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和歌山カレー事件長男氏×桜井昌司氏 1万字対談  忖度無しで語り合う「平成の大冤罪」の真相

 以下の原稿は、『冤罪File』2019年冬号(希の樹出版)の企画の1つとして、和歌山市で行われた対談の内容をまとめたものです。誌面の都合で掲載できなかったため、対談者2人に承諾を得て、ここで紹介させてもらいました。

 今から22年前に起きた和歌山カレー事件では、犯人とされている死刑囚の林眞須美さん(58)=大阪拘置所に収容中=の冤罪を疑う声が年々増えています。そんな中、「和歌山カレー事件長男」こと林さんの長男氏(32)は数年前からメディア対応を始めていましたが、昨年になってツイッターを開設sするなど事件や家族の情報をより積極的に発信するようになっています。

 そこで、林さんの無実を確信しているという布川事件の冤罪犠牲者・桜井昌司氏(73)と語り合ってもらったのがこの対談です。

※対談者2人のプロフィールは末尾にあります。

【和歌山カレー事件とは】
1998年7月25日、和歌山市園部で住民らが開催した夏祭りのカレーに何者かが猛毒のヒ素を混入させ、67人がヒ素中毒にり患、うち4人が死亡した事件。捜査が難航する中、現場近くで暮らす主婦の林眞須美さん(当時37)が保険金目的で夫の健治氏(同53)や知人の泉克典氏(同35)らにヒ素を飲ませていた疑惑が浮上。林さんはマスコミから「平成の毒婦」と呼ばれる凄絶な犯人視報道にさらされ、カレー事件の容疑で立件されたが、一貫して無実を訴え続けている。裁判では2009年に死刑が確定したが、その2か月後に和歌山地裁に再審請求。2017年3月、同地裁に請求を棄却され、今年3月、大阪高裁に即時抗告も棄却されたが、現在は最高裁に特別抗告中。


――今日は忖度無しで語り合って頂きたいと思いますので、よろしくお願いします。

桜井 4人きょうだいなんだよね。

長男 姉が2人、僕、妹です。

桜井 4人で事件のことを話し合ったりすることはあるの?

長男 今、連絡はほぼないです。10年くらい前までは仲良くしていたんですが、結婚とかを考えだす年頃になると、事件が邪魔になってきて。女の子たちは結婚さえできれば、旦那さんと新しい家庭をスタートできますから。僕は長男なので、母親が「やっていない」と言い続ける限りは見届けようと思っているんです。

桜井
 女の子たちは「違う道を行きたい」と?

長男 そうですね。女の子たちは、どこに住んでいるとかもあまり詳しくは言わないです。僕がメディア対応をしているのを知っているので、ポロッとでも言われるのがいやなんだと思います。

桜井 女の子たちも子供がある程度大きくなったら別なんだろうけどね。俺は杉山(卓男)という男と一緒に犯人にされたんだけど、事件が起きた日はたまたま、東京の中野区にある俺の兄貴のアパートで、俺と杉山は一緒にいたんだ。だから、俺と杉山は嘘の自白をさせられたけど、お互いに無実だと知っている同士だった。それは俺にとって大きかったね。

 眞須美さんもガレージでカレーの見張り番をしていた時、本当は次女が一緒にいたんでしょ。(※1)

長男 いましたね。

桜井 だから、社会で何を言われても、家族は「事実は違う」とわかってるんでしょ?

長男 わかっていますね。ただ、女の子たちは「生きていくには、私たちがそう思っても、世間はそう思ってくれないから」と言いますが。

桜井 大事なことは、世間が何を言おうと、違うものは違うという意識だよ。俺の場合「世間は事実と違うことを信じているんだ」と思えたから、世間に何を言われても相手にする必要ない、平然と生きてやろうと思ったんだ。

長男 僕が裁判所も間違えるんだと確信したのは、ハタチを超えて判決文を初めて読んだ時でした。判決文に書かれていることが、僕が見てきた事実と明らかに違うからです。たとえば、保険金詐欺(※2)は母だけではなく、父や家に出入りしていた大人たちがみんなでやっていたことでした。僕は当時子供でしたが、父が「今回のアガリや」と居候の人にお金を渡したのを見ていたし、父が僕に「動けないふりしたら、何千万円入るんや」と話していたからわかるんです。ところが、判決文を見ると、母が父や居候の人に保険金目的でヒ素を飲ませていたことにされているんです。

