【児童ポルノと表現の自由②~実際にあった表現の自由の危機と赤松健~】
前回のnoteでは、児童ポルノ禁止法のあらましと、その絶大な影響力について語りました。
今回は、そんな絶大な影響力を持つ児童ポルノ禁止法について、実際にあったマンガアニメゲームの表現の自由の危機と、当時の私赤松健がこの問題にいかに取り組んでいたか、語らせていただきたいと思います。
〈創作物を規制したくてたまらない人たち〉
児童ポルノ禁止法について2004年、2009年と法律が改正されるたび、「児童ポルノ」に創作物を含めようとする動きが続いてきました。
2022年4月現在においても、今年の1月、2月、3月、4月と4か月連続で子供、又は主に子供のように見えるよう描かれた者が明白な性的行為を行っている画像及び描写」の画像所持を禁止するように求める請願が参議院に提出されたり、
また3月に国会の質問において、国際捜査共助における双罰性を理由に(よく読むと理由になっていないのですが)、アニメ、マンガ、CGにおける描写を児童ポルノに含めるべきだという質問が出たりしています。
しかし、この規制は何のために行われるものなのでしょうか。
ここで、前回のnoteに引き続き、もう一度児童ポルノ禁止法の目的を見てみましょう。
児童ポルノ禁止法の目的
児ポ法は、「児童の権利を擁護すること」が目的なのです。この「児童」とは、権利が擁護されていない児童、すなわち実際に被害を受けている、救済されるべき実在の児童です。
実際に児童が性的搾取をされてしまっては、その児童にとっては言うまでもなくトラウマであり、一生立ち直れない深い心の傷を負ってしまうかもしれません。こんなことは断じてあってはならないのであり、私自身この児童ポルノ禁止法の目的には全く異を唱えません。
一方で、この目的と創作物を規制することに合理的な繋がりはあるのでしょうか。
児童の性的表現を含んだ創作物があったとしても、その児童が創造の産物であるならば、実際に被害を受けた児童はいません。目的に対して手段が合っていないのです。
なぜ創作物に対して規制をかけようとするのか、その真意は定かではありません。しかし、表現規制しようとする人にとって、理解ができない、気持ちの悪いものというその感覚だけで規制対象にしようとしているのではないか、私にはそう思えてなりません。
これは、先ほど述べた今年の3月に行われた国会の質問において、マンガ、アニメ、CGを児童ポルノの対象とするだけで、年配の方が慣れ親しんだ小説や本がここの対象に含まれていないことにも表れているのではないかと思います。
前回のnoteで確認したとおり、「児童ポルノ」には創作物は含まれていませんし、その旨は最高裁判所の判例にも示されているとおりです。だからこそ、創作物も「児童ポルノ」に含めて規制するには、立法するしかないのです。
ほんの10年足らず前、その立法の場面において、表現の自由の危険が現実化する一歩手前に至りました。2013年のことです。
〈2013年児ポ禁止法改正案「改正附則二条」の危機〉
2013年、第185回国会に提出される児童ポルノ禁止法改正案に、附則がついており、その2条にこんな文言がありました。
この条文により、改正児童ポルノ禁止法は、創作物を児童ポルノの対象とはしないものの、漫画、アニメーション、コンピュータでの児童に見えるものを「児童ポルノに類する」ものと規定し、「児童ポルノに類する」ものと児童の被害との調査研究を推進することを定めていることになります。さらに、インターネットの児童ポルノ閲覧制限と、これらにつき必要な措置を講ずるとの条文です。
問題点は山盛りです。まず、「外見上児童の姿態であると認められる児童以外の者」とは、誰が決めるのでしょうか。子どもっぽい、などというあいまいな基準では、権力による恣意的な運用がいくらでも可能となってしまいます。
事実、この後の2016年の児童ポルノ所持容疑で逮捕された男性の裁判において、「タナー法」と呼ばれる乳房や陰毛の発達具合から対象の年齢を測定する手法の不正確性が問題となっています。(→記事ができたらURL)
こうしたあいまいな定義では、児童ポルノについてインターネット上の閲覧制限を行うという規定も、恣意的な運用がいくらでも可能となってしまいます。
さらには、調査研究やネットの閲覧制限の結果次第で講ずることができる「必要な措置」とは何でしょうか。これは、創作物も児童ポルノの対象とする児ポ法改正が「必要な措置」であることは明白でしょう。つまり、改正附則2条が置かれた時点で、既に準備が整ってしまうのです。
このままでは、調査研究対象を入り口として創作物の児童ポルノ規制への道のりを歩んでしまい、日本のマンガアニメゲームは壊滅的なものとなる、また紀伊国屋事件のように日本の自主規制の波が押し寄せてしまう。
そうしたらもう、日本の多様な表現に溢れたマンガアニメゲームは、私を育て楽しませてくれたマンガアニメゲームが死んでしまう。
私は大きな危機感に襲われました。そして、これまでの漫画家人生で、こうした法的危機に漫画家が立ち上がるのがなかなか難しいことも知っていました。
私がやらなければ誰がやるんだ。恩返しをせねば!
