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今日から使える、事業開発における“顧客”の捉え方フレームワーク
大企業の新規事業開発を支援する、NEWhのサービスデザインチームのマネージャーをしている今村です。
ここではクライアントとの“共創”によって得られた事業開発に関する知見やノウハウをお伝えしています。
今回は事業開発における“顧客の捉え方”がテーマです。
記事の後半では、事業を考える方に役立つ実務で使えるフレームワークも紹介します。
ぜひ最後までお付き合いください。
事業開発にとって「顧客をどのように捉えるか?」はとても重要な論点です。
事業をシンプルに一言で表現すると、“顧客に価値を提供して対価をもらい、得られた利益で価値を高める営み”です。
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そう考えると、事業開発における最も重要な問いは「誰(顧客)に何(価値)を売るか?」ということになります。
事業開発で考えることはたくさんありますが、絶対に明確に定義しておかなければいけない要素は「顧客」と「価値」の2つです。
しかし事業開発の現場では、顧客の捉え方が曖昧なまま検討を進めてしまっているケースが驚くほど多いです。
そこで今回は、事業開発の鍵となる“顧客の捉え方”をテーマにお話をしていきます。
新規事業の成功確率を高める
新規事業は不確実性の塊です。
実際のところ顧客に売ってみないとわからない世界ではあります。しかし闇雲に「売ってみなければわからない」を繰り返していると、限られた予算はみるみるうちに底をついてしまいます。
そこで重要になってくるのが、実際に「売る前にいかに成功確率を高められるか?」という問いです。
その答えのひとつが「売る前に顧客を見つける」です。
おそらく自分や他のメンバーがいいなと思っている製品・サービス企画であれば、1人の見込み顧客を見つけるのはそんなに難しくはありません。
自分に似ている人はどこかには存在しているからです。
大事なのは、顧客をボリュームを持った“群”として捉えられているかどうかです。なぜなら事業はある一定のボリュームを持った市場がないと採算性を担保できないから。
“群”としての顧客は、いわゆる「ターゲット顧客セグメント」といわれる概念で、“同じような購買性向や動機を持っている”顧客グループを意味します。
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事業企画の段階で、以下2つの状態を目指すことが事業成功の確率を高めることにつながります。
同じような購買性向や動機を持っている「見込み顧客群」が明確に定義されている。
見込み顧客群の声をしっかり取り入れて、製品・サービスの「価値」を最大化できている。
顧客定義の陥りがちな失敗パターン
事業成功の確率を高めるためには、“ターゲット顧客のセグメンテーション”をしっかりやりましょうよ、という至極真っ当なことをお話してきました。
しかし、概念として理解しているのと、実際にうまくやるのとではまったく話が違います。
事業開発の現場でよく陥りがちなパターンを2つ紹介します。
陥りがちパターン①:
顧客像(ペルソナ)は描いてみたものの、顧客群のボリュームが曖昧
ペルソナとは、顧客セグメントを代表する具体的なひとりの顧客イメージです。ペルソナを描くことで、顧客の価値観や生活習慣を具体的にイメージできるようになります。リアルな生活文脈から生まれる課題に対する提供価値を深掘り検討できるのがメリットです。
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たしかに、このようなペルソナを描くとリアルな顧客イメージを持つことができます。でも「佐藤美咲さん」のような人が実際日本に何人存在しているかが曖昧だと、ターゲット顧客として適切なのか判断がつきません。とても小さい市場だった場合、事業が成立しない可能性があるからです。
陥りがちパターン②:
顧客群は定義したものの、同じ購買性向や動機を持っているグループになっていない
このパターンでよくあるケースが、顧客群を人口動態統計上のパラメータで定義をしているものです。たとえば、以下のような、縦軸に【年齢】、横軸に【収入】で定義した顧客セグメントマップです。
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人口動態のパラメータを使ったセグメンテーションは、各セグメントの顧客数を算出しやすいというメリットはあります。
ただ一方で、提供する価値に対して各セグメントの顧客群が同じような購買性向や動機を持っているかという観点で見てみると、顧客の課題やニーズは多様化している現在、そうともいえないケースがたくさん生まれてきています。
マップ左上のセグメント【高齢層×高所得層】といっても課題やニーズは様々です。
人口動態のパラメータを使った顧客群の定義だと、現代の市場環境においてはざっくりしすぎていて、提供価値と顧客課題がマッチしているかどうかの確信が持てないのです。
顧客定義の陥りがちな2つのNGパターンを紹介しましたが、これらのパターンを回避するための基本方針は以下です。
顧客群を同じような購買性向や動機を持っているセグメント軸で定義し、そのセグメント内の代表的な顧客像(ペルソナ)を描き、マクロとミクロの両面で顧客を捉える。
顧客をマクロとミクロの両面で捉え、量的&質的の両面からしっかりと顧客仮説を立てた上で、仮説検証の調査を実施していきます。
