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マニラKTV☆カラオケ物語18


恋は盲目というが・・

俺は、二人のCCAという天使から、心地好い恍惚の空間に、導かれつつあった。

それは幻想的な光景に惑わされただけで。

実際は神秘の底から響き渡る、悪魔の声なのかもしれない・・

そして1セットが終了した。

『延長されますか?』

店のスタッフからの声に『アアリス ナ アコ(もう帰るから)』

俺は、サラの顔を覗き込み、残念そうな瞳で見つめた。

『バーキット(どうしてなの?)』サラは不服そうに口を尖らせた。

『ごめんね、マカティに友達が住んでてね』

『どうしても顔を出さないといけないんだ』

『今晩、お店が終わってから会えるかな?』

『オーケイ ラン(大丈夫よ)』サラは穏やかな声で答えた。

『そうだ、SIMをメインの携帯に入れ替えたら、プレゼントするよ』

テーブルの上に置いてあった携帯電話を手に取り、サラに顔を向けた。

『約束だからねっ?』

弾ける笑顔を保ちつつ、右手の小指を立てるサラ。

細く小さな小指に、俺の小指が絡んだ。

サラが意味深に笑う、心の中を見透かされてるようだ。

そして『ホテルまで送りましょうか?』と言ってくれたスタッフだが、丁重にお断りして、通りがかったタクシーを止めた。

ドアを開けて乗り込もうとする俺の腕をふいに掴むサラ。

漆黒の瞳に魅了され立ち尽くす俺に、サラの細腕がしなやかに首に絡みついた。

背伸びするサラ、瞼を閉じたサラの唇が、言葉を発しようとした俺の唇を塞いだ。

通りを行き交うジプニーの音、街の喧騒、酔客たちの歓声・・すべての音がフェードアウトする。

サラが唇を離し、破顔した。

俺は曖昧な微笑みを返し、タクシーに乗り込んだ。

走り出すタクシーの後姿を、笑顔で見つめていたサラの姿が徐々に、暗闇に消えていった。

24時間眠らない町をタクシーは突っ走る。

昼間の雰囲気とは異質な、夜のロハス通り。

右手に闇色に染まったマニラ湾と、賑やかなベイウォーク、左手には派手にネオンがきらめく。

フィリピン文化センター先の角を左折して、プエンディアタフトのアトリウムホテルの近辺から風景が一変してくる。

妖しい影絵のような平屋建て、低層アパート、バラックが両サイドにぎっしりと立ち並び、そこに屯してる人々とのマッチングが、見事にカオスな雰囲気を醸し出している。

この怪しげで、胡散臭い雰囲気が、たまらなく好きだ。

次の行き先は、パサイロードのマガレーンズ駅近くにある「KTVファーストステージ」である。

ここで、友人のサトシ君と合流する予定である。

店に寄る前にいったんホテルの部屋に戻り、ゆっくりとシャワーを浴びた。

部屋の窓から見下ろすパソンタモ通りの、椰子の木の葉が、夜風に身をゆだねる。

通りに連なるジプニーのヘッドライトが闇を拒絶する。

銀紙を細く切ったような、季節はずれの小雨が降り始め、光の帯にひっきりなしに突き刺さる。

俺は窓辺を離れ、サラにプレゼントする予定の携帯のSIMカードを外し、メインの「SAMSUNG 920SC」に入れ替えた。

外はこんなに雨が降っているというのに、ホテルの室内はひどく乾燥していた。

着替え終わり、ホテルの玄関を出ると雨は止んでいた。

俺は通りすがりの、ジプニーの助手席に飛び乗った。

雨上がりの夜風が、やけに心地よく感じる。

僅か1分ほどで、マガレーンズ駅前に到着した。

「ファーストステージ」は駅前のT字路の左角にある。

店に入り、『友人が既に待ってるから』とスタッフに言って、左奥のVIPルームに入った。

今回は初対面となる、サトシ君の上司の島田部長も一緒であった。

『健太です、よろしく』

お互いに自己紹介しあい、皆で乾杯をした。

島田部長は、プロレスラーのような堂々たる体躯をしている。

しかし目を引いたのは、横に居るとびきりの美女である。

このCCAこそが部長が嵌りに嵌っている、アンジーである。

まさに島田部長にとっての「女神」であった。

店のスタッフから『ショウアップなさいますか?』と聞かれたが、前回と同じくカイラを指名した。

すぐにVIPルームのドアを開けて入って来たカイラは、一瞬びっくりした表情になり、ハイテンションな口調で『きゃ~どうして?でも心痛いな、あなた全然電話ないし』

元気全快のカイラに、苦笑するしかなかった。

サトシ君の横には、もう既に恋人になっているマリアが寄り添っていた。

サトシ君は、フィリピン在住では珍しく真面目で一途なタイプの人間である。

俺は、「ファーストステージ」 ナンバー1であるアンジーのことを興味深く観察してみた。

髪の毛をかき上げるしぐさ、水割りグラスのマドラーを回す優雅な指先、部長を見つめる漆黒の瞳、はにかんだ時に、左右の頬にできる笑窪。

甘ったるく、艶のある声、エロ可愛い優雅なアンジーに、常連客の島田部長はすっかり魅了されていた。

『島田さんみたいな素敵な人なら・・』

『あなたを好きな女の子を不幸にしてもかまわないわ』

『いつも、そんなふうに思ってるんだから・・』

アンジーは潤んだ瞳で、みつめながら部長の右頬に軽くキスをした。

彼女の、このきらめく瞳に射抜かれて、平常心でいられる男はそうはいないだろう。

『おいおい、やめてくれよ、本気にしちゃうぞ、ガハハハッ』

島田部長は、真っ黒に日焼けした顔をくしゃくしゃにして狂喜した。

凄い・・俺は心の中で思わず唸った、これがナンバー1の立ち振る舞いか・・

『ねぇ、どうしたのよ』

隣のカイラが、豊満な胸を俺の肘に押しつけ、艶っぽい視線を送っている。

俺は、やさしく微笑みながら、カイラの肩を抱き寄せた。


つづく


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