『ファンレター』
自分はいままでに誰か特定の人を
熱狂的に応援した経験がない
芸能人、俳優、ミュージシャン、作家、アイドル、スポーツ選手などなど
表現の向こう側の存在の人に対して
現実味をあまり感じられないのが原因だと思う
この間、芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』という小説を読んだ
男性アイドルを熱狂的に推す(応援する)
女性の心理描写が事細かく描かれていて
推しという存在を自分の事のように
一喜一憂して応援する健気な姿に
とても羨ましさを感じてしまった
《推し》という存在がいるのは
儚くも幸せな事なんだろうなと感心して読み進めた
もちろん自分にも好きな小説家や映画監督や役者や
ミュージシャンやスポーツ選手は沢山いる
しかし『推し、燃ゆ』の主人公のように
生活のほとんどの時間と情熱を注げるほどの
《推し》の存在にはまだ出会ったことがない
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ここまで文章を書いて約1ヶ月が経った
《推し》というテーマで何か書こうと思っていたが
あまり内容がまとまらず時間が経過して
放り投げてしまった
しかしある記憶が蘇り続きを書くことにした
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
《推し》
この言葉がずっと頭の片隅に居座っていた
自分は本当に《推し》という存在に出会った事がないのか?
自分の過去の記憶を思い返してみた
熱狂的に応援したいと思える存在はいただろうか…
よく考えてみた
記憶を遡って考えてみた
すると…
自分は過去に一度だけ大好きな人へ向けて
ファンレターなるものを送った経験があった
その記憶を思い出した瞬間
フラッシュバックのように
その時の心境が鮮明に蘇った
ファンレターを書いているときは
ドキドキともワクワクともザワザワとも少し違う
なにか特別な感情に支配されていた心境になり
とても幸せに気分に満ち溢れてた
これは完全に《推し》という存在に出会っていたと言っていいと思った
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ファンレターを書いたのは
小学校3年生のときだったと思う
近所に住んでいた同級生の
てっちゃんとよく遊んでいた
てっちゃんの父親は大のプロレス好きで
てっちゃんの家にはプロレスのポスターやビデオなどがたくさん並んでいた
毎週木曜日は週刊プロレスという雑誌が発売された
学校が終わってから、てっちゃんと2人で週刊プロレスを読むのが日課になっていた
ある日なにかのきっかけで、てっちゃんと
『お互い好きなプロレスラーに手紙を書こう』
という話で盛り上がった
そんな発想はなかったので自分の中に
激しい情熱が燃え上がり脳内で革命が起こった
すぐに家に帰り母親に年賀状の余ったやつをもらって
ファンレターを送ることにした
その手紙の内容は明確に覚えている
なぜならば年賀状という決められた狭いスペースに
自分の思いを届けようと必死になって
学校で使っていたノートに
何度も何度も自分の想いを書いて練習していたからだ
どんなファンレターを送ったかというと
当時、自分の推しはヒザに怪我があった
なので推しは対戦相手にヒザを
何度も何度も攻撃されてしまっていた
攻撃されるたびに推しは自分のヒザをおさえてリングの上で痛がっていた
ヒザをおさえて痛がると余計に相手にヒザを攻められてしまう
この負のループを見るのが辛くて辛くて堪らなかった
なのでファンレターには
『試合中はどんなに痛くてもヒザはおさえてはいけません。ヒザをおさえると相手にまた攻撃されちゃうから、ヒザはおさえない方がいいなと思います。お返事待ってます。』
という類のファンレターを送った
いま考えると子供らしくないファンレターですよね…
当時の自分はファンレターの返事はすぐに帰ってくると思っていた
学校帰りに自宅の郵便受けを確認して
推しからの返事を待ち侘びていた
しかし推しからのファンレターの返事は来なかった
でも悲しいという感情にはならなかった
なぜならば
自分のファンレター(アドバイス?)の効果のおかげで
当時、とても弱かった自分の推しは
どんどん強くなっていって
その年にチャンピオンになったからだ
ガムシャラにリングの上で闘い
見事にチャンピオンベルトを巻いた
自分の推しのその勇姿は
少年だった自分の心を発狂させた
ありがとう!小橋健太選手!
そんな尊い小学生の頃の記憶でした。
それではまたCiao!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?