桜井 犯人にされる過程で作られる事実だね。普通、裁判というのは、厳格な証拠に基づいて事実を認定すると思うじゃん。でも、全然違うからね。

※1 夏祭りのカレーは、地区の主婦たちが朝から地区内の民家のガレージで作り、完成後もガレージで保管し、交代で鍋の見張りをした。林眞須美さんもガレージで鍋の見張りをした主婦の1人で、「ガレージにいた時はずっと次女と一緒だった」と主張している。しかし、裁判では、眞須美さんが1人で鍋の見張りをした時間帯があり、その時に鍋にヒ素を入れたとされている。 

※2 確定判決では、林眞須美さんは夫の健治氏と共謀し、3件の保険金詐欺をはたらいたほか、健治氏や知人の泉克典氏に保険金目的でヒ素を飲ませていたと認定されている。


娘さんの証言を知り、無実だと気づいた(桜井氏)


――桜井さんはいつ頃から眞須美さんが冤罪だと思うようになったんですか?

桜井 報道も凄かったし、俺も最初は犯人だと思ってましたよ。途中からですね、おかしいと思い始めたのは。証拠がない。やばいんじゃないかと。それで、娘さんが「母がガレージでカレーの番をしていた時は私がずっと一緒にいた」と言っていたのを知った頃からですね。子供は嘘を言わないから。あのへんから無実じゃないかと気づきました。それに動機も無いしで、もう冤罪だと確信を持ちました。誰か恨んでいる人がいて、その人を殺すなら話はわかるけど、誰が食うかわからないカレーにヒ素を入れっこないでしょう。家族も「うちのお母さんは、お金にならないことはやらない」とか言ってるしさ。

長男 事件があった夏祭りが行われていた頃、僕は父、母、次女と一緒にカラオケに行っているんです。その時、母は上機嫌で、歌を歌っているんですよ。でも判決文を見たら、「卑劣で、残忍」と書かれてしまって。それは違うな、と。

桜井 有罪にする以上、そう書くよね。

長男 それと、判決では、「蓋然性」とか「推認」とかいう言葉が多用されているんです。

桜井 冤罪の有罪判決の特徴だよね。でも、20年は長いよね。

長男 長いですよね。11歳の時からですから。

桜井 じゃあ、今は俺が刑務所行ったのと同じくらいのトシなんだね。俺は31で有罪が確定し、刑務所に行ったから。

長男 一番上のお姉ちゃんは逮捕された時の母くらいのトシになってますからね。

――お父さん(林健治氏)は保険金詐欺をするために自分でヒ素を飲んでいたと言っていますね。

長男 当時は子供なので、わかりませんでしたが、後から振り返ると、「あれがそうだったんだ」と思う場面もあります。でも、世間の人は報道を見て、裁判所が出した答えだから間違いないとか、警察が間違うはずないと思っていますね。

桜井 マスコミも一緒に冤罪作るんでね。世間てのはマスコミの情報だけでバーと走っていくじゃん。もう事実とかじゃなく、感情的にさ。

長男 そうですね。で、悪いことした人だから、何をしてもいいっていう。うちは家の壁を落書きだらけにされたり、母の画像でネット上でコラージュをつくられたりして。桜井さんの事件でも報道はすごかったですか。

桜井 我々の頃、家族は報道より世間の目で苦しんだね。それはちょっと林さんたちと違うところかもね。

――カレー事件が起きた頃の報道では、眞須美さんは実のお母さん(長男氏の祖母)にも保険金目当てでヒ素を飲ませ、殺したように報道されていましたね。

長男 祖母の葬式では、母は膝から崩れ落ちて号泣していました。演技であれはできないかな、と。でも、そういう報道が流れたことで、親戚も一斉に離れたんですよね。

桜井 そりゃ、ひどいよな。俺もいとこの子供が結婚する時、俺のことがあったんで、相手の親から反対されたんだって。結局、結婚したんだけどね。その時は刑務所にいて、知らなかったんだけど、後から聞かされて、申し訳ないな、と思ったね。

