創業者の発想を読み解き考える。なぜ“顧客起点”の事業構想はうまくいかないのか?
大企業の新規事業開発を支援する、NEWhのサービスデザインチームのマネージャーをしている今村です。
ここではクライアントとの“共創”によって得られた事業開発に関する知見やノウハウをお伝えしています。
今回のテーマは“事業構想”です。大きなテーマではありますが、事業支援をしていくなかで得られた気づきを話していきたいと思います。
今回は少し長いですが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
マーケットインの欠点
新たな事業を考えるときによく出てくるキーワードが、“プロダクトアウト”と“マーケットイン”です。
僕は新卒で総合電機メーカーに入社しました。当時の社長が入社式で言っていたのを今でもよく覚えています。
“これからはプロダクトアウトからマーケットインだ”と。
新入社員当時、リーマンショックもあり、創業以来の大赤字でした。それからV字回復を遂げ、現在では日本の時価総額ランキングTOP3に入っています。
しかし、僕はマーケットインという言葉があまり好きではありません。
プロダクトアウトで価値を生み出せる会社が、マーケット志向で事業を構想し運営したからうまくいったのであって、プロダクトアウトができない会社がマーケットインの考え方“だけ”でうまくいく確率は低いと考えているからです。
大きく理由は2つあります。
ひとつめは、マーケットインで魅力的な市場を見つけたとしても、自分たちの強みをつくれなければ、結局は他社が参入して、顧客の奪い合い&コスト競争になり、収益性が下がっていくからです。
ふたつめは、顧客の解像度を上げてニーズや課題起点で発想していけばいくほど、ある特定の顧客層や状況にフィットする限定的な市場に対する事業になってしまい、スケールしづらい問題が生まれるからです。
マーケットインという言葉をシンプルに日本語で表現すると、“顧客起点”で事業を考えること、と僕は捉えています。
よく混同されて使われることが多いのですが、“顧客起点”と“顧客視点”は違います。“顧客視点”は事業にとって最重要といっていよいくらい、大事です。商売はお客様がいて成立するからです。
一方、“顧客起点”は、顧客の課題やニーズを捉えることから事業を発想していきましょう、という意味です。
“顧客起点”での事業構想は難しい
顧客起点の最たるアプローチは、顧客調査からはじめることだと思います。
しなしながら、そもそも顧客が本当に求めていることを調査で把握するのは難しいことは昔から認識されてます。
自動車を普及させたヘンリー・フォードさんが言ったとされる、こんな言葉が有名です。
“何が欲しいのか?”という問いは、いわゆる“ウォンツ”です。
“ウォンツ”の問いだと、顧客の潜在的なニーズをつかむことが難しいので、デザイン思考に代表されるデザイン・リサーチでは、ウォンツの裏に潜む顧客の潜在的な課題(ペイン)を捉えようとします。
これは、IDEOがスーパーマーケットを調査して改善したショッピングカートです。
心理学や文化人類学のバックグラウンドを持ったリサーチャーが、ショッピングカートが使われている現場で観察を実施し、現場のリアルな課題から課題を考察し、チームで改善アイデアを出しあってプロトタイプをつくりながらカタチにしたものです。
このような現場観察のアプローチは、たしかに顧客の潜在的な課題・ニーズを捉えて、解像度の高い“改善”としてのソリューションを生み出すことができます。一方で、局所的な改善に留まりがちなので、大きな事業構想を生み出すアプローチとしてはあまり適切とはいえません。
大企業の重役の印象的な言葉
大手企業の事業開発支援をさせていただくなかで、ある重役がおっしゃった印象的な言葉があります。
“社員からは百均で売っているような商品のアイデアばかり出てくるんだよね”
その会社では社員から事業アイデアを長年募っていました。いわゆるビジネス・コンテストです。でもあまりうまくいっていませんでした。
百均で売れている商品は本当にスゴイと思います。目のつけどころがよくて感心させられます。
例えばこれはダイソーで売れている「ふとん干しクリップ」。
布団を干すときに間にこのクリップをはさむと、効率的に布団を乾かすことができます。これを企画した方はすごいな…と思います。
そして、このような優れた商品を生み出すためには、“顧客起点”の発想力が求められます。
先ほど重役の方の発言は、百均の商品の良し悪しを問題にしているわけではありません。“事業として成長し会社の収益の柱になるようなタネがほしい”ということだと思います。
しかし、それは“顧客起点”の発想力だけでは難しいのです。
優れた単発の商品を生み出すことと、企業が長年時間をかけて組織能力を獲得していきながら育てていきたいと思うような事業とは、経営者としての向き合い方は大きく違う、と痛感したエピソードでした。
創業者の発想を読み解く
“事業構想で有効なアプローチ”はなんなのか?
