クマの現状とクマとの共存 〜 専門家に聞くクマ事情から読み解く
クマによる人身事故は、いうまでもなく発生しないことが望ましい。では、そのためにはどうすればいいのだろうか。
クマ研究のエキスパート、日本の第一人者である、坪田敏男氏と山﨑晃司氏のお話・ご提言を交えながら、日本におけるクマの現状、さらにはクマとの共存共生の在り方、施策を考えてみたい。
まずはクマを知ることから
現在、世界には8種のクマ類が棲息している。ホッキョクグマ、ヒグマ(グリズリー)、アメリカクロクマ、アジアクロクマ(ツキノワグマ)、ナマケグマ、マレーグマ、アンデスグマ、パンダである。南米のアンデスグマ以外、すべて北半球に棲息している。
このうち日本に棲息するクマは2種。北海道のヒグマと本州・四国のツキノワグマだ。
体の大きさは、ヒグマのオス成獣が200kg程度、メス成獣が100kg程度。大きい個体としては、オスでは400kg、メスで200kgを超える記録もある。
一方、ツキノワグマは、オス成獣60~100kg程度、メス成獣40~60kg程度。メスの場合、30kg程度の成獣もいる。一見、子グマに見える個体でも、メスの場合は成獣であることも多いようだ。
行動範囲は、ヒグマのオスで200~500㎢、メスで13~43㎢。ツキノワグマのオスは100~200㎢、メスが50~100㎢。ヒグマ、ツキノワグマ、いずれもオスの行動範囲がメスよりもずっと広いという特徴がある。
ヒグマ、ツキノワグマともに、基本的には人を避ける。食肉類に分類されるが、ほかの動物を襲って捕食することは多くない。
人を襲う理由の99%以上が、クマ自身の安全確保のための防御的攻撃。遭遇時に人に近づいてきた場合も、多くは威嚇攻撃(ブラフチャージ)と考えられている。
「そもそもヒグマは平和的な動物。ほとんどのヒグマが人に対して危害を加えない。とても慎重で臆病な動物です」(坪田)
ツキノワグマも同様、繊細で臆病、好んで人を襲うことはない、そう山﨑教授も話す。
個体数の推移と分布域の変動
正確な数値を出すのは意外と難しい
野生動物の個体数を把握することはとても難しい。こと奥山に棲息する個体が多いクマに関してはなおさらである。
広域の調査としては、出没情報・捕獲情報の収集、出猟カレンダー調査、痕跡調査、堅果類(※1)の豊凶調査などによる分析という手法がある。
狭域では、カメラトラップ(※2)、ヘアトラップ(※3)、直接観察など。広域狭域ともに行われている手法としては、捕獲による標識再捕獲法がある。
このようなさまざまな調査・分析によって得られたデータをベースに、分布域の一定エリア(サンプルエリア)の個体数を導き出す。その推定値を母体として、分布域全体の個体数を算出する。当然そこには信頼幅(プラスマイナスの振り幅)を加味する必要が生じる。
調査・分析に必要な予算や人材、時間を無尽蔵に確保できれば、精度を高めることは可能であろう。とはいえ、限られた原資の中、地道な調査・分析に尽力している、というのが現状である。
こうした状況を鑑みても、野生動物の実数を把握することがいかに難しいことであるかが想像できる。
では、現在のクマの個体数、ヒグマ、ツキノワグマ、それぞれの推定値はどういったものなのか。
「かつては北海道のヒグマはおよそ3,000頭いるというのが専門家の間では常識でした。現在はそれ以上いると考えられます。少なくとも5,000頭はいるでしょう」(坪田)
「ツキノワグマの全国(本州・四国)の個体数、明確な推定値はないんです。各都府県の推定値や捕獲数をもとに割り出した数値は、3~5万頭と推定されます」(山﨑)
ヒグマはおよそ5,000〜10,000頭、ツキノワグマが数万頭というのが専門家による現在の推定値。いずれも個体数は安定、あるいは増加傾向にあるという。
ちなみに、北海道庁による2020(令和2)年度「北海道ヒグマ管理計画」のデータでは、ヒグマ1万1,700頭(95%信頼幅 6,600~1万1,700頭)という数値が発表されている。
絶滅を避けるためにクマの平均出生率を知る
しかし、推定値の棲息数、その数字を聞いても、それは多いのか少ないのか、一般的にはピンとこないのでは。例えば、絶滅しないために必要な個体数に明確な数字はあるのだろうか。
「本州で何頭いればいい、という考え方ではないんですね。生物多様性の観点から、それぞれに特徴を持つ種内の遺伝的多様性も見ていく必要がある。ツキノワグマは、本州だけでも3つの遺伝的タイプがあります(※4)。集団ごとに見ていかなくてはならない」(山﨑)
では、クマは一度に何頭ぐらい子どもを産むのか。
「平均産子数は、ヒグマ、ツキノワグマともに2頭程度ですが、ヒグマはばらつきが多い印象があります。子別れの時期は、ヒグマがおよそ2.5歳、ツキノワグマが1.5歳。その間、子を失わない限り、メスが発情することはない。繁殖可能な時期は、どちらのメスも4歳程度。
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