告白とかなしぶ
「叶太くんの下駄箱、ここですか?」
なんでもない朝のはずだった、はずだったんだ。
明日の休みをどうするか、そんなことで悩むはずだった。
ほかのクラスの女子が俺に声をかけるまでは、
隠すように握り締めた手紙がちらりと見えるまでは。
「あぁ、ここだよ」と返したあと、俺は教室に向かった。
なんで気になって後ろを振り返ったんだろう。
手紙を叶太の下駄箱に入れるのを、なんで見てしまったんだろう。
喜ぶべきなんだ、親友を好きになった女の子が現れたんだ。
素直に喜ぶべきなのに、なんで胸のあたりがぎゅっとなるんだろう。
今受けている国語の授業が頭に入らないのは、
板書の白い落書きに興味がわかないのは、
窓の外を見てため息をつく叶太が気になってしょうがないのは、
一体なんでなんだろう。
国語の授業中、叶太はずっとボーッとしてばかりで何度も注意を受けていた。
昼休み、飯に誘ったけど断られた。
午後の授業もずっとうなだれていた。
弱った、そんなこと気にしてばかりで俺も授業に手がつかなかった。
おかげで放課後、2人で居残り課題を片付けている。
いつもなら談笑して騒ぐのに、先生が注意にくるぐらいには。
なのに今日は静かだ、シャーペンが擦れる音ばかり聞こえる。
俺も声を出す気はなく、頭に入ってこない課題と向き合っている。
でも、つまんない設問に飽き飽きしてきた。
欠伸をひとつして、気さくな感じで声を掛けよう。
「……めずらしいな、叶太が居残りなんて。何かあったのか」
「……」
カリカリ、シャーペンが擦れる音がする。
叶太は課題とにらめっこしたまま「別に、なんもねーよ」と言った。
嘘だ、絶対なにかあった。今日の叶太はらしくなかった。
どうせ朝の手紙のことだ。あの女の子に告られたんだ。
何か言ってくれればいいのに、なんて思う俺は我儘なんだろうか。
「……俺さ、朝にお前の下駄箱の場所を聞かれたんだよ。女子に」
「……」
「手紙、貰ったんだろ?」
「……」
叶太の腕が止まった。
すこし顔をあげて「んだよ、知ってたのかよ。告られたんだよ」と言った。
俺は率直に、気持ちを伝えることにした。
「なんて返したか気になった」
夕焼けで紅く染まる教室に、沈黙が続いた。
教室の前の方に座る叶太は、丁度影になる場所にいて。
どんな顔をしているのか、あんまりよく見えない。
それが不安を煽っていて、そして胸も苦しくて。
沈黙が気まずくて、俺は台詞を撤回しようとした。
「ごめん―――
「好きな―――
それと同時に叶太が喋り、声が重なった。
よく行動が被ることはあったけど、ここでは気まずくなる一方だ。
「言えよ」と俺は促した。
「好きな人がいるからって断ったんだよ」と叶太は答えた。
なんだよ、付き合ったんじゃなかったのかよ。
というか「お前好きな人いたのかよ!」と、俺は驚きが隠せなかった。
「まぁな」
弱々しく答えた叶太の声は耳障りが非常に悪い。
胸の苦しさが増していくのがわかる。
「そっか」
独白するかのように吐き捨て、課題に向き直る。
なんだよ、なんだよ。朝から嫌な気持ちでいっぱいだ。
応援すればいいのに、好きな人と上手くいくといいなとか言えばいいのに。
ぶっきらぼうに相槌を打つしかできない、自分が情けなくなる。
「……しぶき」
叶太が小さく呼びかける。
でも生憎、今俺は感傷に浸っている。どう返事すればいいのかも曖昧だ。
そんなことを伝えることすら出来ず、聞こえないふりをした。
「しぶき!」
叶太は席を立って、俺の近くまで来て叫んだ。
そんなことをされては、反応せざるを得ない。
「な、なんだよ」
圧倒される俺に、夕焼けの光で紅に映える叶太が続ける。
「俺、俺…………しぶきの、しぶきの…………えっと…………」
俺の名前を繰り返すたび、声が小さくなる。
「しぶきのこと…………うぅ」
俺はまっすぐ叶太の顔を見続ける。
「……」
恥ずかしくなってきて、俺の顔も真赤に染まってそうだ。
「……今日は……しぶきん家で…………あそびたい……」
赤らんでいた叶太の頬は、夕焼けのせいかもしれない。
すこし期待してしまった、馬鹿みたいだ。
でも、でも。
「俺は、お前のことが好きだけどな」
席を立って、ぎゅっと抱きしめた。
このヘタレな叶太が、俺は世界一大好きだ。
「いいよ、遊ぼうぜ。明日休みだしな!」と笑って投げ返す。
あぁ、俺の真っ赤な顔も、夕焼けのせいになんねーかな。