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モノゴトの本質を伝える“コンセプト”について深く理解する

大企業の新規事業開発を支援する、NEWhのサービスデザインチームのマネージャーをしている今村です。
ここでは“共創プロセス”で新規事業を伴走支援させていただく中で得られた知見やノウハウをお伝えしていきたいと思います。

今回取り上げるテーマは、「コンセプト」です。
コンセプト、と聞いて日頃モヤモヤしている方はぜひ読んでいただけると嬉しいです。

この言葉は会議の中でよく見たり聞いたりします。(とくにクリエイティブな現場では…)しかしながら、お互いが共通認識を持って意思疎通ができているかといえば、残念ながらノーです。

なぜならとても抽象度が高い言葉だからです。

さらに、コンセプトの頭に言葉をつけるとたくさんの意味が生まれる便利な言葉なのでやっかいです。
事業コンセプト、アイデアコンセプト、ブランドコンセプト…などなど。
こうなると収集がつかなくなりますね。

ただ、ビジネスシーンにおいては、”ある視点”をもってコンセプトを理解すると頭がとてもクリアになります。今回はその視点からコンセプトについてお話していきます。


コンセプトとの出会い

僕がコンセプトという言葉を意識したのは学生の頃です。少しそのお話をさせてください。

当時、コンピュータヒューマンインタラクション(CHI)の世界に傾倒してました。人間とコンピュータの関係性を探求する研究分野です。
CHI界隈のスターだったMITメディアラボの石井裕教授の講演に行ったとき、コンセプト(理念)の重要性についてこのように語っていました。

”技術やアプリケーションは毎年のように新しいものと入れ替わっていくが,中心となる「理念」は100年経っても変化しないものでなければならない

https://www.4gamer.net/games/105/G010549/20100902091/

代表的な作品に、ビンのキャップを外すと音楽が流れてくるミュージック・ボトルという作品があります。マウスやキーボードのような規格化された画一的なデバイスを使うのではなく、日常の中の自然な所作の延長線上でコンピュータと人間のインタラクションを創造している美しい作品です。

石井裕教授の講演で記憶に残っているのは、こんな言葉です。

“この作品はどんな仕組みで実装されてるのか?という質問を受けることがあるが、重要なのはそこではない”

重要なのは、その作品の背後にあるコンセプトであり、表層的な手段であるテクノロジーやアプリケーションではないということです。
技術は2〜3年で変わりますが、コンセプトはそう簡単に変わらない。
100年後も生き続けるコンセプトを生み出そうとしている石井裕教授の研究のスタンスにすごいなぁと感じたのを覚えています。

そのコンセプトが、”Tangible Bits(タンジブル・ビット)”です。

カタチのないデジタル情報に物理的表現を与え、ユーザーが身体を使って自然に心地よく情報を直接操作できることを可能にする世界観・コンセプト

石井裕教授にとって、作品(アプリケーション)はコンセプトを伝えるための手段です。ただ、コンセプトは抽象的でカタチのないもの、そして人々が認識できない未来の世界観です。だから世の中にコンセプトを伝えるために様々な作品を創って提示しているのです。
目的は作品づくりではなく、コンセプトづくりです。

コンセプトとは何か?

少し話が長くなってしまいましたが、ここでコンセプトを理解する難しさが浮かび上がってきます。

作品を表層的に眺めているだけでは、その背後に潜むコンセプトを認知できないということです。

先ほどのミュージック・ボトルを見て「へ〜、ビンから音楽が出るんだ。面白いなぁ。どんな仕組みだんだろう」というような表層的な見方では、コンセプトを認知・理解することはできません。

コンセプトは具体的な事象の背後にある簡単には変わらない概念

社会学者のタルコット・パーソンズはコンセプトをサーチライトのメタファーで捉えています。
経験世界を新しい視点をもって見ること、つまりサーチライトを持って世界を見ることで、新しいユニークな意味・概念を認識できるということです。

