マニラKTV☆カラオケ物語19
『なにさっきからアンジーの方ばかり見てるのよ?』
カイラは気を悪くしたふうもなく、笑顔を浮べて言った。
『さすがナンバー1だ、見事だな』
俺は水割りグラスを片手に、関心した表情で言った。
『あ~私なんかじゃかないっこないよね』
屈託なく笑うカイラだが、微かに瞳に翳りが過ぎった。
『心配するな、カイラが一番魅力的だよ』
『もう健太はベテランね、うまいんだから』
『ヒンデイア イバカ タラガ(そんなことない 君は特別だ)』
水割りグラスを、カイラの持つテキーラグラスに触れ合わせ言った。
俺はゆっくりと目を閉じた、カクテルグラスを翳すサラが、瞼の裏で微笑んだ気がした・・
午前1時を回ったファーストステージの店内は、8割方のテーブルが埋まっている。
人気者のアンジーは、優雅な蝶のように、指名客の間を渡り歩いていた。
それこそが彼女にとって、最高のステータスなのである。
盛況な店内にもかかわらずウエイティングの席では、待機中の20名ほどのCCAが、羨望な眼差しを向けていた。
アンジーには現在、4組の客がついている。
指名が多いキャストは、当然、ひとつのテーブルに付くことのできる時間に限りがある。
通常、お客というものは、指名キャストが他のお客に付くと不機嫌になり、待ち時間を繋ぐヘルプにたいして、露骨に嫌な態度をとる者も存在する。
これは、まさにアンジーのような売れっ子キャストにとっては、頭痛の種である。
アンジーの場合は、一人の客に続けて15分付けるかどうか、というところだ。
そうすると当然、ヘルプの協力が必要となるが、ヘルプもキャストに変わりはない。
本音は、自分を指名してくれるお客に付きたいのであって、好き好んで他のキャストの、指名客の相手をしたいわけではない。
それなのに、不機嫌な態度を取られたり八つ当たりをされたらたまらない。
そうなれば、彼女のお客に付きたくないという気持ちになり、どうしても接客自体も手抜きになってしまう。
お客とはわがままなもので、自分は失礼な態度を取ってもヘルプに、失礼な態度を取られたら、けしからんとなってしまうのである。
結果、そのキャストのお客は不機嫌さが何倍にも膨れ上がり、席に戻った時の接客が大変な状態に陥るのである。
機嫌を損ねるならまだマシかもしれない、下手をすれば、お店から遠のく可能性もあるわけだ。
今まさに島田部長がその危険性に陥ってる。
『どうしたんです?そんなに怖い顔をしてたら、眉間の皺が深くなりますよ』
部長の精神状態に気付いたサトシ君が、冗談めかして言った。
『あぁ?、別にどうってことねえよ・・』
精一杯、平静を保とうとしてる部長であったが、顔と態度に露骨に表れてしまうという欠点があった。
島田部長とサトシ君の所属している「アヤラ レジデンシャル」は、それなりな規模の宅地造成やリゾート開発、オフィスビルの建設その他、マンション分譲といった事業を手広く展開している。
島田部長は、業務提携している日本の大手ゼネコン「中林組」からの出向である。
フィリピンのマニラに赴任当初は、精神的にも荒れに荒れていた。
『こんなくそ汚い発展途上国に追いやりやがって』と会社批判ばかりしていた。
『まあまあ、そう言わずに』とサトシ君に宥められ、気分転換にと、大箱のカラオケ店に連れてこられたのが運のつきである。
部長の勝手な思い込みだが「運命の出会い」と錯覚をおこしてしまったのである。
超ドケチの部長も、アンジーの手にかかれば、大判振る舞いしてしまうため「ファーストステージ」にとっては大事な太客なのである。
部長の最大の悩みは、アンジーが人気者ゆえ常時席に付けないこと。
さらにアフターは拒否され、同伴もたまにしか応じてくれない。
アンジー自身は、島田部長を相当に毛嫌いしているので、お店に来なくてもいいと本気で思っている。
ただ「ファーストステージ」とすれば、部長の枝客も含め相当な売り上げが見込めるため、なんとかお店に引き止めておきたいのである。
しかしアンジーは、まだ他の指名客の席にいた。
これだけ指名が重なると、一度席を離れた以上、30分は戻れない。
するとVIPルームのドアが開き、ボーイではなく店長が飲み物を運んできた。
日本語が堪能なフィリピン人店長は、島田部長の傍らで片膝をつき『島田様、いつもご来店いただき感謝致しております』
『何かご要望などございましたら、何なりとおっしゃって下さい』
店長のマードックは、穏やかな笑顔を見せ言った。
『おい!いったいこの店はどうなってんだよ?』
『アンジーは10分足らずで他の席に移動しちまったじゃねーか!』
部長は怒気を帯びた表情で、店長に食って掛かった。
『島田様、じつは私からご提案がございます』
店長は、余裕の表情を崩さずにいた。
『ああっ何だ?提案って??』
部長は怒りの表情が消え、きょとんとした顔で店長を見つめた。
サトシ君もマリアも、この状況を興味深く見守っている。
つづく
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