長男
 事件からもう20年になるんで、最近は若い記者さんが取材に来るんですが、「冤罪の可能性がある」という記事を書こうとすると、デスクに止められると言いますね。

桜井 当時取材していた人たちが上になっているんだね。

長男 上の人は「やった」と思い込んでいるんです。自分たちが取材しているから。

桜井 テレビ局は、上の人間が検察や警察の偉いやつとつながっているしね。日本のマスコミは独立していないんだね。残念ながら。

長男 僕は取材を受けるようになって3年くらいになりますが、「事件のせいでいじめられた」とか「加害者家族の苦悩」とかいうことにしかスポットライトが当たらないんです。取材では、そういうしゃべりたくないことを根掘り葉掘り聞かれたあと、ちゃんと母の冤罪の可能性についても話すんですが、それは一切使ってもらえないんです。そして結局、「身内に犯罪者がいると、こんなに不幸ですよ」という報道になるんです。

桜井 そういう視点ね。

長男 最初は、これがきっかけでもう一度事件を振り返ってもらえばいいのかと思ったんです。でも、あまりにもどこも同じような形で。

桜井 再審は動きが無いとダメだからね。日本のマスコミはそうだから。でも、いったん再審が動きだしたら、すごいよ。今度はいやになるくらいマスコミがくるから。

長男 一昨年の3月29日、母の再審請求が棄却された時には、朝から晩まで僕のところと父のところの電話が鳴りやまなかったですね。

母は僕にも事件のことを話すようになった(長男氏)


桜井
 日本では、死刑事件はちょっと違うんだよね。飯塚事件(※3)は知ってんでしょ。あれは絶対、再審を動かさないし。袴田事件にしても、ひどい捏造事件(※4)なのに、強引に再審を取り消そうとしている。検察官が裁判官と一緒になって、なんでもやっちゃうんだ。

長男 裁判官って、世間の目は気にしているんですかね?

桜井 あいつらほど気にする人はいないよ。エリートだもん。でも、我々「冤罪犠牲者の会」(末尾の桜井氏のプロフィール欄を参照)はそういう裁判所も説得しないといけない。だから、裁判官も敵ではないと思ってる。マスコミもそう。味方にすべき人たちだと思っているんだ。

長男 そうですね。僕と父が考えたのは、僕らがマスコミ批判をし過ぎると、マスコミが事件を扱えなくなる。だから、一定の距離を保ちながら、発信を続けていこう、と。和歌山で2人が大きな声で叫んだところで、誰の耳にも届かないんで。メディアにも手を借りざるをえないと。

桜井 自分が闘ってきた経験から言うと、まともな声というのは必ず通じるね。声をあげ続ける限りは。俺はそういう確信を持っている。

――お母さんと面会する際、事件のことは話すんですか?

長男 以前の母は、僕が面会中に事件のことに触れても、「あんたとそんな話はしたくない」と子ども扱いでした。でも、事件から20年目くらいの区切りの時から事件の話もしてくれるようになりました。

 僕は事件の日、家から外に遊びに行く時、カレーの鍋が置かれていた家のガレージで母が次女と並んで座って、鍋の見張り番をしているのを見たんです。そして裁判でもそう証言しているんです。次女も当時から、「母がガレージにいた時には、私がずっと一緒にいた」と証言しています。でも結局、判決では、僕と次女の証言は母をかばっているということで採用されなくて、次女は母と一緒にガレージにいなかったことになっているんです。

桜井 で、カレーの鍋の置かれたガレージには、眞須美さんが1人でいたということになったの?

長男 そうです。裁判では、ガレージの向かいの家の人が、母がガレージに1人でいるところを見たと証言していて、僕らよりこの人の証言のほうが信用されています。でも、弁護士はこの人の証言について、本当は母ではなくて、母と一緒にいた次女を見たんだと言っています。だから、この証言は逆に母の無実を裏づけていると言うんです。

桜井 ヒ素の鑑定に関わった科捜研の人間が、別の事件で捏造していたとわかって辞めさせられたよね(※5)。あれは警察がどこかでかくまっているはずだけど。

長男 再審では今、うちにあったヒ素とカレーに入れられたヒ素が同じものかどうかという鑑定が争点になっています。でも、うちの台所から見つかったヒ素の付着した容器は、家の人間の誰も見たことなくて、誰の指紋もついていない物なんです。

桜井 その台所から見つかった容器には指紋も何もついてないの?

長男 そうです。

桜井 俺は今、狭山事件(※6)と一緒じゃないかと思ったね。犯人とされている石川さんの家を警察が家宅捜索したら、被害者が使っていた万年筆が鴨居の上から見つかったんだけど、これは3回目の家宅捜索だったんだ。警察は2回家宅捜索しても何も証拠が見つからなかったんで、3回目の家宅捜索でそういう証拠をでっち上げたんだね。でも、科学は進歩するじゃない。見つかった万年筆のインクが被害者の使っていた万年筆のインクと違うことが鑑定でわかっちゃったんだ。

長男 検察は捏造だと認めるんですかね?