我々が生きている世界は有象無象のモノや情報が溢れている世界です。ただ漠然と表層だけを見て生きているだけではコンセプトは見えてきません。
新たな視点でモノゴトの意味を見出す、つまりはサーチライトを照らすかのようにある事象を認識することで、その背景にあるそう簡単には変わらない意味や概念がコンセプトとして認識できてくるということです。

そのような考え方をもとに、僕はコンセプトを以下のように定義しています。

“サーチライト(新しい視点)で照らした事象の背景にあり、その事象の本質を特徴づける、簡単には変化しないもの”

コンセプトの定義

コンセプトの捉え方を見る側の視点で捉えてきました。
一方で、石井裕教授のようにコンセプトを創造する側の視点に立ってみると、一貫したコンセプトを体現する作品群を創造して世の中に提示することで、世の中の人々に対して新しい世界の見方を提示している。それは言ってみればサーチライトを人々の頭の中に創造している。そのような営みなのではないかと僕は考えています。

競争戦略論の視点からコンセプトを理解する

これまで、アート・デザインの世界からコンセプトについてお話をしてきました。ここから一気にビジネスシーンに舞台を移していきたいと思います。

冒頭で、”ある視点”をもってコンセプトを理解すると頭がとてもクリアになります、ということをお伝えしました。

その視点が“競争戦略論”です。

競争戦略論は、市場の中で勝ち続けるための事業戦略についての研究領域です。“勝ち続ける”ことが競争戦略では重要なので、事業戦略を立てて計画・実行する上での大目的はこれです↓

“長期利益を生み出すこと”

そのためには他社との違いをつくり、さらにはその違いをマネできない、もっというとマネしたくないレベルまで持っていくことです。
そうして、市場競争環境の中で勝ち続け、継続的に利益を生み出すことができます。

先ほどコンセプトは、“その事象の本質を特徴づける、簡単には変化しないもの”と定義しました。
では、ビジネスシーンにおいて、コンセプトを競争戦略論でとらえたときに、どのようなものになるのでしょうか?

Amazonのコンセプトとは?

長期利益を獲得している事業は他社との違いを生み出すことで、顧客に選ばれ続けています。
競争戦略論においては、他社との“違い”を生み出す源泉を“コンセプト”と捉えます。

他社との“違い”を生み出す源泉であるコンセプトとは、もう少し具体的に言うと、“ユニークな顧客価値”です。とてもシンプルですね。
シンプルに考えることが大切です。

そして、ユニークな顧客価値は他社がそう簡単にマネできないからこそ、簡単には変わらないものなのです。もし簡単に他社がマネできたとしたら、他社との差別化ができずコスト競争に陥ってしまい、長期的な利益を生み出すのが難しくなってしまうからです。

冒頭にもお伝えしてきたように、事業におけるコンセプトにおいても、表層的に商品・サービスを見ているだけではコンセプトを捉えるのは難しいです。

顧客価値もまだまだ抽象度の高い言葉なので、これから解像度を上げていきたいと思います。

みなさんもご存知のECプラットフォームのAmazonの事業コンセプトを考えてみましょう。

ここでクイズです。

Amazonが創業当初、他社との違いを作ったユニークな顧客価値は何でしょうか?

少し考えてみてください。












答えは、“購買の意思決定の支援”でした。いかがでしたでしょうか?

Amazonの創業は1994年でしたが、ECサイトはなにもAmazonだけではありませんでした。数百ある競合他社との違いを生み出し、事業を拡大していきました。他社との違いを生み出す源泉であるコンセプト=ユニークな顧客価値が“購買の意思決定の支援”だったのです。

ECサイトは、いつでもどこでも買える自動販売機のようなものですが、創業者のジェフ・ベゾスは目のつけどころが違いました。

ECサイトで表示される莫大な商品の中から自分にあった満足度の高い商品を選んで買うのは難しいだろう、という顧客のペインを捉えました。
品揃えは当たり前、他社との違いは“購買の意思決定のしやすさ”です。
そのコンセプトを実現するために、レコメンデーションやカスタマーレビューによる機能を実装しその有用性を高めてきました。

