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狭い道
永井荷風は『日和下駄』で、「路地は細く短しといえども趣味と変化に富むことあたかも長編の小説の如し」と書き、表通りの立派な街路に対して、裏路地の、小宇宙を讃美する。
散歩が好きな僕も、その大半は狭い路地を歩く。普段から知っているような街でも、裏路地には、まったくの別世界が広がっているから、散歩は楽しい。そこには、小さな個人経営の居酒屋がひしめき合っていたり、洗濯物が荒々しく干された生活の生々しさだったり、小川が流れていたり、小さな神社があったり、妖しいアンダーグラウンドなバーがあったりする。そんな裏路地への入口は不意に現れる。なんとも魅惑的な入口である。
そんな興味のつきない路地にも、さびしい話がある。昨今の都市部再開発の影響で、地域に親しまれたお店の退去や、文化的価値の高い建物の取壊しが相次いでいる。時代が変われば、街の風景も変わる。
荷風は、日々変化する東京の風景に悲哀を謳い、裏路地の散歩趣味を「無用な感慨に打たれるのが何より嬉しい」と書く。100年以上前に、荷風が見た東京の風景と、現在の東京の風景は、ほとんど別である。けれど、100年経っても、“無用な”歴史の詩趣にこだわるディレッタントはいるようだ。
世は、無常である。
ではまた。