながらも、ITベンチャーに飛び込み、独立コンサルとして多方面に進出してきました。一見すると「一貫性がない」と見えるキャリアですが、下記のポイントを軸に持ち続けたことで、後悔せずに進めてきたと感じています。
• 好奇心とワクワク: 研究でもビジネスでも、未知に挑む面白さを最優先。
• 価値観と哲学: 「何が幸せか」「何が人を希望に導くか」を考え抜くことで、キャリアの“芯”を保つ。
• 変化への柔軟性: 時代の変化や新技術の波を前向きに捉え、飛び込む勇気を持つ。
「一貫性がない」と後ろ指をさされても、自分の中の“軸”さえブレなければ、どんな道でも納得感を得られる──私はそう実感しています。もし今あなたが「本当にこのままでいいのだろうか」「やりたいことと安定をどう両立すればいいのか」といった不安を抱えているなら、小さなアクションから始めてみてください。
• 週末に別領域の勉強会に参加してみる
• AIツールや論文検索で興味ある分野をリサーチしてみる
• 一人で考えすぎず、周囲に話してフィードバックをもらう
そうした“小さな一歩”が、次のキャリアを切り拓く突破口になります。私も最初の一歩は「アカデミック以外の仕事を具体的にリサーチしてみる」という程度のものでしたが、それが今の独立コンサルとしての活動につながりました。
最後に強調しておきたいのは、「キャリアに正解はない」ということです。境界を超えて学び続けることで、自分自身の新しい可能性を発見できますし、一度決めた道を変更することに対して後ろめたさを感じる必要はありません。
私自身、キャリアチェンジを繰り返してきたからこそ、多角的な視点や多様なスキルを得ることができました。結果的に「博士としての研究経験」も「ITベンチャーでの実務経験」も、すべて今の自分の糧になっています。後悔は何一つありません。
ぜひ、あなたも「一貫性のなさ」を恐れずに、一歩踏み出してみてください。それが今後の人生を大きく変える自信と希望につながるはずです。
関連トピック・ステップアップのヒント
• キャリア理論の学習
「境界なきキャリア」「プロティアン・キャリア(Protean Career)」など、最新のキャリア研究をAIツールで検索してみる。
• 自己理解ツールの活用
ビッグファイブ診断などを試し、自分の強みと弱みを客観的に見つめる(Costa & McCrae, 1992)。
• 「複合スキル」の活かし方
データ分析・論文リサーチ・プレゼン能力を複合的に使えるプロジェクトを探してみる。
おわりに
人から見れば「一貫性がない」と揶揄されるキャリアでも、自分の内面や価値観に一貫性があれば、強く納得できる人生になります。そして、その納得感が行動の原動力となり、結果的に周囲の評価も変えていくのです。
「博士を捨てるなんてもったいない」から始まった私のキャリアも、いま振り返れば本当に多くの学びと喜びをもたらしてくれました。もし今、あなたがキャリアの岐路に立っているなら、ぜひ遠慮なく“境界”を越えてみてください。その一歩が、想像もつかない未来の可能性を広げてくれるはずです。
一貫性の呪縛を手放して、「ワクワクする未知」を探索する同志がもっと増えることを願っています。後悔しない人生のために、今日からできる小さな変化を始めてみましょう。きっとあなたの人生にも「一貫性がない」と笑えるような大冒険が待っています。
参考文献:
• Arthur, M. B., & Rousseau, D. M. (1996). The Boundaryless Career: A New Employment Principle for a New Organizational Era. Oxford University Press.
• Bandura, A. (1997). Self-efficacy: The Exercise of Control. Freeman.
• Costa, P. T., & McCrae, R. R. (1992). Revised NEO Personality Inventory (NEO-PI-R) and NEO Five-Factor Inventory (NEO-FFI) professional manual. Psychological Assessment Resources.
• Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The Psychology of Optimal Experience. Harper & Row.
• Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The “What” and “Why” of Goal Pursuits: Human Needs and the Self-Determination of Behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227-268.