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マニラKTV☆カラオケ物語22


『好きならしようよ。私、裸で抱き合って寝るのだあ~い好きなの』

『エッチって、とってもファニイなことだけど、そういう時間を分け合えるって素敵でしょ』

『男の人がエッチしてる時って、なりふりかまわないじゃない』

『一生懸命で、キュートでかわいいよね、健太のそのキュートな顔、見てみたい』

俺は、思わず口に含んだドライマティーニを吹き出した。

これまで付き合ってきた女の子たちが、俺のキュートな顔を見なかったことだけは確かだ。

それにしても悪びれることもなく、こんな台詞を言う子に、過去に出会ったことがない。

『ラシン カ ヤータ?(酔っ払ってんじゃないの?)』

『私?私は、すんごく普通だよ』

えっ、どこが、だよ!?

『いいから隣に座れよ、なんか飲むか?』

『同じものっていいたいけど、コーラにしておくね』

バーテンが運んできたコーラのグラスを傾けながら、グレイスは陽気に振舞った。

話してるうちに、グレイスの瞼が落ちきて、カウンターテーブルに突っ伏す。

微かに口もとに弧を描き、心地よさそうに眼を閉じた。

そのうち、浅い寝息を立て始める。

俺は、店内のクラシックのミュージックに耳を傾けながら、グレイスの寝顔を見つめた。

時間が刻々と過ぎ、そのたびにグレイスの肩に触れようとした指先が宙で躊躇った。

髪の毛をそっと撫でると、指先が山吹色に染まる黒髪にさらりと埋まる。

グレイスの髪の毛から指先を離し、会計を済ませた。

『ちょっと、手伝ってください』 バーテンに声をかける。

『お願いします』そう言って、俺はグレイスに背を向け方膝をつく。

肩越しにグレイスの華奢な腕が伸びる、背中にグレイスの鼓動を感じた。

バッグを手にし、ゆっくりと俺は立ち上がる。

バーテンの声に送られ、おぶったまま外に出た。

店内の落ちついた雰囲気とは打って変わった黒と灰色のコントラスト。

星空の代わりに視界にきらめく飲食店のイルミネーション。

この街に、澄んだ青はない、だけど俺には見える、ふたりの周囲を果てしなく囲むマニラ湾の夕陽が・・

そして、 「マガンダン キナブカーサン (美しい未来)」 が。。

グレイスをおぶったまま、バンカムの入るリトル東京の屋上を見上げた。

灰色の視界に、唯一、きらめく看板、そこだけには哀しいほどに鮮やかな青があった。

俺はパソンタモ通りのホテルの向い側のベンチに、グレイスをゆっくりと横たえた。

ベンチに座ったまま、ぼんやりとホテルを見つめていたら、心が微妙な乱れを起こし、ふいにサラのことが頭の中によぎった。

サラの悪戯っぽい瞳、屈託のない笑顔、憂いを帯びた微笑、光と影が交錯する暗く翳った瞳、少女と淑女と娼婦が同居しているようなサラ。

あんなに物哀しい瞳をし、寂しげな微笑を浮べるフィリピーナは初めてだった。

そして俺は、ベンチにもたれながら、まんじりともせずに時の流れに身を任せた。

時間が経つほどに冴え渡る脳内の最中、突然雨が降ってきた。

慌ててグレイスを抱え上げ、ホテルの中に入る。

雲の上を歩いているような足取りで部屋に入り、後ろ手でカギをかけた。

目を覚ましたグレイスが、ドアに背中を預け、宙を彷徨うような虚ろな視線を投げかけてくる。

エアコンの冷やりとした空気と、互いの衣服を濡らす雨が体温を奪う。

冷えきった室内、だがそれ以上に、心が凍えている。

ため息さえも躊躇うような静寂が支配する室内とは裏腹に、マニラ湾から立ち上る太陽を思わせるグレイスの瞳が俺を見つめた。

俺はグレイスを抱きかかえたまま、ベッドに倒れこんだ。

サラとラーニャには、このホテルに泊まることは言ってはいない。

さて、どうしたものか?と思案していたところ、ふいに携帯電話のベルが鳴った。


つづく


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