桜井 あいつら死んでも認めないよ。鑑定が間違っていると言い始めるだろうね。

長男 母の再審請求が棄却された時は、ヒ素が同じか否かの鑑定について、裁判所は「鑑定の証明力が減退したのは否定しがたい」と言いながら、それでも母が犯人であることに間違いはない、みたいな言い方でした(※7)。減退したんなら、もう一回調べて欲しいな、と思うんですけどね。

桜井 それは、死刑事件の重さっていうかね。再審は認められないという裁判官の心理的圧力になっているんだろうね。

長男 あと、母は裁判の一審の公判で黙秘しているんです。それも取材でもよく聞かれるんですけど、「なんで、黙秘したの?」と。母は「私は当時、完全に素人だったんで、弁護士さんから『被告人の権利だから黙っていいよ』と言われるままにそうしたんだ」と言っています。また、和歌山県警の刑事からも「眞須美、いらんこと言ったら話を作られるぞ」と言われたので、そのアドバイス通りに黙秘したら、心証が悪くなったと言ってますね。

――死刑判決を受けた時の気持ちについて、眞須美さんは何か言っていますか?

長男 「裁判官に勝手に決められた『私の犯行』を聞いていて、アホらしくなった」と言っていますね。判決の読み上げはバカバカしく聞いていた、と。

桜井 わかるね。俺も有罪判決を受けた時、裁判官が架空の話を事実のように話すから、本当にバカバカしいというかさ。ただ、「これで有罪なんだ」という現実感もあったね。

長男 母が拘置所の部屋に帰ってラジオを聴いていると、今日はこういうことがあった、と自分の死刑判決のことがニュースに流れたそうで。普段はラジオが唯一の楽しみだったのに、いやな思い出になったと言っています。

※3 1992年に福岡県飯塚市で小1の女児2人が殺害された事件。2008年に死刑執行された久間三千年氏(享年70)について、冤罪を疑う声が多い。

※4 1966年に静岡県で味噌会社の専務の一家4人が殺害された事件。犯人とされた袴田巌氏が犯行時に着ていたとされる着衣は発見経緯の不自然さが長く指摘されてきたが、2014年に静岡地裁で出た再審開始決定では、DNA型鑑定に基づいて「捜査機関によって捏造された疑いがある」と認定された。 

※5 2012年8月、和歌山県警科捜研の能阿弥昌昭研究員が変死事件など6つの事件で、過去の別事件の写真やデータを流用していたことが発覚し、依願退職した。能阿弥研究員はカレー事件が起きた際には、鑑定資料のヒ素を鑑定人に運ぶなどの役目を果たしていた。

※6 1963年に埼玉県狭山市で起きた、高1の少女が犠牲になった強盗強姦殺人事件。被差別部落で暮らしていた石川一雄さん(当時24)が無期懲役判決を受けたが、冤罪を疑う声が多い。石川さんは仮釈放後に再審を求め続けている。

※7 確定判決では、3種類の鑑定結果などに基づき、「カレーに混入されたヒ素」と「林眞須美さんの自宅などで見つかったヒ素」は組成上の特徴が同じだと認定されていた。しかし、弁護側が和歌山地裁に再審請求後、同地裁は請求を棄却した決定で「異同識別3鑑定の証明力が減退したこと自体は否定しがたい」と認めた。

自分の中では、冤罪の確信がある(長男氏)


桜井
 俺らが犯人にされた布川事件も証拠のない事件なんだよね。現場で指紋や髪の毛は見つかっているけど、俺たちと合わないの。だから、警察は「とにかく自白させろ」ということで、俺らを自白させたんだ。

長男 自白したというのは、取り調べで暴力とかもあったんですか?

桜井 暴力はない。でも、朝から晩まで、「お前なんだ」と言われる辛さだね。何も聞いてもらえないんだよ。林さんも子供の頃、事件のことでいじめられたことがあるんだよね?