とても大きなテーマです。これが分かったら苦労はありません。
これから“創業者の発想”を読み解いて、そのヒントになるようなお話をしていきたいと思います。
昔ベンチャー企業の広報をやっていたときに、創業社長に創業から現在までの歴史をじっくりインタビューしたことがあります。
創業10周年の社史をつくるためです。その会社は今では上場しています。
創業者インタビューで聞きたかったエピソードはやはり、“どうやって今の事業を思いついたのか?”に対する答えです。
その方(創業社長)は、起業する前は大手の教育事業を運営している会社にいて、経営企画部の仕事をしていました。
そのときちょうど東日本大震災がありました。社会インフラが止まってしまい、リアル教室で授業を運営するのが一時的に困難になりました。
その状況をみて、これからオンラインで授業を受けたいと思う人が増えるのではないかと直感的に感じたのでした。(そのあと発生したコロナ禍で一気に加速しました)
そこで、オンライン授業によるサービスを企画し提案したのです。
しかしその企画は社内で承認されることはありませんでした。リアル教室に投資してきた運営サイドと調整してオンライン授業を運営していくのが難しかったからです。
当時、その教育分野でオンライン授業の先行サービスはありましたが、価格は安く、カジュアルなスタイルであまり高品質ではありませんでした。
そこで、質の高い授業をオンラインで提供すれば、社会人にウケるだろうと考え、起業したのでした。
この発想プロセスを抽象化してみると、こんなふうに捉えられると思うんですね。
“世の中の既存事業を通して顧客ニーズを捉え、既存企業が訳あって簡単に変えられないところで勝負する”
このケースで言うと、“現在展開しているリアル教室での授業を受けている顧客の中で、高いクオリティの授業をオンラインでも受けたい人は結構いて、それはこんな顧客層ではないか?”という発想です。
さらに、リアル教室を持っている既存企業は“訳あって”、なかなかオンライン授業に舵を切ることができない状況でした。
もちろん単純にオフラインをオンラインに変えただけではありません。オンラインで受けたい顧客層に刺さる独自の事業コンセプトを考え、オンラインならではの付加価値を生み出したからこそ成功しました。
ユニクロ、柳井正さんの発想
世の中の既存事業を通して顧客ニーズを捉え、既存企業が訳あって簡単に変えられないところで勝負する。この視点はユニクロ誕生に通じる視点でもあると僕は考えています。
ユニクロは元々「UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE」の略称から生まれた店舗名です。SPA(製造小売業)に移行する前の純粋な小売業の頃から、“洋服(カジュアルウェア)の倉庫”という基本コンセプトは変わっていません。
もともと創業者の柳井さんは、ユニクロが生まれる前はお父さんから継いだ高級紳士服店とカジュアルブランド店の2店舗を山口県で営んでおられました。
メーカーで服が作られ、問屋から仕入れて、お店で売る構造。売り場の接客の質で付加価値を出すしかない。しかしながら洋服店として得られる利益は薄い、そんな構造的な問題がありました。
“洋服の倉庫”のコンセプトが生まれたきっかけは、アメリカの大学内のショップ(日本でいうところの生協)を訪れた体験です。
接客はなし。商品が綺麗に陳列され、学生はゆったりと商品を吟味しながら買い物をしている。
一方、日本の洋服店はお店に入ると店員に声をかけられじっくりと商品を選んで買い物ができない。
“若者は、本屋やレコード店のようなじっくり商品を選んで買い物ができるお店を望んでいるのではないか?”
