Oscilation Circuit - Série Réflexion 1 -リイシューを決意したほんとうの理由-
ことし6月21日、ディスクユニオン/SRRDさまの強力なお力添えによって、ぼくがわずが21歳でレコーディング、制作した環境音楽/ミニマル系のアナログ盤が61歳のいま、リイシュー、二枚組アナログ盤として発売されました。SRRD田嶋さまはじめ関係者のみなさまには感謝しかありません。
ぼくはひととしては欠落部分ばかりで、人格的には破綻し、数多くのかたにひんしゅくを買い、ご迷惑ばかりかけて生きてきた人間ですので、こうしたプレゼントはあまりにも畏れ多いというのが、表向きの謙遜などではなく心底からの本音です。
ほんとうにありがとうございました。
また、おかげさまでCD版も発売くださいました。本アルバムのCD化は初。ユーザーのみなさまからのご要望も多くいただいたとのことで、ありがたく、なんともいえない気分です。
リイシューの経緯やアルバムの制作時の思い出などは、ふたつのインタビューをお受けする機会を頂きましたので、そちらをお読み願えればとおもいます。
最初に世に出たものは、気鋭の音楽評論家、柴崎祐二さんによるもの。とてもていねいにおまとめくださっていますので、ご一読いただければとおもいます。
英語ですが、イリノイ州レイクフォレストの名音楽ブロガー、FOND/SOUNDのDiego Olivasさんによるインタビューも先日公開されました。自動翻訳でもじゅうぶんお楽しみ願えるかとおもいます。
このふたつのインタビューで、もうぼくがじぶんで書くべきことはなくなったような気もするのですが、少しだけ書き留めておきたいこと、インタビューでは触れたけれど補足したいことについて、ごくごく個人的な記録として書かせていただきます。
-リイシューをお受けした、本当のとても個人的な理由について-
すべての始まりは2019年3月14日に届いた、ディスクユニオンさんからの一通のメールでした。
そこにはこうありました(私信ですので改変の上、ペーストします)。
『突然のご連絡失礼いたします。早速ですが音源の復刻のご相談をさせていただきたくご連絡いたしました。オシレーション・サーキットでの音源や、同時期の録音、またその後の90年代の音源などをまとめたコンピレーションをLPでリリースできないかと考えております。
現在、当時の日本の実験的な作品は国内のみならず海外でも非常に高い評価を得ており、改めて、海外に向けても音源をご紹介したいと考えております。ご協力いただけるようでしたら、ぜひ一度、ご連絡いただければと思います。』
実は2010年代に入り、日本の「環境音楽」が海外で再評価されるようになって以後、欧米のレーベルから再発売やコンピレーションへの音源収録のオファーは再三頂いておりました。ありがたいことではありますが、原盤権(ごくごくおおざっぱに言いますと、作曲著作権ではなく、録音された音源/音そのものの権利で、通常レコーディング経費など実費をもった者/社が所有することになります)のゆくえがやや不透明で不安なため、お断りしてきました。
ディスクユニオンさんにもその旨お伝えしたのですが、権利関係をクリアにしたうえでぜひ復刻させてほしいとのご返答。海外レーベルでは難しい作業ですが、国内のレーベルとぼく自身が作業するのであれば、原盤権問題ももしかしたらきれいに克服できるかも知れない。
そう考えて、それでは、とお返事したのでした。
いえ、じつは前に進みましょうとご返事したほんとうの理由は、Diego Olivasさんのインタビューですこし触れていますが、長く長くぼくを指導してくださってきた日本屈指のマスタリング・エンジニア、杉本一家さんとの「最後の仕事」をしたかったからなのでした。
マスタリングというのは、録音され、パート同士のミックス作業を終えた音楽トラックを、最後の段階で調整するとてもたいせつな仕事です。曲の質感や曲同士の音量、色彩の微調整などが慎重に行われます。極端に言えば、この作業次第でアルバム全体の性格ががらりと変わってしまうほどのデリケートな最終工程なのです。
数々のクラシック名盤のマスタリングを担当された杉本さん。ぼくも自分のクラシック畑でのアルバム制作で何度もお世話になりました(前のnote記事で触れました八ヶ岳で録音したサックスの大城さんのアルバムも、杉本さんの仕事です)。またマスタリングのみならず、吹奏楽などで現場録音からご一緒したこともありました。
さらにクラシックではありませんが、すべて生楽器でYMOのファーストをフルカヴァーしたぼくのユニット「といぼっくす」のアルバム『AcoustioYMO』でも、畑違いながらマスタリングをお願いしてきました。
現場では人格に多々問題があるぼくを叱り、コントロールしてくださいました。サウンドはもちろん、人間的にもぼくにとってとても貴重なかたでした。
ディスクユニオンさんから連絡があったのは、そんな杉本さんのご病気が発覚したタイミングでした。
