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イシュタルの塔5 獣の名
イシュタル。
東アジアで古くから信仰されていた女神。
彼女はイナンナをはじめとする様々な女神と習合しながらフェニキアのアシュタルテ、ギリシャの美の神アフロディテ(一説にはアテナも。初期のアテナが蛇母神だった事から俺もその説を支持している)エジプトのイシス、魔神アスタロトと時代や土地によって様々な姿に変容した、まさにユングの提唱した12のアーキタイプの一つ「グレートマザー」たる地母神だ。
俺がずっと抱いて来た「女性」へのイメージ。
生と死のサイクルを精神世界で繰り返す境界性パーソナリティ障害。
死と再生を司る地母神。
俺は地母神の祝福と呪詛に囚われていたのだろうか。
俺は心の中に「獣」を飼っていた。
人の愛着や善意を嘲笑い、それを自ら手を下さず「勝手に」壊れていく様を愉しみ、あるいは怒りで破壊衝動の限りを我を忘れて行い反社会的な思考に囚われ、他者も自分も「壊そう」とする自壊/自傷、希死念慮を引き起こすラスボス。
当時3年は通っているカウンセリングのセッションでついに心理士がそれについて介入を行なってきた。
その日はなぜか気分が高まり、久しぶりに涙を流したセッションだった。
「つまり…あなたの中にはもう一人のあなたがいる…そう感じておられる。」
「ええ、自分というか自分じゃないというか、混ざっていたり憑依してくるヤツがいます」
来たか。
知識や経験を備え、思い出したくもない事を思い出し時には絶叫や嘔吐までして、心の中の様々な中ボスを倒しようやくここまで来た。
何度も挫折しそうになった。
ずっと生きづらかった。
何に傷つき、どこへ行けば癒されるのかも随分前から見失っていた。
「がんじがらめにすると暴れるので心の中で放し飼いにしているというか」
行動化がなくなっても苦しかった。
俺の中の俺を抑えるのに必死だったから。
統合する事が俺の最終地点になるだろう、と俺は心理士に告げた。
倒してはダメなんだ。
そいつを取り込まなければ。
「もちろんそれがいいです。」
今まで表情を変えた事がなく「地蔵」と心の中で呼んでいた心理士が微笑んだ。
見た事のない介入だった。
いつの間にかいた「俺」
お前が望んだとおり鎖を解くよ。
黙示録の鐘は鳴らされた。
野に放って対峙する時は来た。
「飼い慣らしてる…じゃあ…ワンちゃんですね!」
ズコー!
コケるわ!昭和のリアクションでコケてまうわ!
ちょ、ま、おいこら地蔵。
ワンちゃんって!
もう少しあるだろうよ、ケルベロスとかオルトロスとか、ヒュドラとか!
言うに事欠いてワンちゃんて!
ネーミングセンス最悪やな先生!
あーもー!
雰囲気台無しじゃん!
俺の中ではロマンシングサガ1の「邪神復活」が鳴ってたのにさー
今いいとこだったのよ「決戦!サルーイン」流れ始めてたのよ。
ティアマトとかエキドナとかあるじゃん!
地蔵俺が母性のコンプレックス抱えてるの知ってるじゃん。地母神の話したじゃん!
あーーーもぉぉぉぉ!
「どうか…?」
フリーズしてる俺に心理士が聞いて来た。
「あ、いやまあ…その」
「ん、んむぅ」
「カッコいい名前だと俺が嬉しくなっちゃうんでその感じでいいです。」
まあね、いいんですよ。
自己愛高めだから。
厨二病だから。
カッコ悪いくらいがいいんですよ。
なんかいろんな事がバカバカしくなった。
俺は何を葛藤していたんだろう、とさえ思った。
帰り際に心理士が言った。
「じゃあワンちゃんもよろしく」
にっこりしてドアがバタンと閉じた。
◆◆◆
当時を思い出して書きました。
最後のリンクは眠っていた獣を帰還させた話。
確か書いてないと思うんだけど、その後「獣」は一旦居なくなってから、箱庭療法を通してちゃんと人格を持った「3人居る俺」の一人として、インナーチャイルドと共に俺の中で復活し、欠かす事の出来ない「俺の内世界探索パーティ」のアタッカー/スタートダッシュが苦手な俺の尻を蹴飛ばす存在として活躍する事になります。
今でも心の片隅に居ます。
彼は自分を「太陽を呑む魔狼フェンリル」のペルソナだ、と主張しているので仕方ないので彼を宿す時はペルソナ4のエフェクトを頭の中で描いて手のひらにくるくる回って降りてくるカードをパキーンと割ってやってます。
「剣」の変容は書けなかったので次回。