そのようなインサイトから現在のユニクロに通じる“洋服の倉庫”のコンセプトを発想しました。
これはまさに、“世の中の既存事業を通して顧客ニーズを捉え、既存企業が訳あって簡単に変えられないところで勝負する”ということだと思います。
じっくり商品を選んで買い物ができる本屋やレコード店のような既存の業態から若者の顧客ニーズを捉えています。
また当時、日本に存在していた多くの洋服店は、店員がしっかり接客してお客様と関係を構築していかないと売り上げにつながらないという構造。もし接客をやめてしまえば、売上が下がってしまうので、接客をやめてしまう決断は“訳あって”そう簡単にはできません。
ユニクロは、当時日本では斬新なコンセプトでした。
顧客起点、いわゆる顧客インタビュー調査から生まれるようなものではない、ということを理解していただけたと思います。
Apple、スティーブ・ジョブズさんの発想
Appleを創業したスティーブ・ジョブズさんも、“世の中の既存事業を通して顧客ニーズを捉え、既存企業が訳あって簡単に変えられないところで勝負”していたと思います。
Macintosh。グラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)を搭載したこのコンピュータは、彼がゼロックスのパロアルト研究所のコンピュータ「Alto」を見て商用化しました。
その話がクローズアップされることが多いですが、スティーブ・ジョブズさんは、当時、限定的であった企業・研究機関向けのコンピュータ市場に対して人とは異なる視点で可能性を感じていました。
個人的には、こちらの視点の方が重要だと思います。
企業・研究機関向けのコンピュータは、もっと個人に開かれたものになるべきだ、という考え方です。そしてその鍵は誰でも使えるGUIです。
優れたGUIを搭載するためにはオペレーティング・システム(OS)が重要です。
しかし、当時、企業・研究機関向けのコンピュータ市場を席巻していたIBMはパーソナル・コンピュータ(PC)のOSを自社で開発しませんでした。
IBMにとって、あくまでも本業は企業・研究機関向けのコンピュータであり、市場が大きくなるかもわからない新興のPC事業に対して経営リソースを割くという決断は“訳あって”できませんでした。
事業構想のヒント
これまでお話ししてきた、ユニクロやAppleだけでなく、“世の中の既存事業を通して顧客ニーズを捉え、既存企業が訳あって簡単に変えられないところで勝負”している事例は、他の事業構想の思考のプロセスを紐解いてみると、たくさんあったりします。(長くなるのでこれ以上事例の紹介はできませんが…)
デザイン思考に代表されるような顧客起点のアプローチで、直接顧客から“顧客インサイト”を得るのは重要です。
一方、事業構想のときにもうひとつ大事な視点は、“世の中にすでにある商品・サービスを通して顧客の隠れたペインを捉える”ことなのではないかと思います。
“お客さんは、限られた選択肢の中で、しょうがなく商品を買ったり、サービスを利用している。”
世の中にすでにある商品・サービスを通して顧客のペインを捉えるためには、このような視点で世の中を見ていく必要があります。
たとえば美容室。僕は、QBハウスグループが運営しているFaSSというヘアカット専門店で髪を切っています。15分くらいでサクッと終わって仕上がりも良くて最高です。
10分1,000円のヘアカット専門店、QBハウスが生まれる前には、このようなお店はありませんでした。髪を切るのに1時間拘束されるのをしょうがなく受け入れていました。(あと高い料金も)
このしょうがなさを認識できるのが、“世の中にすでにある商品・サービスを通して顧客の隠れたペインを捉える”第一歩です。
QBハウス創業者の小西さんは、構想のきっかけをこのように語っています。
“なぜ?なぜ?なぜ?”の3連発です。小西さんのクリティカルな思考にしびれます。
QBハウスの小西さんがいなかったら、僕は今でも面倒くさいと感じながら、小洒落た美容室に行って、髪を切るのに1時間拘束されるのをしょうがなく受け入れてたと思います。
小西さん、ヘアカット専門店をつくってくれてありがとうございました。
終わりに
今回の記事は長くなりましたが、いかがでしたでしょうか?
事業企画をするときに、“その顧客課題は強く大きて緊急性が高いか?”という大事な問いがあります。
この問いはとても重要です。この問いなくして事業構想はできません。
しかし一方で、売り上げ3兆円を超えるユニクロが解決している顧客課題がめちゃくちゃ大きいかと言われれば、“あってよかった”という感じです(ちなみに僕はほぼユニクロの服なので、ユニクロがなくなったらとても悲しいですが、そのときはまた別のブランドの服を探して買います)。QBハウスも同じです。
成熟した社会では、緊急性が高く大きな顧客課題を見つけるのはとても難しいです。
顧客課題はとても大事ですが、事業を構想する際にもう一つ捉えておかないといけない観点は、“成熟した社会では、人々はもっと意味ある、価値のあることにお金を使いたいという欲求”です。
人々は、限られた選択肢の中で、しょうがなく商品を買ったり、サービスを利用しています。これは、マーケティング用語でいうところの“消極層”です。
ちょっと他と違っていて価値あるものがあれば、消極層は現在買っている商品やサービスから離れて、一気にそちらに移っていきます。さらに、これまでそのジャンルの顧客ではなかった層も顧客になってくれるかもしれません。
ユニクロもAppleも、価値ある違いを出すためにたゆまぬ改善を繰り返しています。徹底的な“顧客視点”で。
今回お伝えしたかったのは、“顧客起点”と“顧客視点”の違いです。
事業運営において顧客視点はとても大事です。一方で、顧客起点での事業構想には限界があります。
成長している事業を見たときに、徹底的な“顧客視点”で事業運営をしていますが、その事業そのものは“顧客起点”では生まれていないのではないか?というお話を、創業者の発想プロセスを考察することでお伝えさせていただきました。
そして最後に伝えたいのは、新たな事業を生み出し成功させた起業家は、普通の人が知らないような何か特別な情報を知っていたからという訳ではない、ということです。普通の人と同じような情報に触れたり、体験したりしています。
ただ起業家とそうでない人を分けるのは、同じ情報や体験でも、その捉え方が人とは異なるということ。そして行動し続けた。ということをこの記事を書きながら思いました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。「♡スキ」をいただけると今後の励みになります。ではまた!