長男 言うことを聞かないと殺される、と思いましたね。

桜井 でしょ。そういうのがずっと続くということなんだ。

長男 僕も事件が起きた時は小5でしたが、取り調べを受けています。母がガレージで次女と一緒にいたのを見たと言うと、刑事から「なんで、嘘をつくんだ」と言われ、机をバンバン叩かれました。法廷にも立たされましたが、最後のほうは頷くしかなかったですね。

桜井 自分の言うことを何も聞いてくれないでしょ。それが続くんだよ。俺はアリバイも正確には思い出せなくてね。そして、うそ発見器にかけられ、「犯人はお前と出たよ」と言われた時、ポキンと折れちゃったんだ。嘘の自白する人はみんな、それぞれ事情は違うだろうけど、「お前だ」といつ果てるともわからず言われ続けられるのに、負けちゃうんだよな。

長男 それ、父もよく言う話で、きつい取り調べのあと、目の前に寿司とコーヒーを並べられ、「たばこも吸っていい」と言われた時には、「眞須美がやっているのを見ました」と言いそうになったそうです。「作り話ができない」と言ったら、「全部こっちが考えてやるから、サインだけしたらいい」と言ってきたとか。それでも、寿司には手をつけなかったそうです。

桜井 意思が強いね。なかなかできないよ。

長男 父によると、ある日の取り調べで、検事が「カレー事件に関しては証拠がない」と言うので、「じゃあ、なんで捕まえるんな」と言ったら、「マスコミがこれだけ騒いだら逮捕せんわけにはいかんだろう」と言っていたそうです。父はこの時、母の無実を確信したと言っていました。ただ、父は保険金詐欺をやっていたので、父のそういう話はテレビで絶対扱えないそうです。実際に1度、父がテレビに映った時、その局に「犯罪者を映すな」と抗議の電話がかかってきたこともあるそうです。

桜井 それも日本社会の「みんなでやれば怖くない」の一種だね。残念ながら。でも、林さんは堂々としていればいい。俺はお母さんが無実だと信じているし。まず、事実がありえないし、あまりにも証拠が乏しいし。それに、家族が確信しているというのは、一番強いよね。

長男 ただ、どこのメディアも冤罪を叫びすぎると、取り上げてくれないんです。だから、この本(昨年上梓した著書のこと)の中でも、100%冤罪だと言うつもりはない、という書き方をしています。

桜井 本当は100%と言いたい?

長男 自分の中では、確信があるんで。ただ、明らかに冤罪だと言うと、「権力に対して歯向かう」みたいな色がつくので、それは避けたほうがいい、と。そこで損しないように発信を続けたほうがいい、と。これはどこのメディアの人にも言われますね。

桜井 俺たちは逆なんだよ。正面突破しようとしている。悪いのは向こうなんだから、こっちが気を遣う必要はないだろうと。

カレー事件は名張事件と同じ(桜井氏)


――子供から見て、眞須美さんはどういう人でしょうか?


長男 ホースで水をかけているだけの母親ではないですね(※8)。

桜井 当たり前だよ(笑)

長男 ホースで水をかけているのは、怒ったところなんで。実は僕、あの時に母の横にいて、服のすそを掴んでいるんです。

桜井 あれは印象悪いよね。執拗に取材しているマスコミの連中の姿は見えないから。家の中からマスコミを撮った写真はないの?

長男 ないですね。当時はメディアの人がもうやりたい放題というか。ただ、当時から「これで捕まえていいのか?」と首をかしげていた記者やジャーナリストの人もいたそうです。

――眞須美さんの近況はどうですか?

長男 10月2日に面会に行ったんですが、体調はまずまずみたいでした。ただ、「体力がない」と言っていました。

桜井 今、いくつだっけ?

長男 58ですね。僕には、「つらい」「苦しい」ということは言わないですが、父が面会に行くと、わりとそういうことを言うんです。それと、訴訟を沢山起こしているんですが(※9)、勝ったお金を僕とか、父にたまに送ってきたりしますね。せめてもの親らしさを見せたいのかな、と。そんなに大きな額ではないですけどね。

桜井 死刑囚は毎日大変なんだよね。俺は東京拘置所にいた頃、死刑囚と一緒の4舎にいたんだけど、死刑囚のフロアは朝9時まで物音1つしないんだ。執行があるかもしれないからね(※10)。で、9時になった途端、死刑囚たちは窓ガラスをパッと開けて、「おはよう」「おはよう」と言い合うんだよ。俺たちがそんなことやったら懲罰くらっちゃうんだけど。死刑囚だけはいいんだ。

――裁判では結局、林眞須美さんがカレーの鍋にヒ素を入れた動機が不明とされたままですね。

桜井 あの事件の動機というと、普通は恨みかな。お母さんは近所づきあいとかはどうだったの?