どうしても杉本さんと最後の仕事がしたい。ぼくはそう思っていたのです。ディスクユニオンさんには、マスタリングは杉本さんにおねがいして欲しいという「条件」をつけました。さいわい杉本さんはディスクユニオンさんでもすばらしい仕事をされており、OKが出たというわけなのです。
原盤権をクリアにする作業については、いくつかの障壁があり、遅々として進みませんでした。杉本さんのおからだを考えますと、いてもたってもいられないような気分でしたが、自分の「気持ち」でどうにかなるような話ではありません。ディスクユニオンさんに窓口をお願いし、各所コンタクトをお取りいただきました。
遅々としたあゆみではありましたが、ディスクユニオンさんはたいへん献身的に作業してくださいました。焦りはありましたが交渉相手のあることですので、こればかりはわがままが通せない部分だったのです。
-早朝、午前2時56分のSMS-
2019年10月19日。最初にディスクユニオンさんからメールをいただいてから七か月。
早朝、午前2時56分。杉本さんからSMSが入りました。
『午前1時24分、亡くなりました。』
ご家族からでした。
https://diskunion.net/portal/ct/news/article/4/86495
しばらくのあいだ、再発売のことを考えることができなくなりました。
-それでももういちど-
けれど、いつまでもうつむいているわけにもいきません。
よろよろと立ち上がったのは、かなり時間をおいてからでした。
いわゆる「コロナ禍」の2020年の後半、ぼくはリイシュー盤にあらたな音源を加えるために、東京ではきわめて貴重なアナログレコーディングを行ってこられたGOK SOUNDさんにコンタクトし、アナログ録音にトライすることにしました。せっかくのアナログリイシューですし、もともとの盤もアナログ的質感を生かした作りですので、新音源もあえてデジタルを避けたのです。
録音は2021年1月26日。演奏はオリジナルのサックス、須川さんの直系の演奏家で、八ヶ岳レコーディングにも挑戦いただいた大城さん。「といぼっくす」でもおつきあいが長くなりました。
LPでは二枚めに収録した『Nocturne - New Recording』『Nocturne Ⅱ - Take2』『Nocturne Ⅱ - Take1』をこの日にレコーディング。伴奏楽器はGOK SOUNDさんのRhodesを使用しました。録音したテイクはすべてアナログテープでディスクユニオンさんに納品したのでした。
具体的な制作進行の過程で、ディスクユニオンさんのご厚意でアメリカのやはり気鋭のアーティスト、スペンサー・ドーランさんからもコメントを頂けることになりました。
『サウンド・プロセス・デザインによる「Réflexion」シリーズの唯一の作品である、このガウシアンぼかしを施したグラス/ライヒ・イズムの組曲は、おそらくバブル時代の広大な環境音楽作品群の中で最も離れた位置に存在している。 「波の記譜法」シリーズがミニマリズムを空間構成や感情の洗練という観点から表現したのに対し、磯田健一郎と廣橋浩はニューヨークの硬質さを蒸発させてガス状にし、芦川聡が思い描いた環境空間の中で「煙のように漂う」のに適した状態にすることで、より典雅な意味でアプローチしたのだ。 都市を構成するグリッドではなく、その間に漂う雲を思い浮かべて。 - Spencer Doran (Visible Cloaks)』
畏れ多いことです。
さらにいくつかの丘を越えて、リイシュー盤は世に出たのでした。
杉本さんにはお願いできませんでしたけれど、結果的にアナログ盤、CD、配信ともにすばらしいマスタリングを行っていただけました(おそらく一般のかたは同じものを使っていると考えておられるでしょうけれど、それぞれの特性に合わせて変えているのです)。
ここでもぼくはすてきなスタッフに恵まれました。
深く感謝します。
アナログ盤がリリースされたあと、ディスクユニオン渋谷ジャズ/レアグルーヴ館を尋ねました。店頭ではこんな展開をしていただいていました。
感無量です。
Instagramでは海外のリスナーさんたちから「買ったよ!」とのメッセージもいただけ、杉本さんのことやあれこれの困難など、いろいろ思い出して胸がいっぱいになったのでした。
ぼくは発売前に生まれてはじめてのニトログリセリンの処方を受け、また発売時期には切除した大腸の腫瘍三つが癌の疑いが濃いという診断結果を受けとりました。誰にでもある人生の制限時間を、具体的に意識することになったのです。
そんなタイミングで、アルバムという形をまた一つ残すことができました。けっしてぼくの力ではありません。関わっていただいたすべてのかた、そしてリスナーの皆さんに、心からの感謝を、何度でも、何度でも。
なお、本作は配信でもお聴きいただけます。下記リンクからおためしください。
また、タワーレコードintoxicateさんがレビューを公開くださいました。ぜひご一読ください。
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