マニラKTV☆カラオケ物語17
右奥の扉から現れる赤い影、サラ・・
真赤なドレスを纏った美しさに、しばし、俺は息を呑んだ。
しかし、サラに対しなんら打開策を見いだせてなかった。
女など金でどうにでもなると、言う人がよく居るが必ずしもそうとは限らない。
以前、俺は日本のフィリピンパブのタレントに、いくらでやらせてくれる?と軽いノリで言って、一蹴されたことがある。
俺は隣に座ったサラを抱き寄せた。
前回、ラーニャと結ばれた時のような、互いの鼓動と呼吸が重なり合う瞬間・・いまサラともその時の一体感を感じる。
『いま本当に好きな人は居ないの?』
水割りのグラスを傾けながら、俺は聞いた。
『うん』 俺に顔を向けたまま、笑顔で頷いた。
彼女の声、眼差し、微笑み、すべてが魅力的に感じた。
出会って間もないのに、ずっと昔から知っていたようなそんな気がする。
ブルブルブル・・・バイブ音がポケットからした。
俺は、携帯を取り出し、メールの確認をした。
今日は、「ファーストステージ」にラストまでいます。
という内容の、サトシ君からの連絡であった。
了解、後で行くと返信メールで返した。
俺の取り出した携帯に、サラの目はくぎ付けになった。
琥珀色の、sharp 703SHfというモデルである。
ラーニャにプレゼントするつもりで、持ってきた物だが、SIMを入れ替えて、そのまま使用していた。
これは知る人ぞ知る、当時はフィリピーナに大人気のモデルで、実際にプレゼントした痛いオヤジさん達も多い。
『今使ってる携帯で満足してる??』
『ノキアを使ってるけどカメラも音楽も使えないモデルなの・・』
俺の問いに、サラは少しだけ表情をしかめてつぶやいた。
『この携帯、君にとっても似合うかもね』
俺は、サラの瞳を見つめ、悪戯っぽく笑い、思わせぶりなセリフをいってみた。
『えっ、健太、もしかして私にプレゼントしてくれるの??』
サラは、そう言いながら目をキラキラと輝かせた。
『デイペンデ(場合によりけりだな)』
『グスト コ リン マガガイサ アーティン マガ カタワン(僕たち二人の体も一つに結ばれればね)』
俺の言ったセリフに、サラは困惑した笑顔を見せた。
『でもまだ私は健太のことよく知らないわ』
『それは本当の恋人になってからよ・・』
雨雲に覆われた太陽のように、サラの顔から笑顔が消え去った。
『まあね、でもいいんだ、返事がほしいわけじゃないから』
『俺が君を抱きたいという気持ちを口に出したかっただけさ』
3杯目の水割りグラスに手を伸ばしながら、俺は笑顔で言った。
するとサラは、なにかを訴えかけるような眼差しをこちらに向けた。
俺は一瞬考えた後、ここから一気に畳み掛けることにした。
『サラの妹は学生で学費が大変なんだよね?』
『サポートしてあげようか』
『本当の恋人なら、今すぐにでもなれるよ』
『君だって携帯は手に入るし、妹も助けられるでしょ』
サラは、何か別なものを見つめるような哀しげな表情を一瞬見せたが『ええ、いいわよ』破顔し、カクテルグラスを口もとに運ぶ。
サラは、少しだけ呂律が怪しく、少しだけ陽気になっている感じだ。
グラスは、いつの間にか空になっている。
だがこのことが、大騒動の序曲になるとは・・
『ねえ・・・』俺はサラの横顔に、声をかけた。
『え?何?』どこまでも深く、吸い込まれそうな瞳で俺を見つめた。
思わずサラから、手に持ったグラスに視線を移した。
『ひとつだけわかっていることがある』
『いつの時代に君とめぐり合っても、出会った瞬間に告白するよ』
ひとつ大きく息を吸い、物静かな声で言った。
『いつも、そうやって女の子を口説いてるの?』
悪戯っぽく、含み笑いするサラ。
『マニワラ カマン オ ヒンディ トトオ スナサビ コ』(君が信じようが信じまいが俺の言ってることは本当さ)
俺の発した言葉に、微笑を湛えた顔で、サラは見つめた。
『プエーデ バキタン マハリカン(キスしていい?)』
サラは微かに口もとを綻ばせ、小さく頷いた。
マニラ湾の夕景のように、静かに揺らぐサラの瞳に思わず引き込まれそうになった。
俺は、サラの頬を両手で優しく包み込み、そっと唇を重ねた。
舌と舌がゆっくりと絡み合い、サラが飲んだカクテルの、甘酸っぱい果肉のような味が口内に広がる。
ゆったりとした時の流れに俺は身を委ねた。
サラの息遣いを肌で感じている。
この至福の時間が、永遠に続けばいいと、心から思った。
凍えるほど効きすぎてる、店内の冷房だが、コレヒドール島の脇に沈む夕陽のように、灼熱に潤む夏の空気が二人を呑み込んだ。
つづく
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