では、顧客定義を“どうやるのか?”ということになりますが、その問いにこれから答えていきたいと思います。
私がこれまで支援してきた事業開発における顧客定義の検討ロジックを統合・抽象化してつくった、汎用的に使えるフレームワークをご紹介します。
フレームワーク:顧客定義の3つのレイヤー
顧客定義は以下の3つのレイヤーで考えるとスッキリします。
セグメント・スコープ、セグメンテーション・マップ、ペルソナの3つです。これら3つのレイヤーがそれぞれ整合性が取れているように顧客仮説をつくっていきます。
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1.セグメント・スコープ:
このレイヤーでは、顧客セグメンテーション・マップの対象とする範囲を抽象度の高いレベルで定義します。たとえば日本の都市部といった地理的変数や一定の所得があるなどの人口動態変数で定義します。
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先にもお話しましたが、ここで使うような人口動態変数のみで2つ目のセグメンテーション・マップをつくってしまう罠にはまらないことが重要です。
ここで使う変数は、あくまでも“セグメンテーション・マップの範囲を定義する変数”であって、同じような購買性向や動機を持っているセグメントをつくる変数ではないからです。
2.セグメンテーション・マップ:
2つ目のレイヤーは“同じような購買性向や動機を持った顧客群”を定義します。ここで重要なポイントは、顧客の価値観や課題が表出している“行動または状態変数”で定義することです。
行動変数は、たとえば週何回お店に行っているかとか、ある特定のジャンルのサービスに毎月いくら払っているか、といったことです。
状態変数は、たとえばITリテラシーや英会話スキルの程度を指したりします。
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上の図は、状態変数として【TOEICの点数】、行動変数として【英会話学習サービスの毎月の投資額】の2つの軸でつくったセグメンテーション・マップ例です。
「60歳以上の男性」といった人口動態変数で定義した顧客群よりも、TOEIC700点以上で毎月学習に20,000円以上投資している顧客群の方が、同じような購買性向や動機を持っている可能性が高まります。
セグメンテーション・マップは基本的には2つの軸で4〜9のマトリックスでシンプルにつくるのが鉄則です。
軸が3つ以上になったり、マトリックスが3×4=12個以上になってしまうと複雑性が増してしまいます。その結果、全体構造が見えづらくなり、チームメンバーとの共通認識レベルが低下してしまうのです。
したがって、いくつもの組み合わせがあるなかで、2つの軸を何にするのか?という問いは非常に重要な論点です。シンプルなセグメンテーション・マップをつくる作業は、軸をたくさん考えて最適な2軸の組み合わせを探索する創造的な営みといえます。
このあたりの話は、三枝匡氏の『戦略プロフェッショナル―シェア逆転の企業変革ドラマ』に詳しく書いてありますので、興味のある方は読んでみてください。
3.ペルソナ:
このレイヤーはセグメンテーション・マップの中で、自分たちの提供する製品・サービスの価値が一番刺さり、かつ一番お金を払ってくれそうなターゲット・セグメントを代表する具体的なひとりの顧客像を描きます。
ここでの変数は人口動態変数(年齢・性別・職業・家族構成など)をより詳しく具体的に描くとともに、価値観やライフスタイルといった“心理的変数”を加えることで、リアルな生活文脈での課題やニーズを抱える顧客像の解像度を高めます。
一気に顧客の解像度を上げることで、提供価値のブラッシュアップの検討が可能になります。
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以上のように、まずセグメンテーションの前提となる範囲を規定した上で、定量的に顧客ボリュームを定義し、その中に含まれる顧客像を具体化します。
そうすることで、ターゲット顧客の市場ボリュームの妥当性を担保した上で、価値の磨き込みが可能になるのです。
終わりに
“顧客定義の3つのレイヤー”で顧客定義仮説がしっかりできると、この後の仮説検証の調査がやりやすくなります。
定義した顧客セグメンテーションをもとにスクリーニングを行い、ペルソナに近い人たちにインタビューを実施しながら、ペルソナと製品・サービス価値の両面をブラッシュアップしていきます。
もしターゲット顧客セグメントが曖昧な状態で仮説検証を始めてしまうと、それぞれの被験者の言っていることがバラバラだった場合、誰の話を聞けばいいのかわからない、という状況に陥ってしまいます。
ターゲット顧客を明確に“群”として捉えられていると、基本的に被験者のニーズを取り入れていくスタンスで、迷うことなく仮説検証および改善活動を進めていくことができます。
そうすることで、“売る前”に、スピーディーに顧客の要望を取り入れて製品・サービス価値を顧客にフィット・最大化させることができるので、新規事業の成功確率を高めることができるのです。
今回はこれでおしまいです。いかがでしたでしょうか?
事業開発における顧客定義の重要性とフレームワークをご紹介させていただきました。
もしあなたが今後事業検討をする際には、今回お伝えしたフレームワークを使って顧客定義を検討することで、事業企画の精度を高めていただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。「♡スキ」をいただけると今後の励みになります。ではまた!