ジェフ・ベゾスはインタビューでこのように語っています。

“ある出品者からこういう苦情が届きました。
「あなたはAmazonのビジネスを理解していない。Amazonはモノを売るから儲かるのだ。それなのになぜこんな悪評をユーザーにかかせるのか」
それを見て私は思ったのです。
Amazonはモノを売ることで利益を得ているわけではないと。
私たちはユーザーの購買に関する意思決定を手助けすることで利益を得ているのです。”

競争戦略論の視点でコンセプトを捉えると、それは他社との違いをつくる源泉であり、シンプルにいうとユニークな顧客価値である。ということを理解していただけたでしょうか?

事業コンセプトを考える際には、“本当のところ、誰に価値を提供しているのか?”という問いを投げかけてみるとその答えが見えてくると思います。

競争戦略の視点からコンセプトをより深く理解したい方は「ストーリーとしての競争戦略」を読んでみてください。

コンセプトを構造的に捉える

ここまで競争戦略を軸にコンセプトについてお話をしてきました。

最後に、僕たちNEWhが新規事業を企画し、顧客接点のデザインまで実行する際のコンセプトの構造的な捉え方についてお伝えしたいと思います。

コンセプトのレイヤーを、企業・事業・デザインの3つのレイヤー構造で捉えています。そして、それぞれ3つのレイヤーのコンセプト間の一貫性を重要視しています。

一貫性がなぜ重要なのか?

これからこの構造をもとにお話をしていきたいと思います。

コンセプトレイヤー構造

1. 企業コンセプト

まず1つ目は最上位レイヤーの“企業コンセプト”です。
企業コンセプトは、企業全体として“本当のところ、誰に価値を提供しているのか?”という問いに対してのアンサーです。

企業コンセプトは、フワッとした企業理念やパーパスよりよっぽど重要なのですが、言語化がしっかりとされていないケースは多いです。
なぜフワッとした企業理念やパーパスより重要なのかというと、結局のところ、企業コンセプトが曖昧だと、企業全体の組織能力を活かして、他社との違いをつくり長期的な利益を生み出す優れた事業戦略を考えることができないからです。

例えばタニタ食堂で認知度を上げたタニタの企業コンセプトは、“健康をつくる”です。体重計や体温計などのプロダクトなどの健康を測るプロダクトが主要事業でした。それらのプロダクトにとらわれず“健康をつくる”をスローガンに健康をトータルにサポートすることを企業全体のコンセプト、つまりユニークな顧客価値として定義しています。

「健康をはかる」から「健康をつくる」へ。
タニタはプロダクトとサービスを通して、みなさまの「健康」をトータルにサポートします。

https://www.tanita.co.jp/

タニタが持っているプロダクトやサービスは、体重計からキッチンタイマー、食堂・カフェ・フィットネスまで多岐にわたります。しかしながら、それぞれがバラバラではなく、“健康をつくる”という企業コンセプトを中心に事業を展開しています。そうすることで、顧客基盤の活用と組織能力のシナジーによって、競争優位性の高いそれぞれの事業運営が可能になるのです。

2. 事業コンセプト

2つ目の事業コンセプトは企業コンセプトと基本的には変わりませんが、これまで話してきた通り、事業運営の文脈で他社との違いをつくる源泉であり、簡単には変わらない事業単位でのユニークな顧客価値です。

Amazonの事業コンセプトは、“購買意思決定の支援”でした。一方、同じECサイトでも楽天とは異なります。

楽天はショッピングをエンターテイメントとして捉えています。人々が旅の中で出会う市場や商店街を散策しながら買い物するような楽しさをECの中で実現する、これが楽天のコンセプトです。

