“デザイン思考”の限界を正しく理解する
大企業の新規事業開発を支援する、NEWhのサービスデザインチームのマネージャーをしている今村です。
ここではクライアントとの“共創”によって得られた事業開発に関する知見やノウハウをお伝えしています。
今回取り上げるテーマは“デザイン思考”です。
デザイン思考の効果・効能についてモヤモヤしている方に読んでいただきたいと思って書きました。
デザイン思考のアプローチが、何に適していて、何に適していないのか。
デザイン思考が生まれた背景を紐解きながら、その“限界”の解像度を上げてクリアにしていきます。
あらゆるツールが万能でないように、デザイン思考もまた万能ではありません。
適切なシーンで使いこなせると強力なツールですが、使いどころを間違えてしまうと機能しません。それはどんなツールでも同じです。
“デザイン思考を正しく活用”していくためにも、その限界について考察していきます。
デザイン思考のフレームワーク
少し前に僕はデザイン思考を生業としていて、企業のデザイン思考の研修や新規事業開発の支援をしてきました。
コンサル会社でも事業会社でも、様々な立場でデザイン思考を実践・伝道してきた経験があります。
“人間中心の発想から創造力を高める”というデザイン思考のマインドセットに共感し、仕事をする上で大切な多くのことをデザイン思考から学んできました。
デザイン思考を広めたIDEOのデビッド・ケリーさんの以下の動画では、デザイン思考の本質について知ることができます。とても好きなTED動画のひとつです。観ると元気が出ます。
一方、デザイン思考を実践したり伝えていくなかで、その限界に気づくこともできました。
デザイン思考はとても広い概念です。その概念全体を議論していくと収集がつかなくなるので、今回焦点をあてたいのは、デザイン思考のベースになっている“フレームワーク”についてです。
以下の図は、スタンフォードのdスクールで教えているデザイン思考の基本プロセスです。5つのステップで構成されています(正確には5つのモード)。
人に対する共感(Empathize)からはじまり、課題を定義(Define)し、解決策(Ideate)を出して、試作品(Prototype)をつくり評価改善(Test)を繰り返すプロセスです。これが“基本的な”デザイン思考のフレームワークです。
デザイン思考はイノベーション創造に適したアプローチなのか?
僕がデザイン思考をはじめて知ったのは、2003年ごろです。(もう20年以上も前ですね)
『発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』を読んだことがきっかけでした。
その後、僕が新卒で入った総合電気メーカーのデザイン組織は、IDEOの組織を参考にしているところがあり、心理学やエンジニアなど多様なバックグラウンドを持っている人々が“デザイナー”として一緒に働いていました。
IDEOではイノベーションを生み出すために、多様なバックグラウンドを持った人がチームをつくって活動していたからです。
本の原題にもキーワードとして入っている“イノベーション”という言葉があるとおり、本の中ではデザイン思考で生み出された製品やサービスが紹介されています。(邦題は“イノベーションの技法”とまで書かれています)
デザイン思考が日本に紹介されてから約20年。
これからテーマの核心に入っていくために、ひとつの“問い”を立ててみました。
「本当にデザイン思考はイノベーション創造に適したアプローチだったのか?」
この問いについて考えていきたいと思います。
この問いを考える前にまず“イノベーション”の定義が必要です。
ここでは以下のように定義しておきたいと思います。
この20年を振り返って「デザイン思考はイノベーション創造に適したアプローチなのか?」と問いかけてみたときに、胸を張って“Yes!”とは言えない状況になってしまった、それが現在の僕の感覚です。
そのような感覚になっている理由は単純に、世の中的にその問いに対する具体的なイノベーション事例があまり出てこなかった、ことだと思います。
その要因として、デザイ思考を実践する“人”の問題と、“手法(アプローチ)”の問題があると思いますが、僕は“手法(アプローチ)”の問題が大きいと考えています。
デザイン思考の原点、インタラクション・デザイン
デザイン思考はイノベーション創造に適したアプローチなのか。
この問いに対して、胸を張って“Yes!”とは言えない理由は、デザイン思考が生まれた背景を紐解くとそこにヒントがあると僕は考えています。
デザイン思考という言葉は、1987年にピーター・ロウという人が建築デザインの領域で使ったのが最初、と言われています。しかしここでは先ほど紹介したデザイン思考のプロセス・フレームワークが生まれた背景について、その歴史をざっくりと振り返りたいと思います。
もともとIDEOはテック製品を得意とする工業デザインの会社でした。
デザイン思考のベースになる考え方が生まれたのは、1982年に発売された世界で最初のラップトップ・コンピュータ“Grid Compass”まで遡ります。
このコンピュータをデザインしたのは、工業デザイナーのビル・モグリッジさんという方です。
キーボードとスクリーン一体型のコンピュータをデザインする際に重要なのは、操作しているときの“使いやすさ”です。
これまでやってきた車や家電のスタイリング(外観)のデザインとは違う大事な“なにか”をデザインしている、とモグリッジさんは感じました。
そのときに生まれた言葉が“インタラクション・デザイン”です。
インタラクションとは、日本語でいうと“相互作用”。
モグリッジさんは、純粋に物体としての外観のデザインではなく、人間(ユーザー)とコンピュータの関わり方を考えて、心地よく運べて使える“コト”(モノではなく)をデザインしてるんだ、ということに気づきました。
そこで名前をつけたのが、“インタラクション”という言葉です。
ではなぜ“インタラクション・デザイン”が“デザイン思考”につながっていったのでしょうか?
