煙草
中学生のころ、大沢在昌の『アルバイト探偵』シリーズを熱心に読んでいた。とある高校生が、探偵である不良父の手伝い(つまりアルバイト)をして、数々の事件に巻き込まれるという、スリリングな内容だ。その高校生は、まだ未成年にもかかわらず、煙草を吸う。銘柄は、マイセン。マイルドセブン、である。
当時は、煙草の銘柄にまったく興味がなく(ちなみに今もない)、小説に出てくる「マイセン」だけが、僕の知る煙草だった。小説の主人公は、不良で、彼女もいて、他の女性からもモテる、二枚目のキャラとして描かれていた。だから、煙草(マイセン)を吸うことに、強い憧れがあった。
「マイセン」が「メビウス」に名称を変更したのは、僕が二十歳になる2年前だった。初めて吸う煙草に、緊張とワクワク感に胸を躍らせ、コンビニのレジの前で、煙草の陳列棚を見る。パッケージだけは確認済みだ。けれど、いくら探してもない。ここのコンビニには無いのかもしれないと思って、でもこのまま何も頼まないのも恥ずかしく思い、当時、父親が吸っていた「アメスピ」の黄色を購入した。すぐに、スマホで検索する。「JT、『マイルドセブン』を『メビウス』に名称変更」の記事が、目に飛び込む。中学生のころから憧れていた「マイセン」は、もうない。ちゃんと、落胆した。
喫煙目的店の、喫茶店やバーに行ったときだけ、煙草を吸う。だから、普段はほとんど吸わない。大学生のころ、そういう煙草の楽しみ方を、周りには揶揄された。「かっこつけ」「中二病」と、たびたび言われた。そして、「かっこつけ」も「中二病」も当たっている。中学生のころに読んだ小説の不良主人公に憧れて、「かっこつけ」で煙草を吸い始めた。だから、僕への揶揄は、全然間違っていない。
大人になってから、周りに電子タバコを吸う人が増えた。紙煙草をほとんど吸わなかった人でも、電子タバコは吸うらしい。そういう人たちも、やはり、僕の煙草の付き合い方を「気障」だと言う。煙草に関して、指摘されすぎて、さすがに少し落ち込みもした。
煙草をはじめ、珈琲、茶、酒は、嗜好品と呼ばれる。読んで字のごとく、嗜むことを目的としたものだ。いずれも依存性が指摘されている。煙草に関して、僕はほとんど依存していない。その点、僕の煙草との付き合い方は、趣味の良いものだと思っている。
というか、では、僕を批判した喫煙者たちは、人生1本目の煙草を、どんな気持ちで吸ったのかしら?
この質問に、小説の不良高校生は、なんて答えるだろうか。きっと、誰よりもかっこいい答え方をするにちがいない。中学生のころに抱いた憧れで、僕はまた、煙草に火をつける。
ではまた。