創業者の三木谷さんはこんなことをインタビューで語っています。

アメリカ型のショッピングサイトとショッピングに対する哲学が違います。
私たちのバックグラウンドは、町の商店街をインターネット上に復活させること。
多彩な商業施設をバーチャルにつくり、楽しいショッピング体験を追求しています。
一方、アメリカ型のショッピングサイトは画一的なショッピングサービスを提供する巨大な自動販売機。あくまで出店者は仕入れ手段と考え、消費者の利便性だけを追求する傾向が強いのです。

経営者通信 https://k-tsushin.jp/interview/rakuten/

3. デザインコンセプト

企業コンセプトから事業コンセプトときて、3つ目のデザインコンセプトは少し捉え方が違います。
デザインコンセプトは、顧客接点における提供価値の最大化が目的です。
顧客体験のコンセプトと言い換えてもいいかもしれません。

企業および事業コンセプトで定義されたユニークな顧客価値をいかに、効果的に表現し伝えるか?の問いに答えるもの、それがデザインコンセプトです。

そう考えると、もしあなたがデザイナーに仕事を依頼するときは、少なくとも事業コンセプトは明確に伝えないといけません。なぜならば事業コンセプトとしての顧客価値が曖昧だと、その顧客価値を最大化するようなデザインコンセプトおよび表現を生み出すことができないからです。
一方でデザイナーは「デザインコンセプトは…」と依頼者に説明する際には、事業コンセプトを言語化した上で、その表現がなぜ顧客価値を効果的に伝えられているのかをロジカルに説明できなければいけません。

ユニクロの例を見てみましょう。ユニクロの事業コンセプトは、“ライフウェア”です。
毎日の生活に寄り添う究極の普段着、これがコンセプトでありユニークな顧客価値です。このコンセプトを伝えるためのLifeWearMagazineというメディアを制作してたりします。簡単には変わらないユニクロのアイデンティティとも言えます。

では、この事業コンセプトに対して、デザインコンセプトは何でしょうか?
ユニクロのクリエイティブディレクションをしている佐藤可士和さんは、“美意識ある超合理性”という言葉でデザインコンセプトを定義しています。

ユニクロの服は、日常のライフスタイルに溶け込み、決して主張しない機能的で合理性の高い服です。インナーからアウターまでそれぞれを部品として捉え、工場でつくられた部品がストックされている、そんなイメージで店舗がデザインされています。もちろんそこには、無骨で暗い工場のイメージはなく、日本的な機能美としての美意識が埋め込まれています。

ライフウェアという事業コンセプトの世界観を、お店に入った瞬間に顧客に想起させることで、事業として提供したい顧客価値を最大化しています。

それは店舗だけでなく、ロゴマークからWEBサイトなどの顧客が見て感じる顧客接点全体において、一貫して事業コンセプトを最大化する“美意識ある超合理性”というデザインコンセプトが存在しています。

もし、事業コンセプトとデザインコンセプトがバラバラだったとしたら、顧客の中で無意識かもしれませんが、認知的不協和が生まれます。
極端な話、「店舗や商品、ロゴマークの印象がバラバラで同じ会社のものとは思わなかった」ということもあり得るかもしれません。そうなると、お客さんから自社のブランドイメージを想起してもらえなくなります。

WEBでの商品探し、店舗での購買体験、商品を着るという一連の顧客体験が、“美意識ある超合理性”というデザインコンセプトの世界観が構築できると、その世界観に共感したお客様は“ファン”になって、ロイヤル顧客が増加し、強力な顧客基盤の構築につながっていくのです。

終わりに

少し長くなりましたが、コンセプトをテーマにお話をしてきました。
アートの世界におけるコンセプトから始まり、競争戦略論におけるコンセプトの話まで広げてお話をしてきましたが、アートの世界もビジネスの世界もコンセプトの捉え方には共通する部分があるということを理解していただけたのではないかと思います。

この記事を読んで、コンセプトという抽象的な概念について少し解像度が上がっていただけたら嬉しい限りです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。「♡スキ」をいただけると今後の励みになります。ではまた!

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