その想いに突き動かされ、私は断固反対し、動くことを決意しました。
〈本丸へ乗り込んでのロビーイング〉
いの一番に、私は、この改正附則2条を含めた児童ポルノ改正案の問題点を指摘するFAXを、与党野党の主要人物に直接FAXをしました。
自ら声を上げたり、署名運動をしたりするのも大事だが、私のようなクリエイター、権利者本人は、自ら立法者達に意見を直訴した方が早く、効果的である。これが私の持論です。
FAXをした上でアポを取り付け、当時の法務大臣、副大臣、法務委員会筆頭理事といった法律関係の人物や、野党党首などキーパーソンに直接会いに行きました。
さすがにこれは緊張します。時の与党自民党や民主党(当時)といった政治の世界のど真ん中に乗り込んでいって、直談判をするのですから。
それでも、クリエイター本人で、かつ改正案の問題点をよく知っている私がやらねば誰がやるんだという想いで恐怖を撥ね退け、直接改正附則二条がいかに日本のマンガアニメゲームに壊滅的影響を与えるかを訴えていきました。
実はこの時、ちばてつや先生や松本零士先生、里中満智子先生といった大御所の先生方が、私をサポートするために一緒に政治家の元を回ってくれたのです。
私もそれなりに売れた漫画家ではありますが、やはり大御所の先生方の知名度は桁違いで、政治家の方々もニコニコ顔で出迎えてくれます。
これも私のロビーイングの持論(コツ)、その2です。
私が勇気を出して各議員が待つ部屋に入り、改正附則2条が危ないんだということを主張すると、多くの議員は熱心に私達の話を聞いてくれました。
そうした議員たちが口をそろえて言うのは、漫画家やクリエイター本人からの意見を聞きたかったんだという声です。
創作物を守りたい当事者そのもの、クリエイター本人から話を聞きたいと。聞きたいけど、出版社の人からのまた聞きでしかなかった、今回聞けてとても嬉しいと。
この経験が、私がクリエイター本人として主張していきたいと考える基礎の一つとなっています。
私の直談判が功を奏したのか、与党を回った際にも、また野党を回った際に(正確には党の本部会で意見を述べた後)も、各主要議員から「力を貸したい」「クリエイターを守る」という力強い言葉を得ました。
その後、衆議院ではマンガが相当に叩かれましたが何とか改正附則2条は削除でき、参議院も無事に通過して、マンガ・アニメ・ゲームは無事に守られたというわけです。
〈まとめ〉
こうして、私は児童ポルノ改正案において、創作物の規制の入り口、そして自主規制によるマンガ・アニメ・ゲームの危機から抜け出すにロビーイングという手法で一つ危機を脱することに成功しました。
⓵で語ったように、児童ポルノ禁止法は、法律という絶大な影響力をもつ代物です。その法律に対して、日本のマンガ・アニメ・ゲームの危機だとして「待った!」をかけられたのは本当に良かったと思います。
この改正附則二条が通っていたら、いまの日本のマンガ・アニメ・ゲームの景色は様変わりしていたかもしれません。
しかし、その後の請願や国会での質問の状況を見ると、日本ではどうしても創作物を規制したい人達がいるようです。
私はこれからも、クリエイター本人として、日本のマンガ・アニメ・ゲームを、表現の自由を規制から守る活動をしていきたいと思っています。
実はこの後、改正附則二条がなくなった後も、改正附則二条の問題について膝を突き合わせて話した山田太郎議員が、日本のマンガアニメゲームのため参議院法務委員会で激闘を繰り広げるのですが、それはまた別のお話です。