長男 近所づきあいはわりと仲良くしてましたね。一部、仲の悪い人もいましたが。でも、事件後はみんなと仲が悪かったみたいな話になっています。

桜井 近所の人たちとしては、眞須美さんと仲が良かったと言えない雰囲気があるわけでしょ。

長男 「眞須美さんは本当に犯人なのかな?」などと言うと、住みにくくなりますからね。母が犯人だということで、あのあたりの人たちは秩序が保たれたというところはあると思います。で、それがいやな人、住みにくさを感じる人はどんどん引っ越していますね。

桜井 名張事件と同じだね。知ってる?

長男 毒ぶどう酒の事件ですよね。

桜井 三重県と奈良県の境にある集落の人たちの会合で起きた事件なんだけど、その場にいた誰かがぶどう酒に毒を入れたのは間違いない。それで奥西勝さんという人が犯人ということで一件落着にされたんだ。カレー事件も誰かがカレーにヒ素を入れたのは間違いないわけでしょ。ということは、あの地域に犯人がいるってわけじゃない。だから、林眞須美さんが犯人で一件落着して良かったと思ってるわけだよ。

長男 テレビ局の人の仲介で、「カレー事件被害者の会」の副会長と会ったことがあるんです。焼き鳥を食べながら、父と僕とで。その人はその時、「眞須美ちゃんはやってないよ」と言っていたんです。でも、その人がNHKの取材を受けた放送を見ていると、ただ事件現場で手を合わせているだけで。あの言葉はなんだったんだろう・・・と、僕と父は首をかしげてしまって。NHKはそういう発言じゃなくて、建前のところしか映さないんですね。

桜井 事件から20年も経って、地域の人の中にもしゃべりたい人がいると思うけどね。

長男 実はNHKで去年、被害者の方々と僕が対談する企画があったんです。結局、断られたんですけど、NHKの人は半年くらい園部に通って、被害者の方々に交渉していたんですよ。

桜井 実現すれば、おもしろかったのにね。

長男 テレビの報道を見ていると、遺族の方たちは憎しみの対象として母親を見ているんですね。「極刑を求める」と。でも、この先、母が再審で無罪になったら、この方たちの感情はどこへ向かうんだろうと思うんです。僕としては、憎しみの対象として母に目を向けるんじゃなくて、一緒になって真実に向かって欲しいんです。遺族の方々と会う機会があれば、それは話してみたいんです。

桜井 それはいいね。絶対に伝えるべき。あの地区には、警察にしゃべれない部分がある人もいると思うしね。

※8 林眞須美さんが夫の健治氏と一緒に逮捕される前、林家は朝から晩まで多数のマスコミに取り囲まれ、プライバシーを侵害するような取材攻勢を受けていた。そのマスコミに対し、眞須美さんが庭からホースで水をかけて反撃した映像がテレビで繰り返し放送され、視聴者に悪人であるように印象づけられた。

※9 林眞須美さんは大阪拘置所の獄中にいながら、処遇を改善させるための国家賠償請求訴訟や、マスコミ相手の名誉毀損訴訟を多数起こしている。

※10 日本では、死刑執行の事前告知はなく、死刑囚は執行の際、朝9時頃に看守に呼び出され、刑場に連れて行かれている。

事件を区切らないと、人生も前に進めない(長男氏)


長男
 冤罪を訴えるような活動をしていて、バッシングされることはありますか? 「本当はやっているんだろう」とか言われたり。

桜井 直接は言われないね。でも、俺は言われても平気だよ。人の言うことは止められないから。俺らは自分自身が無実だとわかっていればいい、と思っていた。人に何を言われても構わない、というのが大事かもしれないね。今はブログを書いてるんだけど、それも何を言われても構わないと思っているから。

長男 僕はツイッターをやっていると、「人殺しの子供」とか言われて、最初はちゃんと傷ついていたんです。でも、最近はツイートしたら、すぐにスマホを閉じるようにしたんですよ。

桜井 そういうこと言われたら、「あんた、人殺しの子供にならなくて良かったじゃん」とか「うちの親が無罪になったらどうするの?」と返してやればいいじゃん。

長男 フォロワーが1万5000人くらいいるんで、それは難しいですね。

桜井 そうなんだ。じゃあ、「気楽だね」とか返してやればいいじゃん。それで、どんどんフォロワーが増えていけばいいじゃん。そういう人たちは、流れが変わったら味方になるかもしれない。冤罪って、関心持ってもらうまでが大変なんだから。