キーワードは“深い人間理解”です。
人間とコンピュータの心地よい関係性をデザインしようとすると、ユーザーがどんな場所で何のためにコンピュータを使っていて、どうしたらストレスなく使えるのかを“ユーザーの気持ちになって”考えなくてはいけません。
そうなると、デザイナーは机上でスケッチを描くだけでなく、パソコンを実際に使うユーザーの行動や気持ちを深く理解する必要があります。
この営みがデザイン思考のプロセスの起点になっている“共感(Empathize)”です。
そしてユーザーの行動だけでなくその理由まで深く理解することを“共感的理解”といいます。
共感的理解から、ユーザーの課題を突き止めて、その課題を解決するアイデアを出して試作品をつくって評価改善することで、優れたインタラクション・デザインができる。
このアプローチは、デザイン思考のプロセス・フレームワークの原型です。
コンピュータ領域のデザインアプローチであるインタラクション・デザインは、あらゆる領域に適用可能なデザイン思考へと進化していきました。
その要因のひとつは、人間の深い理解から“ヒューマン・インサイト”を得られる手法だったことだと考えています。
“ヒューマン・インサイト”とは、製品・サービスの作り手がそれまで把握できてなかった人々の隠れた課題・ニーズです。
コンピュータのデザイン分野で生まれた共感的理解のアプローチは、ソフトウェアはいうまでもなく、歯ブラシや自転車など、人間が利用するさまざまな製品・サービスのデザインにも同じように重要であると、多くの人に受け入れられました。
そして、人間を深く理解する手法は、文化人類学的手法である参与観察やインタビュー手法などを取り入れて進化しながら、汎用的に活用可能なアプローチとしてデザイン思考が広まっていったのです。
人類学のバックグラウンドを持っているIDEOの方が書いた“Thoughtless Acts?(邦題:考えなしの行動)”という有名な本があります。
この本は2005年に出版されました。日常の人々の無意識の行動を観察することで、デザインのヒントを探るアプローチは当時とても新鮮でした。
デザイン思考で“コンセプト”は生まれていない
ここまで、コンピュータ領域のデザイン・アプローチであるインタラクション・デザインからデザイン思考へと発展していった経緯についてお話をしてきました。
しかし、ここでひとつの疑問が生まれます。
“世界初のラップトップ・コンピュータをデザインしたビル・モグリッジさんは、ラップトップ・コンピュータのコンセプトそのものを生み出したわけではないよね?”
彼は、これまで世の中に存在していなかったラップトップ・コンピュータを、ユーザーが心地よく使えるようにデザインしました。
そのためには、ユーザーの共感を起点としたデザイン思考のアプローチが必要だった、ということです。
しかしながら、デザイン思考によって“世界初のラップトップ・コンピュータ”というコンセプトそのものを生み出したわけではないと思います。
そう考えると、顧客の共感を起点としたデザイン思考の前に、“世界初のラップトップ・コンピュータ”というコンセプトを生み出すための営みがあったはずです。
デザイン思考には描かれてないステップ
そのように考えていくと、デザイン思考のフレームワークが抱えている問題がみえてきました。
デザイン思考のプロセス上では“共感”から始まっているものの、それは始まりではなく、実はその前に隠れた重要なステップがあるということです。
そのステップとは“構想”です。
本当はデザイン思考プロセスの前に“構想”のステップがあるものの、明示的には描かれていません。
デザイン思考のプロセスだけでみると“共感”からスタートしています。
構想のステップで生み出すべきアウトプットは、“製品・サービスのコンセプト”です。
コンセプトとは、“誰に対してどんな価値をどんな手段で提供するのか”が言語化されていて伝達可能なものを意味します。
コンセプトこそ、イノベーション創造の“起点”です。
今回の例でいえば、“持ち運べていつでもどこでも作業できるコンピュータ=ラップトップ・コンピュータ”というコンセプトです。
共感から始めてコンセプトが生まれるのか?
