マニラKTV☆カラオケ物語21
俺と恋に落ち、俯き加減のサラの唇から漏れるため息が、甘い吐息となって、マニラ湾からの心地よい風と一体になり霧散した。
そして、さざ波のような・・サラの息遣いが、耳もとで優しくささやきかける。
微かな風の音と波の音以外には何も聞えず、まるでこの地球上にサラと二人っきりになったような錯覚に陥りそうだ・・
不意に、サラの息遣いが乱れる・・俺は、首だけもたげ視界を巡らせた。
右前方、マニラ湾の夕景に染まる波飛沫に包まれ、海から現れたシルエット・・
眼を凝らした、海辺に佇むシルエットの長い髪が、トーンの落ちた山吹色のグラデーションにふわりと舞った。
美しく、幻想的なシルエットに、俺は視線を奪われた。
これは、夢なんだろうか?? ゆっくりとシルエットが俺に歩みよる。
10m、5m、3m・・えっ?・・なぜラーニャがここに・・・
次第にシルエットがクリアになる。
やばい・・全身から脂汗が噴出してきた、だが心地よい脱力感・・・
俺を見下ろすシルエットが、微かに、唇になだらかな弧を描いた。
そして、微笑を携えたシルエットが、俺の視界から消え失せた。
擡げていた首を、サラの膝の上に寝かせ、ふたたび眼を閉じた。
どこからともなく、カイラの声が聞える、ハイテンションで明るく元気な声。
カイラの声に交じって、別な声も聞える、俺はいつの間にか、カイラの膝の上で眠り込んでいたらしい。
サラの吐息も、ラーニャの幻影も夢だった・・
ゆっくりと起き上がり、われに返った。
『私のの夢でも見てた?』
カイラは、俺の顔を上から覗き込むように見つめてケラケラと笑った。
そして閉店の時間になり、チェックしてお店を出た。
『マリアたちは、ブルゴスのカフェバーに行くんだって、私たちはどうする?』
『いや・・今日は遠慮しとく、帰って寝るよ』
『なにそれ?私の誘いは断っといて別なの女と遊びに行くってわけ?』
半分本気、半分冷やかし、、カイラが、頬を膨らませ軽く睨みつけてくる。
やれやれ・・完全に俺の心の中を見透かされてる。
『ヒンディ ナマンサ ガノオン(そういうわけじゃないんだって・・)』
それ以上言葉が続かない、うまく説明できる自信がなかった。
『嘘・・健太の心には私はいないな・・』
カイラは深夜の閑散としたパサイロードに、呆然とした視線を投げながらつぶやいた。
通りすがりのタクシーに乗り込むカイラ、、俺は思わず唇から安堵のため息が零れ出た。
カイラの乗ったタクシーのテールランプが小さくなり徐々に闇に消えていった。
見届けた俺は、携帯をポケットから取り出しサラに電話をかけた。
むなしく響き渡る発信音・・2回ほど送ったテキストの返信もなかった。
押し寄せる後悔、できることなら、3分前に時間を巻き戻したかった。
ふいに携帯が鳴る、藤田さんからであった。
『健太か?深夜便で到着したんだよ、ミシェルとマカティのデシュットに泊まるよ』
『了解です「リトルトーキョウ」のショットバーのバンカムで一杯飲んでからホテルに帰ります』
藤田さんに伝え、パソンタモ通りをシネマスクエア方面に向け歩き出した。
俺は、バンカムに入り、ひとりでドライマティーニを傾けていた。
『うふふっ、格好つけちゃってえ』
驚いて声の方向を見ると、グレイスが、バーカウンターに寄りかかっていた。
『びっくりした、どうしてここに居るってわかった?』
『ミシェルから健太がバンカムに居るって聞いたの』
『それにしても早いな』
『NTTホテルのすぐ裏のアパートだからね』
『なんだ、俺のホテルのすぐ近所だ』
『ヘラルドスイートでしょ?今晩はそこに泊まるね』
『なに?泊まるってまさか?』
グレイスが俺の真横にきて、体をぴったりと密着してきた。
『私、健太のこと大好き。あなたは?私が好き?嫌い?ねぇ、どっち?』
『えっ?うん、いや、そんなに早急に選択できる問題では・・』
『ふうん、健太って素直じゃないんだなぁ。でも顔には、グレイスが大好きって書いてあるよ』
『うん、、まぁ、嫌いでは・・・』
『じゃあ、好き?』
『いや、その・・・』
そこまで言って、俺は首を横に振った。
いけない、完全にグレイスのペースに巻き込まれそうになっている。
つづく
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