長男 TBSが「100の重大事件を振り返る」という企画の番組をやった時、1位が東日本大震災、2位が阪神淡路大震災、3位がオウム、そして4位がカレー事件だったんです。で、5位がダイアナ妃の事件。母に面会した時にそれを話したら、「私、ダイアナに勝ったの?」と言ってましたね。いや、勝ってるわけじゃないよ、と。

桜井 いいねえ、その発想(笑)

長男 林家はひょうきんなんですよね。父のことも知っていると思いますけど。あんまりメソメソして会話しないというか。

――眞須美さんはやはり、面会室に笑顔で出てくるんですか?

長男 そうですね。ただ、メディアと司法、検察に関してしゃべる時は、言葉遣いが荒くなります。逆に死んでもらいたいくらいだ、みたいなことを言うので。腹が立つのはわかるけど、今後出てきた時にそういう言葉遣いをすると、メディアにいいようにやられると思うよ、という話をしたんですけど。

桜井 いいよ。大丈夫。人生奪われて、いつ殺されるかわからない恐怖を味あわされて、家庭も壊されて、怒るのが当たり前だよ。

長男 死刑の恐怖は、僕にはあまり言わないんですが、支援者さんに言っていたみたいですね。

――長男さんは今後どうしたいとか考えはありますか?

長男 僕も普通の一般的な幸せを考えたんです、結婚とか。でも、一回失敗したんです。母のことを相手の親に打ち明けたら、婚約破棄になってしまって。で、この事件をどこかで区切らない限り、自分の人生も前に進めないな、と思うようになりました。そうしないと、いつまでも「カレー事件の息子」というところに束縛されてしまうんで。ここを区切らないと、自分の人生も前に進みにくいな、と思っているんで。

桜井 俺も結婚した時は奥さんの親が大反対だったよ。俺が結婚する時に挨拶に行ったら、奥さんの両親、東京から呼ばれた義理の兄貴がいてさ。オレの顔を見ないで、「なんで『やった』と言ったかを言ってみろ」と。結婚式は仲間があげてくれたけど、向こうの親は来なかったからね。奥さんは勘当されてしまって。今は仲が戻って、出入りできるようになったけどね。

長男 僕は区切りとして、一番は母の再審無罪を目指しているんです。世間的に言うと、獄中死や死刑の執行が区切りかもしれないですが。

桜井 将来、今のままでいいという女性が出てくればいいね。「私も戦うわ」という人が奥さんとして現れるといい。うちの奥さんもそうだからさ。林さんはこれから良い人生が待っていると思う。好青年で、お母さんのことがよくわかった。お母さんとも実際に会ってみたいな。

(了)


【対談者プロフィール】

和歌山カレー事件長男
1987年、和歌山市生まれ。11歳だった1998年に起きた和歌山カレー事件で、母の林眞須美さんが殺人罪などに問われ、無実を訴えながら死刑が確定。父の健治氏も保険金詐欺の罪で服役したため、少年時代は姉や妹と児童養護施設で過ごした。事件のために様々な理不尽な目に遭ったが、現在も和歌山で暮らし、再審を求める母を支えている。昨年4月、「和歌山カレー事件長男(@wakayamacurry)」というアカウントでツイッターをスタート。メディアにも出演し、事件に関する情報発信を積極的に行っている。

桜井昌司
1947年、栃木県生まれ。20歳だった1967年10月、茨城県の利根町布川で起きた強盗殺人事件(布川事件)に関し、別件の窃盗容疑で逮捕され、自白を強要された。裁判では、共犯者とされた知人の杉山卓男氏(2015年に逝去。享年69)と共に無実を訴えたが、1978年に最高裁で無期懲役が確定。1996年に仮釈放、2011年に再審で杉山氏と共に無罪判決を受けた。昨年3月、足利事件の菅家利和氏や東住吉事件の青木惠子さんらと共に「冤罪犠牲者の会」を結成。警察や検察の証拠隠しなどを防ぐ機関の設置や、冤罪を作った捜査官や裁判官を処罰する制度の制定などを目指し、活動している。

【写真】長男氏の写真は、長男氏のツイッターのプロフィール画像を転載。桜井氏の写真は、筆者(片岡健)が2015年に撮影。

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