もちろんデザイン思考の共感を“起点”として、コンセプトを生み出すことはできなくもありません。
共感する対象となる人を決めて、その人の課題・ニーズを深掘り、顧客インサイトをつかんでコンセプトを生み出す考え方です。
しかし、これには落とし穴があります。
コンセプト仮説がはっきりしないなかで、共感ステップにおいて、顧客に対する解像度を一気に上げて課題・ニーズを探ろうとすると、非常に小さな課題群の集合体になってしまう問題です。
小さな課題群をグルーピング&抽象化して大きな課題として捉えるということは可能ですが、実際には誰でも「そうだよね」というようなありきたりな既知の課題設定になってしまいがちです。
抽象度を上げた大きな課題には、実はそんなに多くのパターンは存在しません。
たとえば企業であれば、人材不足、コストダウン、作業効率化、などいくつかの課題に収斂されます。
顧客起点で課題に向き合おうとすると、こまごました小さな課題か、ありきたりな大きな課題の定義になってしまうことが往々にしてあるのです。
ただ、コンセプトは課題と解決手段のセットなので、課題が既知のものでも、解決手段がユニークであれば、優れたコンセプトになる可能性はあります。
デザイン思考はチームで解決手段のアイデアを出すのが基本スタンスです。しかしそのアプローチだと、小粒の解決手段を組み合わせて解決する傾向になり、クリティカルな“骨太の”解決手段が出にくいという落とし穴に陥りがちです。
このように、共感から始めるデザイン思考では、大きな市場をつくるようなイノベーティブなコンセプトが生まれにくい、という問題にぶちあたるのです。
では、“イノベーティブなコンセプトをどうやって生み出すか?”
コンセプト創造はイノベーションのキモとなる営みです。“このアプローチがあればできる”というほど簡単なものでないと思います。
ただ、歴史を振り返り、大きな市場を創造した創業者の思考プロセスを考察することでそのヒントは得られるのではないかと思っています。
そのようなことを考えながら、下記のnoteを書いているので、読んでいただけると嬉しいです。
デザイン思考の強みが活かせる領域とは?
デザイン思考の限界に関する考察はこれでおしまいです。
Google Venturesはデザインをこのように定義しています。
この定義は僕にとって、とても腹落ちします。
世界初のラップトップ・コンピュータ“Grid Compass”をデザインしながらビル・モグリッジさんが生み出した“インタラクション・デザイン”の考え方にもフィットしています。
デザイン思考も同様に、イノベーティブなコンセプトを顧客が受け入れて使えるようにするための営みこそが“主戦場”であると僕は捉えています。
そういう意味で、デザイン思考はめちゃくちゃ重要です。
だから、AppleやGoogleなどイノベーティブな製品・サービスを生み出す企業は価値を顧客に届け、市場を拡大するためにデザインに力を入れていますし、そのような事例は枚挙にいとまがありません。
一方で、デザイン思考はイノベーティブなコンセプトそのものを生み出すことに適したプロセスではないようです。
それはこの20年間を振り返ると、デザイン思考によって大きな市場を形成するような事業コンセプトを生み出した象徴的な事例があまり出てこなかった、という歴史が証明しているのかなと思います。
終わりに
“コンセプトを生み出す最適なアプローチはなんなのか?”
最後に残ったこの究極の問いについては、今のところひとつの完璧な答えはないので、永遠の宿題です。
だからこそ、僕が所属しているNEWhはこの永遠の宿題に向き合っています。
コンセプトを生み出す事業構想のアプローチや手法についてこれまでの経験で得られた知見やノウハウを活かして、再現性の高いフレームワークづくりの研究活動を続けています。
長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
「♡スキ」をいただけると今後の励みになります。ではまた!